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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第15章 世界の基準点と木陰のまどろみ

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第216話 窓口と古い傷

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「……なぜ、私を見るのですか」


ロイルがそう言うと、長机の周りが少し静かになった。

沈黙を破ったのは、キドだった。


「いや、だって、どう考えてもお前だろ」


キドが首を傾げながら言う。

ロイルは表情を少しだけ硬くした。


「説明になっていません」


「だから、そういうとこだよ」


「なお分かりません」


俺は配置図から顔を上げた。


「俺は嫌だぞ」


「まだ何も言っていません」


「お前の頭の中で俺の顔が浮かぶ前に、先に言っておく」


俺の即答に、ギードが軽く咳払いをした。

それ以上、俺に逃げ道を与える気はなさそうだった。


「一月後に再会談がある。外へ向ける名の話もある。まずは、その前じゃな」


ギードは配置図の西門を指で叩いた。


「王国、帝国、聖教国。それから商人や使者。外から来た者を、最初に受ける者が要る」


「それは、ギード村長が適任です」


ロイルが間髪入れずに返したが、ギードはゆっくりと首を横に振った。


「わしは村の内側を見る。畑の様子、荷置き場の割り振り、年寄りや子供たちじゃ。そっちを放って外向きの面倒な文まで抱え込んだら、どちらも半端になってしまう。そもそも、わしはもう年じゃ。王家の文を読むだけで肩が凝る」


「では、アシュラン様が……」


「嫌だ」


「早いですね」


「俺が前に出ると、話が理屈と技術に寄りすぎる。あと、面倒だ」


「最後が本音では」


「最後だけじゃない」


横でキドが肩を揺らした。


ロイルはため息をつき、なおも視線を巡らせた。


「カイン殿は」


「あいつは帝国の人間だ。魔導工学の専門家としてはうちの戦力だが、外向きの交渉窓口としては候補にもならん」


「と言うことは、エレノア様も……」


「あいつ自身は帝国から離れたつもりでいるが、あの皇帝がどこまでそれを認めているかは怪しい。帝国の元聖女をウルムの顔にしたら、それだけで余計な話を呼ぶ。除外だな」


ロイルの視線が、残った一人へと向く。

ヘイムは太い腕を組み、最初から降参するように肩をすくめた。


「俺は柱と梁の強度なら見るが、王国の小難しい文書なんぞ見たくもない。字が読めないわけじゃねえが、言葉の裏を読むような真似はできねえよ」


「……キドは」


ロイルが半ばヤケクソのように名前を出すと、キドが得意げに胸を張りかけた。


「だめだ」


俺が即座に切り捨てる。


「まだ何も言ってねえだろ!」


「今のお前の顔を見れば分かる」


キドがむっと口を尖らせる。


「俺だって、門番の受付くらいはできるぜ」


「門番と外向きの窓口は違う。お前だとその日のうちに相手と喧嘩になる」


俺がそう言うと、ヘイムが「違いねえ」と笑った。

ロイルはなおも食い下がる。


「……では、複数人で対応すればよいのでは?」


「それはする」


ギードは頷いた。


「だが、外から来た者が最初に見る顔は、一つでええ。名前が五つも六つも並ぶと、向こうは与しやすそうなところを探すじゃろうな」


ロイルは黙り込んだ。

言われている意味は分かる。分かるからこそ、すぐには頷けなかった。


「私は、適任ではありません」


キドが不思議そうに目を丸くする。


「なんでだよ。字も読めて書けるし、王国の偉い連中とも普通に話せるだろ」


「だからです」


ロイルの声が少し低くなり、場が少しだけ止まった。

俺は配置図の上に置いていた手を下ろし、ロイルの顔を見た。


「私は王国側の人間として見られがちです。女王陛下と直接言葉を交わしたこともありますし、何より……」


そこでロイルは言葉を区切り、自分の両手を見た。

そして、少しだけ言いにくそうに口を開いた。


「私は、きれいな人間ではありません」


こいつは元傭兵だ。

国境をうろつき、金で動き、必要なら人も斬ってきた。

今は誰より生真面目に門の記録を取っているが、昔の仕事が消えるわけではない。


俺は頭を掻いた。


「きれいな人間が欲しいなら、うちは最初から詰んでるぞ」


ロイルが顔を上げる。

俺は構わず続けた。


「俺は追放された物理学者だ。エレノアは帝国を飛び出した元聖女。まぁ、カインは帝国の賢者だから比較的まともだが……きれいかって言われると怪しい。そもそもこの村は、追い出された奴や行き場のない奴らで形になった場所だ。お前の言うきれいな奴なんて、どこを探したっているもんか」


キドが、俺の服の裾を引っ張って小さく言う。


「俺は?」


「お前はうるさい」


「雑だな!」


キドの文句で、ピンと張り詰めていた空気が少しだけ緩む。

ギードが、柔らかな声でロイルに語りかけた。


「ロイル。おぬしは、門で止めることができる」


ロイルが眉間を寄せる。


「王国の使者が来ても、帝国の者が来ても、聖教国の偉い司祭が来ても、おぬしはまず名を書かせる。相手がどれほど強かろうが偉かろうが、決して手順を変えん」


「そこが大事なんだ」

俺はギードの言葉を引き取った。


「外向きの窓口は、偉い奴に愛想よく頭を下げる役じゃない。どんな相手だろうと、ウルムの決まりに従って同じ入り口に立たせる役だ。お前はそれができる」


ロイルは黙った。

ヘイムが太い腕で自分の胸を叩く。


「それに、お前は荷の流れも見ることができる。昨日の傭兵の件もそうだ。言葉だけじゃなく、道と荷と人の動きを目で見て分かる奴が要るんだよ」


キドが腕を組んで、妙に偉そうに頷いた。


「あと、俺よりは字が読める」


「それは多くの者ができます」


「でも、俺よりはできるだろ」


「比較対象が低すぎます」


ロイルが真顔で即答し、ヘイムが噴き出した。


ギードが言う。

「一月後まででええ。仮の窓口じゃ。ひと月経ってどうしても嫌なら、その後でまた話し合えばええ。どうじゃな?」


『仮』という言葉が、ロイルの強張っていた肩の力を少しだけ抜いた。

ロイルはしばらく考え込み、やがて視線を上げて一つの条件を出した。


「……私一人では、受けられません」


「まあ、そうだろうな」


「外に出す名前は、ギード村長の名を一番上に置いてください。私はあくまでも実務の窓口です。判断は、村長と住民代表を通す形にしてください」


ギードが深く頷く。


「それでええじゃろう。最初からそのつもりじゃ」


ロイルは続ける。


「話し合った内容は、記録として残し、皆で共有します。私一人の判断で物事が動いたように見えないようにするためです」


俺は少し笑った。

「また板にでも書くか?」


キドが嫌そうな顔をする。

「また板かよ……」


ロイルは真面目な顔でキドを見た。


「必要です。私の判断だけに見えないようにするための、大切な手順です」


「いいんじゃないか。お前が信用できるからというだけで任せるんじゃない。仕組みで間違えにくくするために任せるんだ」


ロイルは少しだけ目を伏せ、小さく息を吐いた。


「……それなら、受けます」


キドがぽつりとこぼす。


「面倒くせえ受け方だな」


「面倒な仕事ですので」


ロイルの返答に、ギードが笑った。



翌日、門前に新しい立て板が出された。


『外からウルムへ来る方へ』

・まず西門で名前を書いてください。

・武器はすべて預けてください。

・王国、帝国、聖教国からの書状は窓口で受け取ります。

・窓口の担当はロイルです。

・村の決まりは、ギード村長と住民代表で話し合って決めます。


村の者たちが、立ち止まってそれを眺めている。

市場へ向かう途中の商人が、板を見て軽く頷いた。


「ロイルさんが窓口か。まあ、前からそうだよな」


近くにいた年寄りが相槌を打つ。


「前から西門の詰所に座っとったしのう」


駆け抜けていった子供が、キドに向かって聞く。


「ねえ、ロイル先生になるの?」


「先生ではありません」


近くで作業の指示を出していたロイルが即答する。

すかさずキドが横から口を挟んだ。


「窓口先生だな」


「やめろ」


村人たちがどっと笑う。



夕方。

西門のすぐ内側にある管理窓口の小屋で、ロイルが一人、机の上の備品を整えていた。


使い込まれた古い記録帳。その横に、真新しい白紙の帳面が置かれている。インク壺。外からの書状を一時的に保管するための木箱。番号の振られた武器預かり札の束。


「もう始めてるのか」


俺が入り口から声をかけると、ロイルは顔を上げた。


「今日できることは、今日から始めます」


「相変わらず真面目だな」


「不安なだけです」


ロイルはそう言ってから、少しだけ手を止めた。


「私が前に出ることで、ウルムに余計な色がつくのが怖いのです」


俺は机の上の木札を一枚つまみ、表裏を見た。


「色がつくなら、上から別の色を塗るしかないな」


「何色ですか」


「そうだな……木札と泥と、薄い粥の色だ」


ロイルは一瞬だけ返答に困り、やがて小さく息を吐いた。


「……きれいではありませんね」


「うちはだいたいそうだ。泥臭いし、面倒だ。だが、まあ、筋は通ってる」


それだけ言うと、俺は小屋から出た。


その日の終わり。陽が沈む前のことだった。

西門の前に、見慣れない旅装の男が一人現れた。


身なりは質素だが、妙に背筋が伸びている。男の手には、封蝋のされた小さな筒が握られていた。


門番が用件を聞くと、男は姿勢を正した。


「聖教国巡回司祭、バルデル様より書状を預かっております」


俺は小さく息を吐く。

「早いな」


「そうですね」


ロイルは机へ戻り、机の上にある新しい白紙の記録帳を開く。

まだ一行も書かれていない、まっさらなページ。


「お名前を」


門の外で、旅装の男がわずかに姿勢を正した。


夕暮れの冷たい風が吹き込む中、ペン先が紙を擦る音が響く。


ロイルは一行目に、聖教国、と書いた。

まっさらな紙にインクが染み込んでいく。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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