アリアの願い、美咲の変化
わたくし、アリア・ルナリアは、最近ある確信を持つようになっていたのだけれど、それは決して政治や王国の問題ではなく、もっと身近で、それでいて本人たちだけが気付いていない厄介な問題だった。
ひかり。
お兄様。
レオン様。
この三人である。
わたくしは窓際に腰掛けながら小さくため息をついた。
「本当に分かりやすいですわ……」
誰にも聞こえない呟き。
だが事実だった。
ひかりは気付いていない。
お兄様も気付かれていないと思っている。
レオン様も同じ。
けれど、第三者から見れば丸分かりだった。
その日の昼。
私はアリアと一緒に城下町へ来ていたのだけれど、月灯祭の名残で町はまだ賑わっていて、歩いているだけでも楽しかった。
「わぁ!」
可愛い雑貨屋さん。
綺麗なお菓子。
珍しい花。
全部見たくなる。
「ひかりは本当に楽しそうですわね」
アリアが笑う。
「だって初めて見るものばっかりだもん!」
私は店先へ駆け寄る。
その時だった。
「ひかり」
聞き慣れた声。
振り返る。
レオン王子だった。
「あっ!」
思わず笑顔になる。
レオン王子はそんな私を見て少し表情を緩めた。
「迷子になるな」
「ならないよ!」
「本当か」
「本当だって!」
アリアが吹き出した。
やっぱり過保護だなぁ。
私はそう思う。
その数分後。
「おーい!」
今度はシリウス王子だった。
「シリウス王子!」
私は手を振る。
すると彼も笑顔で近付いてくる。
「楽しんでるか?」
「うん!」
「それなら良かった」
優しい笑顔。
私は自然と笑顔になる。
わたくし、アリア・ルナリアは、その光景を見ながら確信を深めていたのだけれど、お兄様もレオン様もひかりが笑うだけで表情が柔らかくなるものだから、もはや隠す気がないのではないかとさえ思っていた。
お兄様はひかりを見る。
レオン様もひかりを見る。
そして。
二人とも互いの存在を意識している。
分かりやすすぎる。
「大変ですわね……」
再びため息。
その時だった。
ひかりが屋台で売られていた花飾りを見つける。
「綺麗!」
青い花。
月の光を閉じ込めたような色。
「欲しいのか?」
シリウスが聞く。
「ちょっと気になる!」
すると。
「なら買おう」
シリウスが言った。
だが、ほぼ同時だった。
「俺が買う」
レオンが言う。
沈黙で私も固まる。
シリウス王子も固まる。
店主も固まる。
アリアだけが頭を抱えた。
「お二人とも……」
本人たちは真剣だった。
「俺が先だ」
「いや、俺だ」
「必要ない」
「それは俺が決める」
怖い怖い怖い。
私は慌てて止める。
「自分で買うから!」
ようやく二人が黙った。
私はお財布を取り出す。
そして花飾りを購入した。
「ありがとう!」
笑顔でそう言うと。
なぜか二人とも少し嬉しそうだった。
その夜。
私は部屋で花飾りを眺めていた。
綺麗。
本当に綺麗だ。
その時だった。
ふとら頭の中へ知らない光景が流れ込む。
白い花畑。
笑い合う少女たち。
そして。
『フィオラ』
誰かがそう呼ぶ声。
「っ!」
私は立ち上がる。
まただ。最近増えている。
夢じゃない。
起きている時にも見えるようになってきた。
「なんなの……」
胸がざわつく。
だけど、どこか懐かしい。
遠く離れた現代日本。
私、佐伯美咲は帰り道を歩いていた。
夕焼け空。
吹き抜ける風。
その時、道端に咲く白い花が目に入る。
「綺麗……」
思わず立ち止まる。
すると。
知らない名前が口からこぼれた。
「フィオラ……?」
私自身、驚いた。
なぜ今その名前を言ったのかは分からない。
でも、涙が出そうになるほど懐かしかった。
その頃。
闇の国。
誰にも知られていない黒い宮殿の玉座で、一人の女が静かに月を見上げていた。
わらわ、ネヴァは、ようやく動き始めた運命の歯車を感じていたのだけれど、千年前から待ち続けた時が近付いていることに心が高鳴っていた。
「フィオラ……」
紫の瞳が細められる。
怒り。
悲しみ。
嫉妬。
憎しみ。
そして、誰よりも深い執着。
その全てが混ざり合っていた。
「今度こそ」
ネヴァは小さく笑う。
「お前を取り戻してみせる」
その言葉の意味を、まだ誰も知らない。




