親友の名前
私、結城ひかりは、夢の中でセレナに会った翌朝も、その優しい笑顔が頭から離れなくて、まるで本当に再会した友達のことを思い出しているような不思議な気持ちになっていた。
窓を開ける。
朝の風が部屋へ流れ込む。
その風に乗って白い花びらが一枚舞い込んできた。
「また……」
私はそっと花びらを手に取る。
最近本当に増えている。
まるで誰かが導いているみたいに。
朝食の席。
アリアもどこか落ち着かない様子だった。
「アリアも夢見た?」
私が聞く。
アリアは静かに頷く。
「見ましたわ」
その返事だけで分かった。
同じ夢だ。
同じ少女だ。
同じ言葉だ。
「セレナだったよね」
私が言う。
アリアの瞳が揺れる。
「ええ」
小さな声だった。
だけど確信が込められていた。
わたくし、アリア・ルナリアは、「セレナ」という名前を聞くだけで胸が温かくなるようになっていたのだけれど、それと同時に説明できない寂しさも感じるようになっていた。
失いたくなかった人。
大切な人。
そんな気がする。
「ひかり」
私はゆっくり口を開いた。
「もしも本当にわたくしがセレナだったら……どう思いますか?」
ひかりは少し驚いた顔をした。
だけどすぐに優しく笑った。
「アリアはアリアだよ」
私は目を見開く。
「え?」
「前世が誰でも関係ない」
ひかりは真っ直ぐ私を見る。
「今のアリアは私の親友だから」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が熱くなった。
なぜだろう。
涙が出そうだった。
私、佐伯美咲は、その日の昼休みに一人で屋上へ来ていたのだけれど、最近見る夢について考えているうちに、無意識のうちにノートへ同じ名前を書いていることに気付いた。
『セレナ』
私は驚いて手を止める。
いつ書いたのか分からない。
気付いたら書いていた。
「セレナ……」
その名前を口にする。
すると、風が吹いた。
ひらり。
白い花びらが舞う。
そして頭の中に映像が流れ込んだ。
白い花畑。
四人の笑い声。
一人の少女が振り返る。
『美咲!』
違う。
私は美咲じゃない。
だけど、その少女は私を見ている。
『セレナ!』
誰かがそう呼んだ。
その瞬間、胸が強く締め付けられた。
「っ……!」
私は我に返る。
呼吸が乱れていた。
心臓が速い。
そして、頬には涙が伝っていた。
「どうして……」
分からない。
だけど。
その名前を知っている気がした。
ずっと昔から。
俺、シリウス・ルナリアは、最近のアリアの変化を気にしていたのだけれど、その日も妹の部屋を訪ねると、机の上に大量の紙が並んでいるのを見つけて思わず足を止めた。
紙には同じ名前が何度も書かれている。
『セレナ』
『セレナ』
『セレナ』
「アリア」
俺が呼ぶ。
アリアは振り返った。
「兄上」
「その名前は何だ」
アリアは少しだけ困ったように笑った。
「分かりません」
その答えに俺は眉をひそめる。
「分からない?」
「でも忘れてはいけない気がするんです」
アリアはそう言って紙を見つめた。
その表情はどこか切なかった。
その夜。
私、結城ひかりは、夢の中で再び花畑へ立っていたのだけれど、今日はいつもより花びらの数が多くて、空全体が白く染まって見えるほどだった。
すると、花びらの向こうから声が聞こえる。
『ひかり』
優しい声。
セレナだった。
私は振り返る。
「セレナ!」
セレナは微笑む。
『ありがとう』
「え?」
『アリアを見つけてくれて』
私は目を見開いた。
やっぱりアリアは。
「本当にセレナなの?」
私が尋ねる。
セレナは少しだけ寂しそうに笑った。
そして首を横に振る。
『半分だけ』
「半分……?」
『もう半分はまだ気付いてない』
その言葉に私は息を呑んだ。
頭に浮かぶのは一人だけだった。
黒髪の少女。
現代にいる。
私の親友。
「美咲……?」
私が呟く。
セレナは優しく微笑んだ。
その答えだけで十分だった。
次の瞬間。
夢の景色が揺らぎ始める。
セレナの姿が光に包まれていく。
『もうすぐ会えるよ』
最後にそう言い残して。
セレナは消えた。
私、結城ひかりは、目を覚ました後もしばらく動けなかった。
美咲。
アリア。
セレナ。
全部が繋がった気がした。
だけど、まだ分からないことも多い。
なぜ魂が二つに分かれたのか。
なぜ千年後に再び巡り会ったのか。
その答えはまだ霧の中だった。
だけど一つだけ確かなことがある。
千年前も、今も、セレナは私の親友だった。
そしてこれからも。
きっとずっと。




