残されたスケッチ
私、佐伯美咲はひかりの部屋の床へ座り込みながら、一冊のスケッチブックを両手で抱えていたのだけれど、その中に描かれている絵を見れば見るほど胸の奥がざわついてしまい、なぜか泣きたいような気持ちになってしまっていた。
ひかりがいなくなってから、もう一週間近くが経っている。
警察も探している。
学校も協力している。
SNSでも話題になった。
だけど見つからない。
まるで世界から消えてしまったみたいに。
「ひかり……」
私はページをめくる。
そこには同じ景色ばかり描かれていた。
白い花畑。
月。
風に揺れる花。
そして、後ろ姿の男の人。
私は思わず息を呑んだ。
「またこの人……」
顔は描かれていない。
どの絵も、全部。
だけど、ひかりはこの人を知っていた気がする。
そんな気がした。
ページの隅には小さな文字が残されていた。
『また夢を見た』
『懐かしい』
『誰なんだろう』
私は目を伏せる。
もっと、ひかりの見る夢について、しっかり考えておけばよかったよっ…
ひかり。
あんた、何を見てたの?
すると、最後のページで手が止まった。
そこには今までと違う絵が描かれていた。
白い花畑の中に。
二人の女の子。
手を繋いで笑っている。
ひとりはひかりに似ていた。
そしてもうひとりは。
なぜか顔だけが描かれていなかった。
私は胸の奥が妙に苦しくなる。
その時だった。
『また会えるよ』
誰かの声が聞こえた気がした。
「え……?」
私は慌てて振り返る。
誰もいない。
部屋には私しかいない。
なのに。
なぜだろう。
涙が出そうになった。
その頃。
私、結城ひかりはソレイユ王国の訓練場へ向かっていたのだけれど、今日は朝から王宮全体の空気が妙に張り詰めているような気がしていて、使用人さんたちもどこか落ち着かない様子だったため、何かあったのだろうかと不思議に思っていた。
「ひかり」
振り返るとレオン王子がいた。
だけど。
いつもと少し様子が違う。
表情が固い。
「どうしたんですか?」
私が尋ねると、レオン王子は少し迷うような顔をした。
「今日、ルナリア王国の使者が来る」
「アリアたちの国ですよね?」
「そうだ」
だけど。
レオン王子の顔は晴れない。
私は首を傾げた。
「何か問題でも?」
すると。
レオン王子は静かに言った。
「ソレイユ王国とルナリア王国は長年対立している」
私は思わず立ち止まった。
対立。
確かに聞いたことはあった。
でも戦争しているわけじゃない。
仲が悪いくらいだと思っていた。
「そんなに仲悪いんですか?」
するとレオン王子は苦笑した。
「国民同士は今でも互いを警戒している」
「え……」
「千年前から続いているんだ」
千年前。
まただ。
最近、その数字ばかり聞く。
まるで全てが千年前に繋がっているみたいに。
「何があったんですか?」
レオン王子は少し空を見上げた。
「聖女伝説だ」
私は固まる。
「聖女伝説?」
「ソレイユ王国は聖女が我が国を救ったと伝えている」
私は黙って聞く。
「ルナリア王国は月の国を救ったと伝えている」
「それで対立してるんですか?」
「それだけじゃない」
レオン王子の瞳が少しだけ曇った。
「長い年月の中で憎しみが積み重なった」
私は胸が苦しくなる。
そんな理由で、千年も争っているの?
その日の午後。
王宮の大広間にて。
ソレイユ王国の貴族たち。
ルナリア王国の使者たち。
両者が向かい合っていた。
そして。
空気が悪い。
ものすごく悪い。
私は思わずアリア姫の隣へ移動した。
「なんか怖いんだけど……」
小声で言う。
するとアリア姫も小さくため息を吐いた。
「いつものことですわ」
「いつもなの!?」
「はい……」
アリア姫は少し寂しそうに笑った。
その表情を見た瞬間。
私は胸が痛んだ。
アリア姫は悪くない。
レオン王子も悪くない。
シリウス王子だって。
なのに、国が違うだけで。
どうしてこんな顔をしなきゃいけないんだろう。
すると、
「聖女殿を月の国へ招待したい」
ルナリア側の貴族が言った。
その瞬間。
ソレイユ側がざわつく。
「聖女様は我が国に召喚された方だ」
「独占するつもりか?」
「そのような言い方は心外だ」
空気がさらに悪くなる。
私は青ざめた。
いやいやいや。
私のことでもめないで!?
すると。
「ひかりはどうしたい?」
突然シリウス王子が言った。
全員の視線が私へ向く。
え。
待って。
聞かれると思ってなかった私は慌てて立ち上がった。
「えっと……」
みんなが見てる。
怖い。
でも、私は正直に言った。
「どっちも大事です」
静かになる。
私は続けた。
「ソレイユ王国にもお世話になってるし」
「アリア姫たちとも仲良くなりたいし」
「だから」
私は両国を見た。
「仲良くできませんか?」
数秒の沈黙が落ちる
誰も喋らない。
そして。
「簡単に言うな」
誰かが呟いた。
私は俯く。
そうだよね。
簡単じゃない。
千年続いた問題なんだから。
だけど、それでも。
私は諦めたくなかった。
なぜだろう。
胸の奥で誰かが言っている気がする。
『繋がなければならない』
『二つの国を』
その頃。
闇の国ノクティス王国。
ネヴァは水晶の中のひかりを見つめながら、妖しく微笑んでいた。
「相変わらず甘いのう」
わらわは玉座へ頬杖をつく。
「だが、それがお主らしい」
紫の瞳が細められる。
「フィオラよ」
その名が静かに闇へ溶けた。
誤字などを編集しました




