見知らぬ王宮
意識が戻った瞬間、私はまず自分がどこにいるのか分からず、ゆっくりとまぶたを開けながら見慣れない天井を見上げていたのだが、その天井は日本のどこかのホテルというにはあまりにも装飾が細かく、白い石のような素材に金色の模様が繊細に彫り込まれていて、まるで物語の中の宮殿そのもののように思えてしまい、私は思わず息を止めたまま体を起こした。
そこは広すぎる部屋だった。
大きな窓からは柔らかな光が差し込み、風に揺れる薄いカーテンがゆっくりと波のように動いていて、床には見たこともない模様の絨毯が敷かれ、ベッドは自分の家のものとは比べものにならないほど柔らかく、沈み込む感覚が現実感をさらに曖昧にしていく。
「……え、なにこれ……」
思わず声が漏れたものの、その声は部屋の広さに吸い込まれるように小さく響いただけで、返事が返ってくることはなかった。
状況を整理しようとしても頭がうまく働かず、私は一度深く息を吸い込んでから、自分がどうしてこうなっているのかを必死に思い出そうとしたが、最後に覚えているのは夕暮れの帰り道で、いつものように美咲と別れて、今日の夕飯なんだろうなんて考えていたところまでだったはずで、その続きを思い出そうとすると、突然世界が光に包まれた感覚だけが蘇ってくる。
「夢……じゃないよね、これ」
頬をつねってみても痛みはしっかりとあって、むしろ余計に現実だと突きつけられるだけだった。
そのとき、扉の外から控えめな足音が聞こえ、次の瞬間には重そうな扉が静かに開かれ、そこから現れた女性が私を見るなり息を呑んで、そのまま膝をつくようにして頭を下げた。
「……聖女様」
「え?」
聞き返す声が出るより先に、今度は別の人々が次々と部屋へ入ってきては同じように跪き、誰もが真剣な表情で「ついに」「伝説の…!」「聖女様だ」と口々に呟いているのを見て、私は完全に思考が追いつかなくなっていた。
聖女様と言われても、当然そんな覚えはないし、自分はただの中学生でしかないのに、どうしてこんなに丁寧に扱われているのかすら分からず、ただ困惑だけが積み重なっていく。
「えっと……ここ、どこですか?」
ようやく絞り出した質問に対して、年配の男性が一歩前に出て、まるで当然のことを説明するかのように静かに答えた。
「ここはディアステラという世界の片割れ、ソレイユ王国、そしてあなた様は長い間伝説として語られてきた聖女の転生とされています」
その言葉の意味が一瞬で理解できるはずもなく、私はただ瞬きを繰り返すことしかできなかったが、それでも「日本ではない」ということだけは確かに分かってしまい、背筋に冷たいものが走った。
そのとき、廊下の奥がざわつき始め、誰かの到来を知らせるように空気が一変する。
「レオン殿下がいらっしゃる!」
その言葉に部屋の空気がさらに張り詰め、全員が一斉に姿勢を正した瞬間、扉が静かに開かれて、一人の青年が部屋へと足を踏み入れた。
金色の髪は光を受けて柔らかく輝き、整った顔立ちはどこか現実離れしていて、深い赤色の瞳はまっすぐに私の方を見つめていた。
その視線に触れた瞬間、私はなぜか息が詰まるような感覚に襲われる。
初対面のはずなのに、初めてではないような、説明できない違和感と安心感が同時に胸の奥に広がっていくのだ。
レオンと呼ばれた青年もまた、同じように動きを止めたまま私を見つめていたが、その表情には驚きと、ほんのわずかな懐かしさのようなものが混ざっていて、それが余計にこの場の意味を分からなくさせていた。
そしてしばらくの沈黙のあと、彼はゆっくりと歩み寄り、私のすぐ前で立ち止まると、静かに、しかしはっきりとした声で言った。
「ようこそ、ソレイユ王国へ」
その一言は優しく響いたのに、同時に私にとっては「もう戻れない場所に来てしまったのかもしれない」という現実を突きつけるものでもあって、胸の奥がじわりと締め付けられるような感覚だけが残った。
誤字などを編集しました




