月灯祭
私は朝からどこか落ち着かなかったのだけれど、それはルナリア王国で一年に一度開かれるという「月灯祭」が今日行われるからであり、城下町全体がお祭りの準備で賑わっている様子を見ているだけで自然と胸が弾んでいた。
「ひかり!」
元気な声が聞こえる。
振り返ると、アリアが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今日は月灯祭ですわ!」
「知ってるよ」
私は笑う。
「朝からみんなその話ばっかりだもん」
アリアは楽しそうに頷いた。
「月灯祭はルナリア王国で最も大切なお祭りの一つなのです」
「へぇ」
「夜になると無数の灯籠が空へ放たれますの」
私は目を輝かせた。
絶対綺麗だ。
見てみたい。
「ですので」
アリアが微笑む。
「今日は特別なお召し物を用意しておりますわ」
嫌な予感がした。
数時間後。
私は全身鏡の前で固まっていた。
「えっ」
白を基調としたドレス。
月明かりのような銀の刺繍。
髪には小さな花飾り。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
綺麗!
だけど。
「こんなの私が着ていいの!?」
侍女たちが笑う。
「とてもお似合いですよ」
その時、扉がノックされた。
「ひかり様」
レオン王子だった。
私は慌てて振り返る。
「どうしたの?」
レオン王子は一瞬言葉を失った。
赤い瞳が見開かれる。
「……」
沈黙。
「レオン王子?」
すると彼は少しだけ視線を逸らした。
「似合っている」
「え?」
「その服だ」
私は思わず笑顔になる。
「ありがとう!」
レオン王子は何も言わなかった。
だけど耳が少し赤かった。
俺、レオン・ソレイユは、その瞬間心臓が大きく跳ねたことに自分でも驚いていたのだけれど、ひかりがいつも以上に綺麗に見えてしまった理由を深く考えないようにしていた。
考えたくなかった。
まだ。
その時だった。
「へぇ」
聞き慣れた声。
シリウスだった。
彼も祭り用の正装を身に纏っている。
そしてひかりを見る。
固まる。
「シリウス?」
彼はゆっくり笑った。
「すごく似合ってる」
真っ直ぐだった。
「本当に綺麗だ」
私は顔が熱くなる。
「えっ」
「そんな大げさな」
「大げさじゃない」
シリウスは優しく笑った。
レオン王子が無言になる。
空気が変わる。
わたくし、アリア・ルナリアは、その場の空気が妙に張り詰めたものへ変わったことに気付いていたのだけれど、その理由が何なのか最近ようやく分かり始めていた。
お兄様。
レオン様。
二人とも。
ひかりを見ている。
同じ目で。
「これは大変ですわね……」
小さく呟く。
誰にも聞こえなかった。
夜。
月灯祭が始まり、無数の灯りが町を彩る。
人々の笑顔。
音楽。
屋台。
そして、夜空に輝く満月。
「すごい……」
私は思わず立ち止まった。
綺麗!
本当に、綺麗だった。
その時、人混みが押し寄せる。
「きゃっ!」
身体がよろめく。
危ない…っ!
そう思った瞬間、右手を誰かが掴んだ。
「大丈夫か」
レオン王子。
同時に、左手も誰かが掴む。
「気を付けろよ」
シリウス王子。
私は固まった。
え、また?
左右を見る。
二人とも真剣な顔。
そして、互いを見る。
沈黙。き、気まずい…
「えっと……」
私は苦笑した。
その時だった。
遠くの空。
祭りの灯籠が昇っていく。
無数の光。
綺麗…だけど、その向こう。
夜空のさらに奥。
一瞬だけ、紫色の光が見えた。
「……?」
誰も気付かない。
ただ一人。
闇の国の女王だけが。
月を見上げていた。
「見つけたぞ」
毒々しい紫の瞳が細められる。
「光の聖女よ」
ネヴァは静かに微笑んだ。
その笑顔は、どこか悲しそうだった。




