月の姫
わたくし、アリア・ルナリアは、月明かりが差し込む自室で静かに目を閉じた瞬間、遠い昔のようで昨日のことのような、不思議な夢の中へ導かれていた。
そこは王宮の庭園。
まだ幼いわたくしが、一人で月を見上げている。
「お姫様なのに、どうして遊ばないの?」
後ろから女の子の声が聞こえた。
振り返る。
白い花を持った少女が笑っていた。
「あなたは?」
「セレナ!」
少女は胸を張って答える。
そして。
小さな手をわたくしへ差し出した。
「友達になろ!」
幼いわたくしは少し戸惑ってから、その手を握った。
その瞬間、世界が優しく光に包まれた。
私、佐伯美咲は、その夜も白い花畑の夢を見ていたのだけれど、今日はいつもと違って、自分が知らないはずの場所に立っていた。
大きな宮殿。
青白く輝く噴水。
月の紋章が刻まれた庭園。
「ここって……」
すると、庭の向こうから二人の少女が走ってくる。
一人は幼いアリア。
もう一人はセレナ。
二人は楽しそうに笑っていた。
「待って!」
思わず声を掛ける。
だけど、二人には届かない。
私はただ、その思い出を見つめることしかできなかった。
私、結城ひかりは、朝早く神殿の庭を歩いていたのだけれど、昨日からアリアの様子が少し元気がないことが気になって、花壇の前でしゃがみ込む彼女の隣へ座った。
「アリアちゃん」
アリアはゆっくり顔を上げる。
「ひかり様」
私は首を横に振る。
「ひかりでいいよ」
その言葉にアリアは少しだけ笑った。
「では……ひかり」
その笑顔はどこか寂しそうだった。
俺、レオン・ソレイユは、少し離れた場所から二人を見守っていたのだけれど、ひかりが誰かの隣にいる時は自然と優しい表情になることに気付き、その笑顔を見るたびに胸が温かくなっていた。
すると。
シリウスが隣へ立つ。
「また見てるな」
「悪いか」
「いや」
シリウスは少し笑う。
「分かりやすい」
レオンは小さくため息をつく。
「お前もだろ」
一瞬だけ沈黙が流れる。
そして二人は同時に笑ってしまった。
わたくし、アリア・ルナリアは、ひかりと並んで花を眺めているうちに、夢で見た幼い日の記憶を思い出していた。
「小さい頃、友達がいたんです」
私は静かに話し始める。
「王族ではない女の子でした」
「毎日一緒に遊んで」
「毎日笑って」
少しだけ空を見上げる。
「でもある日、その子の顔だけ思い出せなくなりました」
ひかりは驚いたように私を見る。
「どうして?」
私は首を横に振る。
「分かりません」
だけど心だけは覚えている。
大切な友達だったことを。
私、佐伯美咲は、夢の中でその話を聞いていたのだけれど、不思議なことに胸が締め付けられて、気付けば涙が零れていた。
「思い出して」
自分でも意味が分からない言葉が口から零れる。
その瞬間、幼いアリアが振り返った。
そして誰もいるはずのない場所へ向かって笑った。
「美咲さん?」
私は目を見開く。
「今……私を?」
風が吹く。
白い花びらが舞う。
幼いアリアの笑顔は今のアリアと全く同じだった。
その夜。
闇の国ノクティス。
ネヴァは古い月のオルゴールを静かに開いていた。
優しい旋律が流れ始める。
「まだ覚えていたのね」
ネヴァは小さく微笑む。
オルゴールの中には、一枚の小さな絵が入っていた。
幼い五人が手を繋いで笑っている。
フィオラ。
アルス。
ルナ。
セレナ。
そしてネヴァ。
ネヴァはその絵にそっと触れる。
「アリア」
「美咲」
「セレナの心は、ちゃんと生きている」
紫色の瞳が静かに揺れる。
だけど次の瞬間、表情は女王のものへ戻っていた。
「だからこそ」
「私は真実を取り戻す」
窓の外では。
満月が静かに世界を照らしている。
その光は世界にも現代にも同じように降り注ぎ、二人の少女の運命を、ゆっくりと一つへ近付けていた。




