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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第15章 世界の基準点と木陰のまどろみ

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第221話 門前と不協和音

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

西門前での確認は、もう終わっていた。


王国、帝国、聖教国。

それぞれ名を記され、同行者を確かめられ、武器を預けた。


ロイルは最後の一行を書き終えると、記録帳を閉じる。


門前には、まだ馬車の熱と馬の吐く息が白く残っていた。護衛たちはそれぞれの列に戻り、御者たちは手綱を整えている。


後はこのまま、すぐ先の迎賓館へ向かえば済む話だ。


俺は少し離れた場所から、三者三様の視線の先を観察していた。


シャルロッテは、ロイルの抱えた記録帳から目を離さなかった。

皇帝ヴァレリアンは、門の造りと人の流れを眺めていた。

そして、聖教国の大司教セヴランは、門そのものより、村の内側へ目を向けていた。


ロイルは記録帳を抱え直し、一歩下がった。

ギードはその横に立ち、一行を迎賓館へ案内する頃合いを見計らっている。


「ロイル殿」


迎賓館へ歩き出す直前、シャルロッテが足を止めた。

オリヴィエが半歩後ろで控える。


ロイルは記録帳を抱えたまま、真っ直ぐに姿勢を正した。


「はい」


「先ほどの応対、見事でした」


「ありがとうございます。ただ、手順通りの対応です」


「どの国にも、その手順を変えませんでしたね」


「変えれば、私がここに立つ意味がなくなりますので」


シャルロッテは、ほんの少しだけ目を伏せた。


「今のあなたは、ウルムの窓口なのですね」


「はい」


「この先、誰が来ても同じにしますか?」


「はい。そのための窓口ですので」


シャルロッテは小さく頷いた。


「頼もしいですね」


「褒め言葉として、受け取っておきます」


ロイルの声はいつも通りだった。

だが、記録帳を抱える腕に、わずかに力が入っているのが見えた。


「王国の女王も、聖教国の大司教も、同じ記録帳に並べたか」


低い声がして、俺はそちらを見た。


皇帝ヴァレリアンが、ロイルの記録帳を見ていた。

隣にはベアトリクス。少し後ろにカインがいる。


俺は短く返す。

「分けると面倒だ」


「序列を作らぬためではなく?」


「結果的にはそうなる」


皇帝は口元だけで笑った。


「なるほど。理由は雑だが、形は悪くない」


「褒めてないな……」

小さな呟きのつもりが、どうやら皇帝の耳に届いていたらしい。


「褒めているぞ、アシュラン」


そう言う皇帝の顔は、たぶん本当に面白がっている。

こういう人種は、できれば遠くにいてほしい。


皇帝がゆっくりと歩き出すと、その後ろから、カインが近づいてきた。


「マスター……と呼ぶべきか迷いました」


「マスターはやめろ。今日は帝国側だろう」


「では、アシュラン殿」


「気持ち悪いな」


俺の返しに、横にいたエレノアがくすりと笑う。

「結局、文句なんですのね」


カインも小さく笑った。

「帝国側として立つと、距離の取り方が難しいですね」


「俺に聞くな。そういうのは皇帝に聞け」


「陛下は、面白がるだけです」


「だろうな」

カインはちらりと皇帝を見た。

皇帝はロイルやギード、門の外に残した護衛の数まで見ている。まったく、よく目が動く男だ。


「で? 皇帝は何て言ってるんだ」


「仕組みとして関わる、と陛下はお考えです」


カインが声を落とした。


「その方が、奪うより長く得をするそうですよ」


「皇帝らしいな」


「ええ。かなり……」


エレノアが小首を傾げる。

「それは、安心してよい話ですの?」


「半分はな」


カインが聞く。

「もう半分は?」


「俺たちが、帝国にとって得になる、と判断されているうちは、だな」


カインは苦笑した。

「そこまで含めて、皇帝陛下らしいです」


「そして、師匠らしい見方ですわ」


「似てない」


「まだ何も言っていませんよ、マスター」


そう言って、カインは一歩下がった。

帝国側の人間としての距離だ。

妙に律儀なところがある。そこは、まあ、悪くない。


聖教国の馬車の近くでは、バルデルがセヴランの前に立っていた。


「セヴラン大司教。遠路、お疲れ様でございました」


「バルデル。元気そうで何よりです」


セヴランは穏やかに笑った。


「この地での務め、よく続けてくれました」


セヴランは村の方へ視線を向ける。


「礼拝堂の様子は、後ほど詳しく聞かせていただきましょう」


バルデルは、わずかに背筋を伸ばした。


「はい。ただ、礼拝堂はウルムの礼拝堂です。私の務めも、ウルムの定めの範囲で行っております」


セヴランは一瞬だけ間を置いた。


「もちろんです。まずは、この地の方々の心を乱さぬことが大切ですから」


まずは、か。


俺は口を挟まなかった。

だが、バルデルの口元が少しだけ硬くなったのは見えた。


セヴランは、今度はエレノアの前で足を止めた。


「あなたが、エレノア殿ですな」


「はい。エレノアと申します」


「帝国の聖女であられた方のお名前は、我々聖教国にも届いております。まさか、この地でお目にかかれるとは思いませんでした」


「恐れ入ります」


セヴランは穏やかに微笑む。


「今は、こちらで救護にあたっておられるとか。あなたほどの方が民のそばに立っておられるなら、ウルムの者たちも心強いことでしょう」


「今は、ウルムの救護を預かる者ですわ」


「ええ。ですが、聖女として培われた知見も、きっとこの地の支えになっているのでしょう」


エレノアは真っ直ぐにセヴランの目を見た。


「聖女だった頃に知らなかったことも、ここで学びました」


セヴランの返事が、ほんの少し遅れる。


「……それは、よき学びであったのでしょうな」


「はい」


セヴランは笑みを崩さなかった。

だが、その横にいたバルデルは、わずかに目を伏せた。


俺は黙って見ていた。


少し離れた場所で、シャルロッテと皇帝がそのやり取りを眺めていた。


「聖教国は、随分と熱心だな」


皇帝がぽつりと言う。

シャルロッテは、静かに返した。


「はい。ですが、熱心であることと、その土地を理解していることは、同じではないと思います」


「王国の若き女王も、言うようになったではないか」


「私どもも、ようやくそれを学んでいるところです」


皇帝は喉の奥で小さく笑った。


「学べる王なら、王国もまだ保つか」


「保たせなければなりません。ウルムに、余計な火の粉を飛ばさないためにも」


「よい心構えだ」


偉そうだな、と一瞬思ったが、皇帝なので偉いのだった。

面倒な事実だ。


ロイルが迎賓館へ向かう合図を出した。


迎賓館へ歩き出す直前、俺はバルデルの横に並び、小声で聞いた。


「あれは、止められそうか」


バルデルは前を向いたまま答える。


「止める、という言い方では難しいですね」


「じゃあ何ならできる」


「私が見たことを、そのまま申し上げることなら」


「……結局、そこからか」


「はい。そこからしか、始められません」


「面倒だな」


「ええ。私も、そう思います」


そう言って、バルデルはセヴランの後ろへ戻った。

聖教国側の人間として。


その背中を見て、俺は少しだけ息を吐く。


敵ではないが、完全に味方というわけでもない。

こういう立ち位置の奴が一番扱いに困る。



ロイルが、一行を迎賓館へ案内する。

王国、帝国、聖教国。

三つの一行は、それぞれ必要最低限の護衛だけを伴い、迎賓館へと進んだ。


村の者たちは騒ぐこともなく、遠巻きに見ていた。

昨日、黒札を入れた女も木陰のそばにいた。子供の手を握ったまま、じっと一行を見ている。


俺はその視線も気になったが、もう一つ気になった。


セヴランだ。


キドが、俺の袖を引いた。


「あの白い服の人、さっきから東の方ばっかり見てるぞ」


「見てるな」


「会議って、あっちでやるのか?」


「いや。迎賓館だ」


「じゃあ、なんで見てるんだよ」


「気になるんだろ」


「礼拝堂が?」


「たぶんな」


キドは眉を寄せた。


「会議の前なのに?」


「会議の前だから、だろ」


「よく分かんねえ」


「分からないならいい。今はな」


ギードが隣で小さく息を吐いた。


「始まる前から、目の置き所が違うのう」


「だから面倒なんだ」


迎賓館の扉が開く。

中はいつもより静かだった。壁際には水差しと杯。廊下には案内役が立ち、各国の控え室へ案内する準備をしている。


今夜は、明日の会議に備えてそれぞれ別の部屋で休んでもらう手はずだ。


案内役の後を追ってすれ違いざま、セヴランがもう一度だけ東を見た。

ただ眺めたというより、正確な位置を測っているように見えた。


俺は、その横顔を覚えておくことにした。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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