王女の涙
わたくし、アリア・ルナリアは、王女として生まれたその日から国のために生きることを当たり前のように教えられてきたのだけれど、最近はその当たり前が少しずつ揺らぎ始めていることに気付いていた。
理由は簡単だった。
ひかり、そして、レオン様。
二人と出会ってしまったから。
朝の庭園を歩きながら、わたくしは小さくため息をついた。
太陽の光を受けて花々が揺れている。
穏やかな景色だった。
けれど、わたくしの心は穏やかではなかった。
ルナリア王国とソレイユ王国。
二つの国は長い年月をかけて対立を続けてきた。
今は戦争こそ起きていない。
けれど、それは本当の平和ではない。
幼い頃から何度も聞かされてきた。
「ソレイユ王国を信用してはなりません」
「月の国の王族として誇りを持ちなさい」
そう言われ続けてきた。
だからこそ、わたくしは困っていた。
レオン様は優しい。
真面目で誠実で、国のために誰よりも努力している。
とても敵には見えない。
そして、ひかりもそうだった。
国の違いなんて気にしない。
身分も関係ない。
誰かが困っていたら手を差し伸べる。
そんな人だった。
だから、願ってしまう。
二つの国が本当に仲良くなれたらいいのに。
その時だった。
「アリア!」
聞き慣れた声が聞こえる。
振り返るとひかりがいた。
わたくしは自然と笑顔になる。
「おはようございます、ひかり」
「おはよう!」
ひかりは駆け寄ってくる。
朝から元気だ。
「どうしたの?」
「え?」
「なんか元気ないよ?」
わたくしは少し驚いた。
そんなに分かりやすかっただろうか。
「気のせいですわ」
「絶対違うっ!」
即答だった。
ひかりは時々驚くほど鋭い。
わたくしが苦笑すると、ひかりは心配そうな顔になる。
「何かあったら話してね」
真っ直ぐな言葉。
その優しさが嬉しかった。
「ありがとうございます」
そう答えることしかできなかった。
昼過ぎ。
わたくしは国王陛下に呼び出された。
重い扉が閉まる。
謁見の間にはお父さまだけでなく数人の貴族たちも集まっていた。
嫌な予感がした。
「アリア」
お父さまが静かに口を開く。
「最近、ソレイユ王国の者たちと親しくしているそうだな」
わたくしは頷いた。
隠すつもりはない。
「はい」
すると、一人の貴族が前へ出た。
「王女殿下」
その声は冷たかった。
「我々は長年ソレイユ王国と対立してきました」
「どうかお忘れなきよう」
わたくしは唇を噛む。
そんなことは、分かっている。
だけど。
「ですが」
気付けば口を開いていた。
「レオン様も、ソレイユ王国の皆様も悪い方ではありません」
空気が凍った。
貴族たちの表情が険しくなる。
お父さまも黙ったままだ。
それでも、言わずにはいられなかった。
「わたくしは……」
「二つの国が分かり合えると信じています」
静寂。
誰も何も言わない。
やがて、お父さまが静かに言った。
「アリア」
厳しい声だった。
わたくしは俯く。
王女失格だと思われたかもしれない。
でも、後悔はしていなかった。
会議が終わった後。
わたくしは城の裏庭へ向かった。
誰も来ない場所。
風だけが吹いている。
そして、気付けば涙が溢れていた。
「どうして……」
ただ仲良くしたいだけなのに。
どうして、国同士の事情はこんなにも重いのだろう。
その時だった。
「アリア?」
声がした。
振り返る。
ひかりだった。
しまった。
見られてしまった。
わたくしは慌てて涙を拭う。
「なんでもありませんわ」
けれど、ひかりは騙されなかった。
「嘘」
優しい声だった。
「泣いてるじゃん」
わたくしは言葉を失う。
ひかりは何も聞かなかった。
無理に理由を聞き出そうともしない。
ただ、わたくしの隣へ座った。
その優しさに胸が熱くなる。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、わたくしはぽつりと呟く。
「ひかり」
「うん」
「わたくしは……二つの国が仲良くなってほしいのです」
ひかりは黙って聞いてくれる。
「お兄様も」
「レオン様も」
「本当は優しい方なのに」
「どうして争わなければならないのでしょう」
涙がこぼれた。
すると、ひかりは優しく笑った。
「大丈夫だよ」
わたくしは顔を上げる。
「私も同じこと思ってる」
青い瞳が真っ直ぐこちらを見る。
「だからさ」
ひかりは少し照れながら笑った。
「一緒に頑張ろうよ」
「アリア」
その瞬間、胸の奥が温かくなった。
わたくしは涙を拭う。
そして、初めて心から笑った。
「ありがとうございます」
「ひかり」
遠くで風が吹く。
白い花びらが舞い上がる。
その光景はなぜか懐かしくて。
まるで千年前にも同じ景色を見たことがあるような気がした。
俺、シリウス・ルナリアは、少し離れた場所から妹とひかりの様子を見守っていたのだけれど、アリアがあんなふうに本音を話せる相手を見つけたことが嬉しかった。
本当に、良かったと思う。
だけど同時に、ひかりの隣にいるアリアが少し羨ましくもあった。
最近の俺は本当に駄目だ。
ひかりのことばかり考えてしまう。
「重症だな……」
小さく呟く。
もちろん、その視線の先にはひかりがいた。




