月の神殿の記憶
私はネヴァという名前をまだ知らなかったのだけれど、第二の封印が反応してからというもの、胸の奥に小さな不安が居座り続けていて、何か大切なことを忘れているような感覚だけが消えずに残っていた。
あの日から三日後。
私たちは再び月の神殿を訪れていた。
「今度は調査が目的だ」
レオン王子がそう言う。
第二の封印。
古代文字。
そして結界の異変。
何か手掛かりがあるかもしれない。
私は神殿を見上げた。
相変わらず不思議な場所だ。
初めて来たはずなのに懐かしい。
そんな感覚が消えない。
「行こう」
シリウス王子が先頭を歩き出す。
私たちは神殿の奥へ向かった。
前回光った大扉の周辺には、王国の学者たちが集まっていた。
その中の一人が頭を下げる。
「殿下」
「何かわかったか」
シリウス王子が尋ねる。
学者は難しい顔をした。
「完全には解読できておりません」
「ですが」
そう言って古びた羊皮紙を差し出した。
「神殿地下に保管されていた記録が見つかりました」
私は思わず身を乗り出した。
「記録?」
「はい」
学者は頷く。
「千年以上前のものと思われます」
千年前。
その言葉に胸がざわつく。
レオン王子が羊皮紙を受け取った。
そこには掠れた文字が書かれていた。
『光の聖女』
『月の守護者』
『太陽の王子』
『封印』
そして。
『第三の国』
私は目を見開いた。
「第三の国?」
アリアも驚いている。
「そんな国、聞いたことありませんわ」
学者も困惑した表情を浮かべた。
「我々も初耳です」
レオン王子が羊皮紙を見つめる。
「続きは」
「ほとんど消失しています」
肝心な部分が読めない。
私は少し残念に思った。
だけど、第三の国。
その言葉だけでも十分衝撃だった。
ルナリア王国。
ソレイユ王国。
そして、存在しないはずの第三の国。
何なのだろう。
その時だった。
頭の奥が微かに痛む。
『そこへ行ってはだめ』
女の子の声。
私はハッとして周囲を見る。
誰もいない。
気のせい?
でも、確かに聞こえた。
わたくし、アリア・ルナリアは、ひかりの様子がおかしいことに気付いていたのだけれど、最近のひかりは時々遠くを見るような目をすることがあって、その度になぜか心配になってしまっていた。
「ひかり?」
「え?」
「大丈夫ですの?」
ひかりは慌てて笑った。
「うん!」
でも
少し無理をしているように見える。
わたくしは眉を下げた。
その時だった。
ひかりが落とした本を拾おうとして屈む。
そして、全く同じタイミングで。
わたくしも屈んでいた。
「あ」
「え?」
二人で顔を見合わせる。
同じだった。
全く同じ動き。
まるで、昔から知っている相手みたいに。
ひかりが笑う。
「なんか美咲みたい」
「みさき?」
しまった。
という顔をひかりがする。
「えっと」
「私の親友!」
わたくしは微笑んだ。
「素敵な方なのですね」
その瞬間だった。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
知らない名前のはずなのに。
なぜか懐かしい。
なぜだろう。
『ひかり!』
誰かが笑っている。
知らないはずの声。
でも、涙が出そうになるほど優しい声だった。
わたくしはそっと胸元を押さえた。
その夜。
現代日本。
私、佐伯美咲は机に向かっていた。
ひかりが消えてから何ヶ月も経っている。
それでも。
諦められなかった。
「どこ行ったのよ」
小さく呟く。
返事はない。
その時だった。
ノートの隅に何気なく描いていた落書きを見て美咲は固まった。
描かれていたのは。
月の紋章。
そして、見覚えのない城。
「え……」
なぜ描いたのか分からない。
だけど。
どこか懐かしい。
そして。
涙が出そうになるほど恋しかった。
その頃。
闇の国。
わらわ、ネヴァは、神殿の封印が調べられていることを感じ取っていたのだけれど、それすらも計画の内であることに愉快そうな笑みを浮かべていた。
「探すがよい」
紫の瞳が細められる。
「真実を知れば知るほど絶望するのじゃから」
ネヴァの背後には巨大な扉があった。
そこには。
千年前に失われたはずの紋章。
そして、光の聖女フィオラの肖像画。
ネヴァはその絵にそっと触れる。
憎い。
許せない。
それなのに、愛おしい。
矛盾した感情が胸を満たす。
「待っておれ」
ネヴァは静かに呟いた。
「フィオラ」
「いや」
紫の瞳が妖しく光る。
「ひかり」




