セレナの面影
私は夢の中で聞いた「セレナ」という名前が気になって仕方なかったのだけれど、目を覚ましてからもその響きだけが頭の中へ残っていて、まるで大切な誰かの名前を思い出しかけているような不思議な感覚に包まれていた。
窓の外を見る。
今日も青空が広がっている。
だけど、私の心は少し落ち着かなかった。
「セレナ……」
小さく呟く。
知らない名前。
それなのに、胸が温かくなる。
その時だった。
コンコン。
扉が叩かれる。
「ひかり!」
聞き慣れた声にすぐアリアだと気づく。
私は笑顔になる。
「おはよう!」
「おはようございますわ」
最近は毎日のように会っている。
まるで、ずっと昔から友達だったみたいに。
私はアリアと一緒に朝食を食べながら、昨日の夢のことを話そうか迷っていたのだけれど、結局どう説明していいか分からなくて口を閉ざしてしまった。
すると、アリアが紅茶を飲みながら言う。
「昨日、不思議な夢を見ましたの」
私は思わず顔を上げた。
「夢?」
「ええ」
アリアは少し困ったように笑った。
「知らない花畑でしたわ」
私の心臓が跳ねる。
「花畑?」
「白い花がたくさん咲いていて」
私は固まった。
まさか。
「それで?」
思わず身を乗り出す。
アリアは首を傾げた。
「そこに女の子がいたのです」
女の子。
やっぱり私と同じ夢?
「どんな子だったの?」
アリアは少し考えた。
「笑顔がとても素敵な方でした」
その瞬間、夢で見た少女の姿が浮かぶ。
フィオラ。あの少女だ。
私は息を呑んだ。
なぜ、アリアも同じ夢を見たのだろう。
わたくし、アリア・ルナリアは、ひかりの表情が変わったことに気付いていたのだけれど、なぜかその夢の話をすると胸の奥が懐かしくなるものだから、自分でも不思議に思っていた。
「それで」
ひかりが聞く。
「他には何か覚えてない?」
わたくしは少し考えた。
ふと、一つだけ思い出す。
「名前を呼ばれていた気がしますわ」
「名前?」
「ええ」
なぜか、涙が出そうになる。
「セレナ」
その名前を口にした瞬間だった。
ひかりが立ち上がった。
「やっぱり!」
驚いた声にわたくしは目を瞬かせる。
「ひかり?」
「私も聞いたの!」
部屋が静かになる。
二人とも同じ夢を見た。
同じ名前を聞いた。
偶然とは思えない。
その日の午後。
俺、シリウス・ルナリアは、ひかりとアリアが何やら真剣に話し込んでいる姿を見ていたのだけれど、最近の二人は本当に仲が良くなったと思いながら少し微笑ましく感じていた。
だが、同時に気付いてしまう。
二人の雰囲気がどこか似ている。
いや、違う。
似ているのではない。
重なる。
そんな感覚だった。
「不思議だな」
俺は呟く。
すると、隣にいたレオンが頷いた。
「俺もそう思っていた」
珍しく意見が一致した。
だが次の瞬間。
二人とも黙る。
ひかりが笑ったからだ。
自然と視線が向く。
そして、互いに気付く。
同じ人物を見ていることに。
「……」
「……」
気まずい。
だが、どちらも目を逸らさない。
そんな空気を見ていたアリアは、小さくため息をついていた。
その夜。
現代日本。
私、美咲は机へ向かっていたのだけれど、気付けばノートへ知らない名前を書いていた。
『セレナ』
私は目を見開く。
「なんで……?」
分からない。
書いた覚えもない。
それなのに。
涙が溢れそうになる。
懐かしい。
会いたい。
そんな感情が胸を満たしていた。
そして、その下にはもう一つの名前があった。
『フィオラ』
美咲は震える指でその文字へ触れた。
「ひかり……?」
なぜだろう、その名前を見ると。
親友の笑顔が浮かんだ。
その頃。
わらわ、ネヴァは、再び繋がり始めた魂の気配を感じながら玉座に座っていたのだけれど、千年前に引き裂かれた運命が少しずつ集まり始めていることに複雑な感情を抱いていた。
「セレナも」
紫の瞳が細められる。
「目覚め始めておるか」
フィオラ。
セレナ。
アルス。
ルナ。
千年前の名が揃い始めている。
だが、まだ誰も真実を知らない。
ネヴァは静かに立ち上がった。
「良い」
その唇が歪む。
「もっと思い出すがよい」
「そして絶望するのじゃ」
闇が揺れる。
紫色の光が広間を照らした。
誰も知らない千年前の物語が。
少しずつ、動き始めていた。




