揺れる想い
月灯祭が終わって数日が経ったのだけれど、私はあの日見た無数の灯籠の光が忘れられなくて、時々窓から夜空を見上げながら思い出してしまうことがあった。
もちろん。
レオン王子とシリウス王子に両手を引っ張られたことも。
思い出してしまうのだけれど。
「うぅ……」
私は机へ突っ伏した。
思い出すだけで恥ずかしい。
あれは絶対周りから変な目で見られていた。
「どうかなさいましたの?」
アリアが不思議そうに首を傾げる。
私は慌てて顔を上げた。
「なんでもない!」
「怪しいですわ」
「怪しくない!」
アリアが小さく笑う。
最近はこういうやり取りも増えた。
気を遣わなくていい友達。
そう思える相手が異世界でできたことが嬉しかった。
その時だった。
庭園の向こうから剣戟の音が聞こえる。
私は窓の外を見る。
訓練場。
レオン王子とシリウス王子が模擬戦をしていた。
「またやってる」
思わず笑う。
最近の二人は何かにつけて勝負している気がする。
どちらが強いか。
どちらが早いか。
どちらが優れているか。
まるで子供みたいだ。
だけど、なぜか少し楽しそうにも見える。
俺、シリウス・ルナリアは、レオンと剣を交えながら妙な苛立ちを感じていたのだけれど、その原因が目の前の男ではなく別のところにあることを自分自身が一番よく分かっていた。
剣がぶつかり、火花が散る。
「どうした」
レオンが言う。
「集中できていないぞ」
「うるさい」
俺は剣を振る。
だが、確かに集中できていなかった。
頭に浮かぶのは、ひかり。
そればかりだった。
月灯祭の日。
笑った顔。
照れた顔。
楽しそうな顔。
気付けば全部覚えている。
「……はぁ」
思わずため息が漏れた。
レオンが眉をひそめる。
「体調が悪いのか」
「違う」
違う。体調じゃない。
もっと厄介なものだ。
訓練が終わった後。
俺は一人で城の回廊を歩いていた。
窓から月明かりが差し込んでいる。
静かな夜。
だけど、胸の中は全然静かじゃなかった。
その時だった。
向こうからひかりが歩いてくる。
「あっ」
俺は思わず立ち止まった。
ひかりも気付いたらしい。
「シリウス王子!」
嬉しそうに笑う。
その笑顔を見た瞬間。
心臓が跳ねた。
「……っ」
何だよ、これ。
ひかりは何も知らず近付いてくる。
「訓練終わったの?」
「ああ」
「お疲れ様!」
無邪気な笑顔。
優しい声。
それだけなのに、胸が苦しい。
ひかりは少し考えてから言った。
「そうだ」
「?」
「今度また町へ行こうよ」
「町?」
「うん!」
ひかりは楽しそうに笑う。
「前は全然見て回れなかったし!」
俺はその顔を見つめる。
そして、気付いてしまった。
もう、誤魔化せなかった。
その瞬間ようやく自分の気持ちを認めたのだけれど、本当はもっと前から分かっていたのかもしれなかった。
ひかりが笑うと嬉しい。
ひかりが悲しむと苦しい。
ひかりを守りたい。
ひかりの隣にいたい。
それは、友情だからじゃない。
仲間だからでもない。
俺は、ひかりが好きなんだ。
「シリウス王子?」
ひかりが不思議そうに覗き込む。
俺は慌てて顔を逸らした。
「なんでもない」
「変なの」
ひかりが笑う。
頼むから、そんな顔で笑わないでくれ。
余計好きになるだろ。
その頃。
わたくし、アリア・ルナリアは、庭園で本を読んでいたのだけれど、偶然回廊の方を見た瞬間、お兄様がひかりを見つめる表情を見てしまい思わず目を瞬かせた。
「……あら」
分かってしまった。
お兄様…本当に、ひかりが好きなのね。
アリアは小さく微笑む。
次の瞬間、少しだけ表情を曇らせた。
だって、レオン様も、同じなのだから。
その夜。
私は部屋のベッドへ寝転がりながら、最近のシリウス王子が少し変なことを思い出していた。
なんだろう。
前より静かというか。
時々ボーッとしているというか。
考え事が多い気がする。
「疲れてるのかなぁ」
そして、遠く離れた現代日本。
私、佐伯美咲は夢を見ていた。
白い花畑。
青い空。
そして、知らない銀髪の青年。
『守れなくて、ごめん』
悲しそうな声。
私は手を伸ばす。
だけど、届かない。
「待って!」
その瞬間、夢は途切れた。
目を覚まして、自分の頬を涙が伝っていることに気付く。
「なんで……」
知らないはずなのに。
胸が痛かった。
まるで、誰かの想いが流れ込んできたみたいに。
月明かりが世界を照らしている。
それぞれの場所で。
それぞれの想いが。
少しずつ動き始めていた。




