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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第14章 学び舎と王冠

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幕間14-1 女王と記録室

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

王城の一角にある女王執務室に、乾いた風が入り込むようになっていた。


シャルロッテが王冠を戴いた朝、窓の外にはまだ冬の名残があった。あれから春が過ぎ、雨の季節が過ぎ、王都の石畳にはまた強い日差しが落ちるようになっている。


執務机の上には、朝から記録室から上がってきた報告書が並んでいた。

食糧の管理。治安維持。衛生環境。施設修繕。移住者対応。孤児の保護。住民の争議。

戴冠直後は四つしかなかった分類が、今では少し増えている。


増えたから楽になったわけではない。けれど、何がどこで止まっているのかは、前よりも見えるようになった。


シャルロッテは、報告書の端に添えられた小さな札を一枚めくった。


南区井戸、濁りあり。


その短い一文で、手が止まった。


「クラウス」


「はい」


「記録室へ行きます」


半歩後ろに控えていたクラウスは、少しだけ眉を動かした。


「マルセル室長をこちらへ呼びましょうか」


「いいえ。未決箱を見たいのです」


「……承知いたしました」


クラウスは、それ以上止めなかった。



記録室に入ると、紙と乾いたインクの匂いがした。

古い紙。革紐で括られた書類の束。棚に収まりきらず、壁際に積まれた木箱。

その匂いも景色も、一年前と大きくは変わらない。


ただ、山の形は変わっていた。


以前のように、処理されないまま積み上がっているだけではない。箱にはそれぞれ札がつけられ、どこで止まっているのかを示す短い書き込みが添えられている。


「陛下」


記録室長のマルセルが、慌てて立ち上がった。

周囲の書記官たちも一斉に手を止める。


「このような場所までお運びいただかずとも、用がございましたら、すぐにこちらから伺いましたものを」


「私が気になっただけです。お気になさらないで」


シャルロッテは、できるだけ穏やかに言った。


「皆さんは、作業を続けてください。手を止めさせたいわけではありません」


書記官たちは戸惑いながらも、マルセルの目配せで席へ戻った。すぐに羽ペンの音が戻る。ただ、先ほどより少しだけ背筋が伸びている者が多かった。


マルセルは恐縮したまま、机の脇へ控える。


「今朝の未決箱は、分類まで終わっております」


「見せてください」


「はい。こちらでございます」


マルセルが開いた箱の中には、細い木札がいくつも入っていた。


食糧の管理。治安維持。衛生環境。施設修繕。移住者対応。孤児の保護。住民の争議。


シャルロッテは、その中から衛生の札を手に取る。


「南区の井戸は」


「濁りが出始めております。水路修繕の時ほどではございませんが、放置すれば熱病につながる恐れがあります」


「医師と井戸職人へは」


「すでに確認を回しております」


「早いですね」


マルセルは、少しだけ困ったように笑った。


「後でまとめるより、気づいた時点で回した方が早いと分かりまして」


シャルロッテは小さく頷いた。


一年前の記録室なら、その言葉は出なかっただろう


「食糧は」


「東区の倉庫については、配給量の記録が安定してまいりました。先月、一度不足しかけましたが、早めに報告が上がったため、商会側の追加分で補えています」


「早めに」


シャルロッテは、その言葉を静かに繰り返した。


「はい。咎められるのを覚悟で、足りないと書いた者がおりました」


そばで書類を抱えていた若い書記官、ニコラが答える。彼は一年前より、ずいぶん声が通るようになっていた。


「その者の名を」


シャルロッテが言うと、ニコラは一瞬だけ身を固くした。


「罰しますか」


「いいえ。礼を出します」


ニコラが目を瞬かせる。


「足りないと早く分かったから、次を用意できました。なら、その報告は責めるものではありません」


「……承知しました」


ニコラは、少しだけ口元を引き結び、書類の端に小さく印をつけた。


マルセルが次の箱を開く。


「治安は、北門周辺の命令系統が一本化されてから、大きな混乱は減っております。ただ、周辺貴族の私兵が、いまだに独自の巡回を続けている地区がございます」


「王都の治安隊の巡回路と重なっていますか」


「一部、重なっております」


「では、命令違反として責める前に、巡回路を見せてください。彼らが何を守ろうとしているのかを見ます」


ニコラが、また少し驚いた顔をする。


「処罰ではなく、確認でございますか」


「先に処罰すれば、次から隠します」


そう言ってから、シャルロッテは机上の札をひとつ動かした。


治安維持。


その横に、私兵巡回路確認、と短く書き添えられた札を置く。

記録室の隅に、かつて処理されないまま積み上がっていた未決の書類は、今もある。


すべてが消えたわけではない。

ただ、山の形は変わった。


誰かの顔色を見て積まれる山ではなく、どこが詰まっているかを示す山へ、少しずつ変わり始めている。

誰かを呼べば、報告は上がってくる。


女王の執務室で待っていれば、必要な書類は机の上に揃えられる。マルセルもニコラも、こちらが呼べばすぐに来るだろう。


それでも、シャルロッテは時折、自分の足で記録室まで来ていた。


書類の束の重さや、箱の置かれ方。書記官たちが目を伏せる一瞬の間。そういうものは、整えられた報告書だけでは見えない。


かつての自分は、ただ訊ねればよいのだと思っていた。

けれど、答えられる場所を作らなければ、人は本当のことを口にできない。言葉にならないものは、書類の遅れや、箱の隅に押し込まれた札に残る。


だからこそ、足が向く


王冠を戴いたからといって、見なくてよい立場になったわけではない。


むしろ、最後に命じる者になったからこそ、どこで止まっているのかを、自分の目で確かめなければならなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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