12.5 某所にて
【レネリアス大陸 ノウンベルト皇国首都ルーラレスト ノウンベルト城 某所】
「星が瞬きました」
荘厳な教会、石造りの歴史的な建造物を思わせるその場所に一人の女性がいた。まるで神に祈るように膝をつき、天を仰ぎみてそう呟いた。
レースのような美しい装飾の施された薄い衣を頭上からかぶり、面立ちははっきりとみえない。だが、少女というよりは、妙齢の女性のような落ち着き払った声ではある。
女性は立ち上がり、喪服のような黒いドレスのロングトレーンを、波のように揺らしながら、歩きだした。その所作は、教えに準ずる貞淑な女性というよりは、高い位の高潔さを持ち合わせているような振る舞いであった。
そしてその星詠みの女性が、歩いた先には、鎧をまとった一人の女騎士がいた。女騎士は正式な挨拶をしようとしたが、その星を詠んだ女が、その所作をとめて立つように促した。それらのやりとりから、二人の親しさが伺える。
「また魔女が生まれたのですか」
女騎士は立ち上がったと同時に、星詠みの女性にそう訪ねた。
「ええそのようです、しかし、明滅してあまりに弱々しい輝きを繰り返しています、必ず魔女が消滅するまでは頭上の天星盤に、刻まれるはずなのですが」
星詠みの女性の見つめる天井にはまるで、星空を写したかのような、不可思議な円形の天盤があった。そしてその天井を縮小したかのような、小さな水鏡の水盤が女性の背丈ほどの位置に備え付けてある。上部の天盤を写し取ったのものだろう。
そこに、流れる星は様々な色を放ち、煌々と輝いていた。弱々しい星もあれば、強い光を放つ星もある。石造りの神殿の天井を彩るかのような星は、幻想的な雰囲気をより引き立てているようだった。
だがこの星々は、ただの星ではなく、それらの星すべてが、存在する魔女の輝きそのものであった。恐ろしくも災厄をもたらし、恩恵を与えもする魔女の存在、存在を宿す炎の輝きだ。
その星が存在する限りその魔女は存在し、その魔女が消滅すれば、その星も潰える。星詠みの女は、それを観測できる現在世界に数人しかいないうちの一人であった。その読み解きは正確なものであるが故、そこに現れる、不可思議な星は、吉凶をもたらすものか、いずれにせよ、国が注視すべき対象としているのである。
そして此度は、そのなかでも長くその任を勤めた星詠みの女にも、訝しむべき事態のようであるようであった。
「そのようなことはありうるのですか?」
「私が星読みの魔女として、この場所についてから、このような事態は、はじめてのことです」
「不吉の予兆でなければ良いのですが」
星詠みの女性が天盤に描かれた星を、詠み違えるようなことは違例のことだった。否今回は、詠み違えるというよりは、定まらないというほうが正しいのだろう。それゆえ女騎士もそのような事態に、わずかに警戒をにじませているようだった。もちろん、取り乱した様子ではない。その女騎士のたたずまいは、歴戦のそれである。ただ幾ばくか、女騎士にとって慣れ親しんだ、不吉への備えへのものであろう。
「ええ、最初はそのように思っていたのですが、この星はある魔女の隣に現れたのです……その星は潰えたはずだったのですが、そしてその星が現れることによって隣の星も瞬きをくりかえしている双子星のように」
一度潰えた魔女の星は蘇ることはない。しかし、その二つの星は、異例であった。かたや一つは突如としてあらわれ、かたやもう一つは、潰えたはずの星が明滅しているという。
「潰えた星がよみがえることなど……」
ありえない。
女騎士も、星詠みと同じくその規則性は知っていた。
「その煌星は、空白の魔女、アスリアのものでした」
だが、その名前は、女騎士にとっても、覚えがあるものだった。そして、そのものならば、たしかに、"異例"を、起こしうるかもしれないという異才の存在だった。しかし、そのものは、消えたと報告されていた。
「まさかっ、彼女の消失は我が国において消えぬ喫緊の課題です、彼女の研究遺産を探そうと、どれだけのものを派遣したか、多くのものが私が任につく前もぐやめくほどでしたのに」
研究が成功し、必要とあれば、友に資料を残すと、告げて以来、国が多くの勢力をあげて、それらの研究を探しあるっても見つからなかった。そしてそのまま潰えた星は、手がかりも残さず消息をたってしまっていた。
「しかし、彼女の星に重なるようにそばに控える星と共にまた輝きだしたのです」
アスリア級の魔女ともなると災厄をもたらす可能性はあるため、必ず痕跡は分かりやすく残ると、国々も考えていた。そして、災厄を回避するために、自ら時空間凍結を選び国に打診をするだろうと。しかし、突如としてその星は、なんの痕跡も残さず潰えた、はずだった……。
だが、唐突にその星が光だしたのだという。
「……生きておられたのですか?」
生きているのならば、ある意味それは国にとっての吉報ではあった。しかし、違例の事態である。
「わかりません、しかし、いずれにせよ、彼女が生存していたならば我が国としてはまた、協力を仰ぎたいところですが……彼女は他の魔女同様人嫌いですしどうなるかはわかりません、何にせよ、彼女の星をたどり魔女の研究遺産を、我が国のものにできうるならば、しておきたいのです、ですから皇王にも、急ぎ、話を通してあります」
後手にまわるほど、アスリアの研究は他に奪われる可能性があるため、内々に急を要して動かなければならないことを星詠みは伝えた。
「はっ、であるならばすぐにでも出立の準備をいたします」
「はい、私も、不足の事態にそなえ、あなたの部隊を動かす許可を内々にとりつけましょう」
その女騎士の隊が動くということは、国においても、かなりの有事を指し示すものであった。
「かしこまりました」
「……しかし……私の星読みも万能ではありません、なにかあれば、取り越し苦労かもしれないのですが」
なにせ違例の事態である。そのため、いつもは淡々と星詠みを行う女性においても、強くいいきれるものではない。どこか、その不確かな可能性で足労をかけることに、心苦しい様子を滲ませた。
「いいえ、我が国の発展の柱となりうるものが目先にある可能性が存在するかぎり、我々は動かなければなりません、ですから、どのような結果であれあなた様が気にすることはございません」
しかし、忠君とばかりに、その女騎士は命を任じた主の言葉に、真摯に応える。その主の心苦しさは、いらぬ心配でありする必要はないと。
「……苦労をかけますね、最近、恋の魔女に、不審な動きがみられているとのこと、十分に気を付けてくださいね、魔飲が、現れないともかぎりませんから」
騎士の緊張の原因、不足の事態とはこのことであった。災厄化した魔女は、濃度の濃い流力を撒き散らす、そうしてそれは瘴気となり、瘴気により土地や生き物が変質する。それが変異体、魔飲である。女の騎士の隊は、常それに備えることを、主としている隊の一つであり、今回は、違例の任であった。
「御身のそのお言葉だけで、我が身体に強靭な盾が宿ったようです」
「あら、気のきかない、あなたがそのような言葉を覚えるなんて、随分な月日がたったものですね」
騎士と、星詠みは、それなりに、長い付き合いであることがそのやり取りから伺えた。
「武骨な非礼を詫びることもできず、粗暴にかえる程度の若輩だったものでも、鍛えられれば、御身を守る剣になるほどには幾年かたっております」
その言葉の端々には、慢心ではない、経験からくる熟達した技量への自負と、そして苦労とかすかな窶れを感じさせた。なんども折れては打ち直した、剣のような、雰囲気をまとっていた。
「そう、ですか、はやいものですね……あんなに小さかったのに」
「ご冗談を、さすがに若くはありましたが、子供の時分ではございませんでした、私めからは、あなた様はおかわりありませんが」
「あら、そんな言い返しまでできるようになって、歳を私のほうが感じてしまいますね」
「あなた様のお立場では、冗談であると返しにくいのですが」
「ふふ、ごめんなさいね、つい意地悪を、真面目な話にもどしましょうか」
歴戦の風格をおもわせる騎士も、長らく付き合いがある星詠みには、頭があがらないようであった。どこか騎士も、居心地が悪そうにしていたが、真面目な話とあれば、キリリと、表情がまた引き締まる。
「はい、任につくにあたり、お聞きしたいことが」
「はい構いませんよ、心配事をいくつ潰しても、有事に望むときには、足りないでしょうけれど」
「諜報の隊はすでに動かしましたか?」
このノウンベルト皇国で諜報を司る、隊のうちの一つ、ツムクゲドリの名を与えられた、軍直属の諜報部隊である。視力がほとんどなく、鳴き声と流力により、味方を識別し会う稀有な鳥の名をあたえられ、見たものすべてを他言することなくもちかえる。皇帝直轄ではなく、"軍の保有"する、隠密で危険性の高い任をこなすものたちだった。
「片目鳥の中には、議会派や行貴派の間者が潜っていますから、動かすと事態が大事になるでしょう、今回は皇王と、私の信頼のおけるあなたの隊のみの内々の動きになります、あなたの部下をこちらに数人残して、怪しまれないようにこちらで計らいます、此度は不明瞭なことが多く大事にしたくないのです」
皇王の意のもと国軍は動くと、体裁をとってはいるが、その実は一枚岩ではない。国という大きな群体のなかでは、必ず分裂は起きうるものである。このレネリアス大陸一の大国、ノウンベルトにおいても同様であった。
ノウンベルトには、皇王の政治を補佐し、決議として、採択補助する機関、法列議会がある。大まかに法列議会は、国民の有力者から推薦された議会派の議員と、現体制下になるまえに、存在していた特権階級の貴族率いる行貴派、他に例外としてどこにも属さない無所属が少数いることで構成されている。
議会派は、商人の成り上がりや、街の役員を勤める役人出のものが多い。まれに、一般のものが入ってくる程度である。
対して現貴族派閥は、昔ほどの権利はないが、それでも行貴派として、派閥を維持するほどには、有力者が多い力をもったものが、所属する派閥だ。前皇王らの時代に皇王に信をおかれていたもの、あるいは裏の権力を牛耳り王室の資金援助し続けてきた手前、現皇王も、触れず、手放せないまま、居残っているものの、それらが多く所属しているのだ。
王や議員派のものたちも、何度か貴族位の解体を推し進めようとしたが、大きな資金援助で癒着した国家運営を担う役人たちも多く、いまなお、解体できずにいる。そしてなにより、行貴派の重鎮たちがいまも、生き残っているのはそれらが頭の回る、かなりの曲者ぞろいであるためだった。
そうして、両派閥はにらみ合いをきかせ、時に離反をしあい、鍔迫り合いを繰り広げてきた。またそのため議会派と行貴派は、長く在位したものほど、それらににらみをきかせるため軍権に、干渉する力を持つものが出てくる。軍とそれにともなう王側の内部の情報を握ろうとするものが出てくるのだ。つまり表向きは、王の采配といっているが、その実、軍の諜報であるツムクゲも、どちらの手も回っている可能性が高かった。
「かしこまりました、諜報が動くと、我々も身動きがとりにくくなるため、どうか、それを一考してほしく、お聞きしたしだいです」
両派閥にバレれば、議論が白熱し、問題がより大事になる可能性がある。足の引っ張りあいのすえに、小競り合いに発展しやすい。そうして何度も同じような歴史を、ノウンベルトは内政において繰り返しているのだ。
そのバランスをとらされているのが、歴代および、現王ノウンベルト皇王である。
また、此度のアスリア遺産は、両派閥においても、手に入れておきたい切り札となる特権だ。それらを手に入れたほうが、国に従事したと、大見得をきれることで、主導権を握ろうとする。この遺産により、他国に優位に出られるならば、皇王は、そちらの派閥に配慮をしなければならなくなり微妙な舵取りをとらなければならないことになる。
そうして騒ぎたてられることを、騎士と星詠みは、望んでいなかった。
たかだか星一つ、されど星一つである。
「安心してください、まだあなたと皇王のみに、お伝えしています、しかし、どう転ぼうとも、あなた達を邪魔するものは私がどうにかしましょう、まだ、すべては、確かめてみるまではわからないのですから、どうかここから動けない私のかわりに目となり、手となってください」
「いつでも、御身の手足にも剣にも盾にも、なります」
「結果はどうあれ、己が肉体、我が手足となるといってくれるならば、どうか、一番は、無事にかえってきてください、そうでもしないとあなたたちは身体を大事にしないのですから」
「……高潔な御身を、己だとおもうことはいささか難しいとはおもいますが、善処いたします」
「善処ではなく必ずですよ」
「どうか、ご容赦を……」
「これ以上いじめるのはやめましょう、これから任につくというのに、ごめんなさい」
「いいえ、これくらいのことは、私もまだまだなのでしょう、して詠まれた場所をお聞きしても?」
「星読みを解析してもらったところ、場所は、漁師町、アダシアです」
「アダシア?」
騎士は、その街の名前に疑問を、もう一度繰り返した。聞き覚えがあるかのように。
「なにか気になることでも?」
「いえ、愚妹が勤めているものですから……」
「あなたの妹さんが、そういえば小さい頃話を聞きましたね、仕事を終えたら顔を会わせてきたらどうですか? それくらいの時間構いませんよ」
「……いいえ、お構い無く」
「もう、あれですよ、仕事ばかりしていると、脳みそまで鍛練と書類に侵されてしまいます、もうすこしあなたは」
「違うのです、少々……アレには憎まれていますから」
「あら、天下の女傑、ノウンベルトに名高き天閃の女将軍も、随分と、妹には悩まされているのですね」
「面目次第もございません」
「いいえ、どれだけ身分が己を覆っていようとも、所詮、人であるのですから、人の営みの中に消せない悩みはあるのでしょう、母や我が兄妹たちのように」
「ご心労を癒す術を持ち合わせず、いたらぬばかりです、剣ばかりおぼえてしまったために」
「ふふ、あなたがそのような口ばかり回る人間なら心をおいていませんの、どうか、そのままでいてください」
「ありがとうございます」
感謝の言葉をのべたが、その騎士、否、女将軍は、随分とその言葉に気恥ずかしさと居心地の悪さを感じているようだった。
「足を止めさせてしまいましたね、この場所にいるかぎり、雑談をする相手があまりいないものなので」
「この城にいるときは、私めがいるさいは、武骨ながらどうか話相手になりましょう」
「ならば、やはり無事に帰ってきてくださいね」
「そう、ですね、かしこまりました、これより、任につかせていただきます」
「ええ、無事の帰りをまっていますね」
女将軍は、膝をつき、胸に手をあて、正式な礼をとると、立ち上がりその場を去った。鎧の金属のすれるような靴音は遠ざかり、その場に静寂が戻った。一人の星詠みの女性はまた呟き、巡る星の天盤をながめる。不自然に消えては瞬くその星に、目をやりながら。
「いつも天星の盤が見定めるのは魔女の命と大陸の趨勢……もしこの小さな瞬きが天が動くようなうねりになるのならば、それが良きものでありますように」
その人は呟き静かにまた、膝をつき祈り始めた。
「どうか、そして、彼女たちの無事と、魔女が安らかに眠るときがくる日のために、祈りつづけましょう、神クツァルテヌカ、どうか我らの罪を許したまえ」




