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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第14章 学び舎と王冠

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第197話 教える者と継ぐ者

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

仮学舎に子供たちが通い始めて、数日が経った。

朝の広場は、早くも子供たちの声でいっぱいだった。


入り口付近では年少の子供たちが押し合いへし合いして団子状態になり、その後ろから年長の子供たちが隙間を縫って教室へ入り込もうとしている。


王都から来た避難民の子供たちは遠慮がちに壁際へ寄り、元から村にいる子供たちは勝手知ったる様子でずかずかと中へ進んでいく。


入り口の脇には、カインが書き上げた真新しい時間割の板が立て掛けられていたが、その通りに整然と動いている者は一人もいなかった。


「数日で崩れるとは、なかなか優秀な時間割だな」


少し離れた場所からその惨状を眺め、俺は小さく笑った。


「崩れているのではありません」


隣に立つカインが、不服そうに眼鏡の位置を直す。


「現場がまだ、この時間割の要求水準に追いついていないだけです」


「それを世間では、崩れていると言うんだ」


俺は小さくあくびを噛み殺した。


実際に学校を動かしてみると、カインが考えていたようにはいかなかった。問題は、次から次へと出てくる。


年長の子は、石板に自分の名をすぐ書ける。その隣で、年少の子は石筆の持ち方から迷っている。


王都の商家の子は字に強い。だが、ウルムの子は水車や大工道具の話になると、目の色が変わる。


毎日来られる子ばかりでもない。家の手伝い、炊き出し、怪我をした親の世話。避難民の暮らしは、まだ学校に合わせて整ってはいなかった。


それに加えて、緊張しすぎて名前を呼ばれても返事ができず、ただ俯いてしまう幼い少女もいる。


子供は、一列に並べれば同じように動くものではない。


見れば分かることだが、現場を見ない者ほど、同じ箱に隙間なくきれいに詰めたがるものだ。


「進度を正確に管理しなければ、後で教える内容が混線します」


カインが、手元の分厚い記録板を叩きながら主張する。


彼の作った時間割は、年齢ごと、習熟度ごとに教室の区画を細かく分け、時間ごとに子供たちを移動させるという完璧なシステムのはずだった。だが、初期のウルムの子供たちにはそれが細かすぎた。


子供たちは、自分がどこへ行けばいいのか分からず、その場で固まってしまう。


「管理する前に、まずは座らせろ」


俺が横から突っ込む。


「座席表と移動経路は入り口に掲示してあります」


「字が読めないから来てるんだ。座っていない子供に紙のルールは効かん」


俺は、カインの手から記録板を抜き取った。


「型に合わせるために、子供を削るな」


カインが黙った。


「最初から細かく分類しすぎると、分類する大人のための学校になる。まずは文字、数、暮らしの知恵、見て覚える実習。大きく四つに分けるだけでいい。壊れない程度に、雑に始めろ」


カインは反論しかけた。だが、入り口で固まっている年少組と、時間割の板を見比べて、口を閉じた。


「……修正します」


「そうしろ。壊れない程度に雑でいい」



教室の中では、エレノアが子供たちの様子を見て回っていた。

エレノアが見ているのは、字を書けているかどうかだけではなかった。


「師匠。字の前に、まず手を温めた方がよい子もいますわ」


エレノアが、冷え切った小さな手をさすりながら俺に言ってきた。


「正しい。冷えた手で石筆を握らせても、線が震えるだけだ」


「それと、朝に少し温かいものを飲ませたいですわ。白湯でも構いませんから」


「また仕事が増えるな」


「増えますけれど、後で体調を崩した子を医務室へ運ぶよりは、ずっと楽ですわ」


エレノアは、少し得意げに微笑んだ。


そこへ、避難民から書記見習いとして手伝いに入っている若者――リュックがやってきた。


「あの、アシュラン様。提案なのですが」


リュックは手元の羊皮紙を示した。


「欠席した子のために、今日やったことを短く残しておきたいのです。字が読めない子には、簡単な絵でも分かるようにして」


「誰が読む」


「親でも、年長の子でも。読めないなら、誰かに聞けるようにします。そうすれば、たまにしか来られない子でも、置いていかれませんから」


「よし、採用だ」


俺は即答した。


「だが、長く書くなよ。長い記録はどうせ読まれん」


「はい!」


リュックは顔を明るくし、すぐに作業へ戻っていった。


続いて、入り口の扉の調整をしていた王都出身の木工職人が、鉋を片手に声をかけてきた。


「年少の子供たちは、椅子に座ると足が浮いています。あれでは踏ん張りがききません。端材で踏み台を作れば、少し落ち着いて座れるはずです」


「足が浮くと落ち着かないのか」


「大人でもそうですからね」

職人が笑って答える。


「なるほど。人間というのは面倒な作りだな」 俺は肩をすくめた。


「ヘイムに言って材料をもらってこい」


リュックは、欠席した子のための記録を作る。木工職人は、年少の子のために踏み台を作る。エレノアは、冷えた手を温める白湯を用意する。


気づけば、俺が命じる前に、それぞれが勝手に動き始めていた。

悪くない。俺の仕事が少しずつ減っている。



「こっちだって言ってるだろ! 何回も迷うなよ!」


教室の前の方で、キドの少し乱暴な声が響いた。


年少組の案内を手伝っていた彼は、言うことを聞かない子供たちに手を焼き、つい声を荒げてしまったのだ。


怒鳴られた幼い少女が、ビクッと肩をすくめてその場で固まってしまう。シャルロッテが出立する日、窓口で名前を呼ばれて喜んでいたあの子だ。


エレノアが、離れた場所から静かに目を細めてキドを見た。


キドは口をつぐみ、気まずそうに視線を泳がせる。


「お前も最初は、広場の真ん中で迷ってたぞ」


俺が背後から頭を軽く小突くと、キドは顔を真っ赤にして振り返った。


「俺は、あそこまでじゃなかった!」


「似たようなもんだ。ビクビクして、誰の目も見られなかっただろうが」


図星を突かれたキドはぐっと言葉を飲み込み、もう一度、固まっている少女の方へ向き直った。

少しだけ膝を折り、目線を合わせる。


「……間違えてもいいから、こっち来い。席は逃げないから」


ぶっきらぼうなのは変わらない。けれど、さっきのように尖ってはいなかった。


「名前札、見せてみろ。俺が探してやる」


少女がおそるおそる手元の木札を差し出すと、キドはそれを確認し、少女の小さな手を引いて一番前の席へと案内した。


「ここだ。座れ」


少女がちょこんと椅子に座り、小さな声で「……ありがとう」と呟いた。


キドは照れ隠しにそっぽを向き、鼻の頭をこすりながら足早に次の子供の案内へと戻っていった。


(……ほう。なかなか使えるようになってきたじゃないか)


俺は、その小さな背中を見送った。



夕方。

一日の授業が終わり、子供たちが去った後の静かな教室。


「明日の年少組の案内は、キドに任せる」


片付けの手を止めた俺の言葉に、キドが目を丸くして自分を指差した。


「……俺が?」


「嫌なら別にいい。代わりを探すだけだ」


「嫌とは言ってない!」


即答してから、キドは一瞬だけ口を閉じた。


俺は、そこで初めて少しだけ笑った。


「なら決まりだ。明日は早いぞ。遅れるなよ」


「……おう!」


キドは胸を張り、勢いよく頷いた。


彼が残りの机を拭き上げようとした時、一番後ろの机の端に、ぽつんと置かれた白い木札があるのを見つけた。


それは、席札ではなかった。表には、歪な字で一文だけ書かれている。


『どうして、木は水を飲むのか』


キドはその白い札を持ったまま、俺を振り返った。


「アシュラン様。これ、誰に聞けばいいんだ?」


俺は、白い札に書かれた一文をもう一度見た。


木が水を飲む。


子供の疑問にしては、ずいぶん厄介なところを突いている。

だが、その小さな問いは、この学び舎にも、探究の芽が根づき始めた証のように見えた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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