聖女の力
私はソレイユ王国へ召喚されてから数日が経ったにもかかわらず、朝目を覚ますたびに豪華な天蓋付きのベッドや広々とした部屋を見ては「本当に異世界なんだなあ……」と実感してしまい、そのたびに不思議な気持ちになっていた。
もちろん今でも元の世界へ帰りたい気持ちはある。
お父さんやお母さん。
美咲。
学校のみんな。
突然消えてしまった私をきっと心配しているはずだから。
だけど、それと同時に私はこの世界が少しずつ好きになり始めていることにも気付いていた。
ソレイユ王国の人たちはみんな優しいし、王宮の人たちも本当の家族みたいに接してくれる。
それに――。
私は窓の外を眺めながら自然と笑みを浮かべた。
レオン王子やアリア姫、シリウス王子と過ごす時間は思った以上に楽しかった。
「ひかり様!」
そんなことを考えていると、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえてくる。
私は慌てて扉を開いた。
そこには王宮の侍女であるエマが立っていた。
「どうしたんですか?」
「国王陛下がお呼びです!」
「えっ?」
私は思わず目を瞬かせた。
国王様が?
こんな朝から?
何かあったのだろうか。
しばらくして案内されたのは王宮の奥にある大きな庭園だった。
色とりどりの花々が咲き誇り、中央には透明な噴水が輝いている。
そこには既に国王様や王妃様、レオン王子、そしてシリウス王子とアリア姫の姿もあった。
「結城ひかり、来てくれたか」
国王様が優しく微笑む。
私は慌てて頭を下げた。
「おはようございます!」
「そんなに緊張しなくてよい」
そう言われても緊張するものは緊張する。
だって相手は国王様なのだ。
日本で言えばテレビの中の人みたいな存在である。
「今日はひかりに試してもらいたいことがある」
国王様の言葉に私は首を傾げた。
「試す?」
「聖女の力だ」
その言葉を聞いた瞬間、私は固まった。
またその話だ。
私は未だに自分が聖女だなんて信じられていない。
だって普通の中学生だったのだ。
昨日まで数学のテストに悩んでいたような人間が、いきなり世界を救う聖女ですなんて言われても困る。
「でも私、何もできませんよ?」
するとシリウス王子が肩を竦める。
「まあそう言うな」
「いや本当にできないんですって!」
「その慌て方を見ると逆に面白いな」
「面白がらないでください!」
シリウス王子は楽しそうに笑った。
私は思わず頬を膨らませる。
すると隣からくすくすと笑う声が聞こえた。
アリア姫だった。
「お二人は本当に仲が良いですわね」
「良くないです!」
「仲良いだろ?」
「良くないです!」
声が重なった瞬間、みんなが笑い出す。
なんだろう。
悔しいけれど、こういう時間は嫌いじゃなかった。
やがて国王様がひとつの鉢植えを運ばせた。
そこに植えられていた花は完全に枯れていた。
茶色く変色し、今にも崩れてしまいそうなほど弱っている。
「この花は数日前から枯れてしまってな」
国王様は静かに続ける。
「もし聖女の力があるなら反応するかもしれん」
私はその花を見つめた。
正直、自信なんてない。
失敗する未来しか見えない。
だけど、期待してくれている人たちの前で逃げるのも嫌だった。
「……やってみます」
私はゆっくりと鉢植えへ近付いた。
どうすればいいんだろう。
呪文?
祈る?
何も分からない。
私は困りながら花へ手を伸ばした。
その瞬間だった。
胸の奥が熱くなる。
心臓が大きく脈打つ。
そして、私の手から淡い光が溢れ始めた。
「え……?」
私自身が一番驚いていた。
光は優しく花を包み込む。
まるで春の日差しのように暖かくて、見ているだけで心が落ち着く不思議な光だった。
すると、枯れていた花がゆっくりと色を取り戻し始める。
茶色だった花びらは鮮やかな白へ変わり、萎れていた茎はまっすぐ空へ伸びていく。
そして数秒後。
完全に枯れていたはずの花は見事に咲き誇っていた。
静寂が訪れる。
誰も言葉を発せない。
私は目をぱちぱちと瞬かせた。
「……え?」
何これ。
私がやったの?
本当に?
次の瞬間。
「すごいですわ!」
アリア姫が立ち上がった。
「本当に花が……!」
レオン王子も驚きを隠せない様子で花を見つめている。
シリウス王子ですら目を見開いていた。
国王様と王妃様は顔を見合わせる。
そして。
「間違いない」
国王様が静かに呟いた。
「聖女の力だ」
私は花を見つめたまま動けなかった。
嬉しいとか。
誇らしいとか。
そんな感情ではない。
むしろ戸惑いの方が大きかった。
私は普通の中学生だったはずなのに。
どうしてこんな力があるんだろう。
どうして私なんだろう。
その時だった。
頭の中に一瞬だけ映像が流れ込んできた。
白い花畑。
眩しい光。
そして、花冠を被った女の人。
その人は振り返り、どこか悲しそうな笑顔を浮かべていた。
私は思わず息を呑む。
誰?
今の人は誰?
でも次の瞬間には映像は消えてしまっていた。
「ひかり?」
レオン王子の声で我に返る。
私は慌てて首を振った。
「な、何でもないです!」
だけど胸の奥はざわついたままだった。
あの人は誰だったのだろう。
なぜか懐かしくて。
なぜか涙が出そうになるほど優しい笑顔だった。
そしてその頃。
闇の国ノクティス王国。
漆黒の玉座に腰掛けるネヴァは、水晶に映るひかりの姿を見つめながらゆっくりと微笑んでいた。
「やはりそうか」
紫の瞳が妖しく輝く。
「その力……間違いなく――」
ネヴァはそこで言葉を止めた。
まるで長い間探し続けていたものを見つけたかのように。
「ようやく会えたな」
その笑みには喜びと憎しみが入り混じっていた。
まだ誰も知らない。
1000年前から続く因縁が、
少しずつ動き始めていることを。
誤字などを編集しました




