月の王女の願い
私はルナリア王国へ向かう馬車の窓から流れていく景色を眺めながら、数日前まで普通の中学生だった自分が今は異世界の王族たちと一緒に国境を越えようとしているという状況に改めて驚いてしまい、本当に人生って何が起こるか分からないなあと少しだけ現実逃避みたいなことを考えていた。
向かい側にはレオン王子。
隣にはアリア姫。
そして少し離れた場所にはシリウス王子が座っている。
数日前。
ルナリア王国から正式な招待状が届いた。
ひかりを月の国へ招待したい。
それだけなら良かった。
問題は、ソレイユ王国の貴族たちが大反対したことだった。
「聖女様を月の国へ行かせるわけにはいかない!」
「何故です?」
アリア姫が怒った。
「ルナリア王国だからです!」
「利用しようなどと思ったことはありません!」
その時のアリア姫は珍しく感情的だった。
いつも穏やかなアリア姫が。
私はその姿を見て少し驚いた。
そして同時に。
何か悲しくなった。
アリア姫は悪くない。
なのに。
月の国の王女というだけで疑われる。
それが悔しかった。
「何考えてる?」
シリウス王子の声で我に返る。
「え?」
「さっきから難しい顔してる」
私は少し苦笑した。
「両国が仲良くなれたらいいなって」
シリウス王子は一瞬黙った。
それから窓の外を見る。
「難しいな」
「そんなに?」
「千年だからな」
千年。
またその言葉。
最近聞かない日がない。
まるで運命そのものが千年前に縛られているみたいだった。
「でも」
私は小さく笑う。
「アリア姫は仲良くしたいって思ってる」
「そうだな」
「レオン王子だって本当はそうだと思う」
前を見る。
レオン王子は黙っていた。
だけど否定しなかった。
私は続ける。
「だったら変われるよ」
その瞬間。
レオン王子とシリウス王子が同時にこちらを見た。
私は少し恥ずかしくなった。
でも。
なぜだろう。
そうしなきゃいけない気がする。
胸の奥で。
ずっと。
その日の夕方。
ルナリア王国へ到着した。
私は思わず馬車の窓に張り付く。
「すごーい!」
ソレイユ王国とは全然違う。
白と青を基調とした街並み。
月を象徴する建物。
夜空のような装飾。
どこか神秘的だった。
「綺麗……」
するとアリア姫が嬉しそうに笑う。
「でしょう?」
その笑顔を見た瞬間。
私は少し安心した。
アリア姫はこの国が好きなんだ。
そう思った。
夜。
歓迎会が開かれた。
私はたくさんの貴族へ挨拶をして回ったのだけれど、その中であることに気付いてしまう。
ソレイユ王国の人たちを見る目。
冷たい。
警戒している。
それはソレイユ王国側も同じだった。
レオン王子も。
ルナリアの貴族たちも。
笑っている。
でも、壁がある。
見えない壁が。
私は胸が苦しくなった。
その時だった。
「ひかり様」
アリア姫が声を掛けてきた。
「少しお散歩しませんか?」
私はアリア姫と二人で王宮の庭園を歩いていた。
夜風が気持ちいい。
空には大きな月が浮かんでいる。
まるで夢の中みたいな景色だった。
しばらく歩いていると。
アリア姫が立ち止まった。
「わたくし」
珍しく表情が曇っていた。
「幼い頃から思っていたのです」
私は黙って聞く。
「どうして太陽の国と月の国は争っているのだろう、と」
「千年前の争いを、今になっても続けている理由はなんなのだろう、と」
風が吹く。
月明かりがアリア姫の髪を照らした。
「わたくしには理解できませんでした」
アリア姫は小さく笑う。
「きっと甘い考えなのでしょうね」
私は首を横に振った。
「違うよ」
アリア姫が驚いてこちらを見る。
「優しい考えだと思う」
「ひかり様……」
私は少し照れながら続けた。
「だって私もそう思うもん」
その瞬間だった。
アリアの瞳が揺れた。
何かを堪えるように。
悲しみを隠すように。
「ありがとう……ございます」
私は思わず笑った。
「なんで敬語なの?」
「え?」
「私たち友達じゃん」
アリア姫は固まる。
私は続けた。
「だからさ」
少しだけ勇気を出す。
「ひかりでいいよ!」
静寂。
風が吹く。
そして。
アリア姫の瞳に涙が浮かんだ。
私は慌てた。
「え!?ごめん!?」
「違いますわ!」
アリア姫は慌てて涙を拭いた。
「ただ……嬉しくて……」
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥が温かくなる。
そして。
アリア姫は少しだけ照れながら言った。
「では……ひかり」
私は笑った。
「うん!」
「わたくしのこともアリアと呼んでくださいませ」
「もちろん!」
ひかり。
アリア。
初めて呼び合った名前。
その瞬間。
遠い昔にも同じことがあった気がした。
だけど、まだ思い出せない。
思い出せないままで良かった。
今はただ、友達になれたことが嬉しかったから。
そして遠く離れた塔の上から。
シリウスは二人を見ていた。
「仲良くなったな」
その隣にはレオン。
レオンは少しだけ笑う。
「ああ」
だけど、その笑顔の奥には言葉にできない感情が隠れていることを、まだ誰も知らなかった。
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