闇の囁き
私、結城ひかりは、最近続いていた穏やかな夢のおかげで少しだけ安心して眠れるようになっていたのだけれど、その夜だけは違っていた。
目を開く。
そこは白い花畑。
だけど。
花は風に揺れていない。
空も青くない。
白い雲がゆっくりと紫色へ染まっていく。
「……変」
私は辺りを見回した。
すると。
遠くから誰かの笑い声が聞こえた。
「ふふ……」
冷たい声だった。
俺、レオン・ソレイユは、突然胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われ、その夜は眠りながらも剣を握る夢を見ていた。
白い花畑。
その中央に立つひかり。
そして、彼女へ伸びる黒い霧。
「ひかり!」
俺は走る。
だけど距離は縮まらない。
黒い霧はゆっくりとひかりを包み込んでいく。
その時。
紫色の瞳がこちらを見た。
『また会えたわね』
女の声だった。
私、佐伯美咲は、夢の中でいつもの花畑へ着いた瞬間、冷たい風が吹き抜けて思わず肩を震わせていた。
「寒い……」
白い花びらが舞う。
その中に。
黒い花びらが一枚だけ混ざっていた。
私はそっと拾う。
すると。
耳元で誰かが囁いた。
『あなたがいなければ』
『全部うまくいくのに』
「誰?」
振り返る。
そこには誰もいない。
だけど。
黒い花びらだけが静かに消えていった。
わたくし、アリア・ルナリアは、自室で眠っていたはずなのに、気付けば白い神殿の前へ立っていたのだけれど、その神殿の壁には見たことのない紫色の紋章が浮かび上がっていた。
「これは……」
近付いた瞬間。
頭の中へ知らない記憶が流れ込む。
燃える城。
逃げ惑う人々。
泣いている少女。
そして。
黒と紫の髪を持つ女性。
『全部フィオラのせいよ』
怒りに満ちた声。
『私から全部奪った』
その女性は涙を流しながら笑っていた。
私は思わず後ずさる。
「ネヴァ……」
その名前が自然と口から零れた。
俺、シリウス・ルナリアは、夢の中でアリアを探して神殿へ向かっていたのだけれど、途中で今まで感じたことのない重い魔力を感じて剣へ手を掛けていた。
空が紫色に染まる。
白い花びらが黒く変わる。
そして、神殿の屋根へ一人の女性が降り立った。
毒々しい紫と黒の髪。
妖しく光る紫の瞳。
長い黒いドレス。
その姿は圧倒的だった。
女性はゆっくり微笑む。
「久しぶりね」
「月の王子」
俺は剣を抜く。
「何者だ」
女性は楽しそうに笑った。
「忘れてしまったの?」
「ルナ」
その名前を聞いた瞬間。
胸の奥が大きく痛んだ。
千年前の記憶が一瞬だけ蘇る。
闇。
炎。
涙。
そして、一人で泣いている少女。
私、結城ひかりは、花畑の中央でその女性と向き合っていたのだけれど、不思議なことに初めて会ったはずなのに、どこか悲しい気持ちになっていた。
「あなたは誰?」
私が尋ねる。
女性はゆっくり歩いてくる。
「私はネヴァ」
「忘れられた国の女王」
「ノクティスの王」
その瞬間、空が暗く染まる。
白い花が一斉に閉じた。
ネヴァは私の目を見つめる。
「あなたはまた選ばれたのね」
「フィオラ」
私は静かに首を横へ振る。
「違う」
「私は結城ひかり」
その言葉に。
ネヴァは少しだけ目を見開いた。
そして、初めて悲しそうに笑った。
「やっぱり……似ているわ」
「でも違うのね」
その声には怒りだけではなく。
千年消えることのなかった孤独が滲んでいた。
突然、白い光が花畑を包む。
フィオラの姿が現れる。
セレナ。
アルス。
ルナ。
四人の幻が並ぶ。
ネヴァはその光景を見つめる。
静かに拳を握る。
「どうして」
「どうして私だけ」
涙が一粒だけ零れた。
次の瞬間、紫色の霧が彼女を包み込み、夢から目覚めた四人は姿を消した。
同じ朝。
同じ不安を胸に抱えて空を見上げていた。
白い雲の端には。
ほんの一瞬だけ。
紫色の影が浮かんでいた。
そして誰も知らない場所で。
闇の国ノクティスの玉座に座るネヴァは、小さく微笑む。
「やっと見つけた」
「今度こそ」
「あなたを奪うわ」
千年前に終わらなかった物語が、静かに動き始めていた。




