失われた記憶
私は、ネヴァと名乗る女性が夢に現れた翌朝も、その悲しそうな表情が頭から離れなくて、朝日に照らされた神殿を見上げながら静かに立ち止まっていた。
「ひかり?」
レオンが声を掛ける。
私は振り返る。
「レオン」
「少し顔色が悪い」
私は小さく笑った。
「大丈夫」
そう答えたけれど、本当は違った。
ネヴァの最後の涙がずっと気になっていた。
俺、レオン・ソレイユは、ひかりの様子を見て胸騒ぎを覚えたのだけれど、その時、王宮の騎士が慌てた様子で走ってきた。
「レオン殿下!」
「どうした」
「神殿の地下で古い部屋が発見されました!」
その言葉に、その場にいた全員が顔を見合わせる。
神殿の地下。
千年間閉ざされていた場所。
私たちはすぐに神殿へ向かった。
わたくし、アリア・ルナリアは、ルナリア王国から神殿へ招かれ、その地下へ足を踏み入れた瞬間、冷たい空気と共に懐かしい香りを感じていた。
白い石造りの通路。
壁には古代文字。
その奥に大きな扉がある。
ひかりがそっと扉へ触れる。
すると、眩しい光が広がった。
重い音を立てて扉が開く。
「聖女しか開けられない扉……」
誰かが小さく呟いた。
部屋の中央には一冊の古びた本が置かれていた。
白い表紙。
花の紋章。
私は無意識にその本へ近付く。
ひかりが静かにページを開いた。
そこには。
『歴史書 第零章』
と書かれていた。
「第零章……?」
聞いたことのない記録だった。
私、結城ひかりは、不思議なことに古代文字が自然と読めるようになっていて、そのまま静かに文章を読み始めた。
『太陽の国ソレイユ』
『月の国ルナリア』
『闇の国ノクティス』
三つの国は、かつて一つの大陸で共に暮らしていた。
私は思わず息を呑む。
「三つ……?」
レオンもシリウスも驚いている。
さらに読み進める。
『三つの国は争っていなかった』
『互いを支え、世界を守る盟友だった』
「え……?」
アリアが小さく声を漏らした。
俺、シリウス・ルナリアは、その文章を見た瞬間、頭の中へ知らない景色が流れ込んできて思わず壁へ手をついていた。
太陽の旗。
月の旗。
そして。
紫色の旗。
三つが並んで風になびいている。
広場では人々が笑い合っていた。
子どもたちが走り回る。
そこには戦争なんて存在しない。
平和そのものだった。
「どうして……」
俺は震える声で呟く。
「今は敵同士なんだ」
私、結城ひかりは、さらにページをめくる。
すると最後の方だけが黒く焼け焦げていた。
読める文字はわずかだった。
『闇の女王ネヴァ』
『嫉妬』
『封印』
『歴史を書き換える』
そして最後に。
『真実を知る者は聖女のみ』
文章はそこで途切れていた。
その瞬間、部屋全体が揺れる。
紫色の霧が足元から現れる。
冷たい笑い声が響いた。
「やっぱり見つけたのね」
全員が振り返る。
そこには。
夢で見た女性。
ネヴァが立っていた。
「その本は偽物よ」
静かな声。
だけど瞳は深い悲しみに染まっていた。
「偽物?」
ひかりが尋ねる。
ネヴァは笑う。
「勝者が残した歴史だから」
部屋が静まり返る。
ネヴァはゆっくりと本へ視線を向ける。
「千年前」
「消された国があった」
「忘れられた人たちがいた」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
私、佐伯美咲は、その頃現代の図書館で古い郷土史を読んでいたのだけれど、一枚だけ挟まっていた古びた紙が床へ落ちる。
拾い上げる。
そこには白い花と月と太陽。
そして、紫色の花が描かれていた。
裏には一文だけ書かれている。
『歴史はいつも勝者が語る』
私は思わず立ち尽くした。
同じ瞬間。
異世界ではひかりが。
現代では美咲が。
同じ言葉を口にしていた。
「本当の歴史って……何?」
その問いに答えるように、神殿の奥から誰かの足音が静かに響き始める。




