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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第14章 学び舎と王冠

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第194話 王女と沈黙

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

王都へ戻った翌朝。

シャルロッテは、王城内にある会議室の控えの間にいた。


場所は玉座の間ではなく、実務用の会議室だった。

まだ戴冠していない以上、貴族たちを玉座の前に集めるわけにはいかない。


クラウスが、彼女の外套の襟元と、結い上げた髪を静かに整える。


「無理に大きく見せる必要はございません」


クラウスの落ち着いた声が、室内に響いた。


「……小さく見られないようにしなければ、と考えていました」


シャルロッテが素直な本音をこぼすと、クラウスは手を止め、鏡越しに彼女の目を見た。


「大きく見せようとすれば、かえって値踏みされます。殿下は、殿下のままお在りください」


シャルロッテは小さく頷き、胸元の内側にそっと手を当てた。


衣服の下には、キドが作ってくれた小さな木札がある。ロッテ、と少し歪んだ字で書かれた札だ。

指先に硬い木の感触が伝わると、浅くなっていた呼吸が少しだけ整った。



会議室の扉が開き、シャルロッテがクラウスを伴って中へ入る。

室内には、すでに王都に残っていた主だった貴族たちが集まっていた。


シャルロッテが上座につくと、貴族たちが一斉に頭を下げる。

同じ礼でも、深さも、間も、目の置き方も違っていた。


入り口近くに立つ旧王家寄りの老伯爵は、深く頭を下げていた。顔を上げた時、その表情には安堵が浮かんでいた。シャルロッテの無事を心から喜んでいるように見えたが、そこには強い期待も混じっていた。


一方、会議室の中央付近に立つ中堅の貴族たちは、礼の角度こそ正確だが、視線はシャルロッテではなく、周囲の他の貴族たちの反応を窺うように動いている。


そして、末席のあたりに立つ若い伯爵や侯爵家の代理人たちは、礼そのものが浅い。

彼らは礼をしながらも、顔を上げる一瞬、シャルロッテを値踏みするように見た。


「本日は、シャルロッテ王女殿下のご帰還を受け、王国の今後についてご意見を伺うため、お集まりいただきました」


進行役として立つオリヴィエが、硬く、事務的な声で場を開いた。


「殿下のご帰還は、王国にとってまさに希望の光でございます」


「王家の御血筋が戻られたこと、まことに慶賀に堪えません」


「国難の折、殿下のご決意には心より敬意を表します」


次々と並べられる祝辞の言葉。


シャルロッテは、その一つ一つに丁寧に頷きを返した。


だが、どの言葉も美しく整っているだけで、肝心の中身が見えてこなかった。誰も、この荒廃した王都をどう立て直すのか、誰が何をするのかという話には触れようとしない。



祝辞が一通り終わったところで、シャルロッテは顔を上げた。


「皆様の温かいお言葉、感謝いたします」


シャルロッテの声が響き、室内の話し声が止まった。


シャルロッテは、ウルム村の窓口での日々を思い出した。あの村では、避難民たちに「何に困っているのか」「戻るのか、残るのか」と真っ直ぐに聞けば、皆がそれぞれの事情を率直に答えてくれた。


だから、ここでも同じように聞けばいいのだと、彼女は信じていた。


「今、この国に必要なことを、皆さんはどうお考えですか」


シャルロッテがそう尋ねると、貴族たちはすぐには答えなかった。


少しの間の後、老伯爵が恭しく口を開いた。


「まずは、王国の安寧を取り戻すことでございましょう」


「秩序の回復こそ、急務かと存じます」


中堅貴族が続く。


「王家を中心に、民心を一つにすることが何より肝要です」


別の貴族がもっともらしく頷いた。


安寧。秩序の回復。民心を一つにする。

どれも、間違ってはいない。正しい言葉だ。


シャルロッテは最初は丁寧に頷きながら聞いていた。だが、聞いているうちに、少しずつ頷きづらくなっていった。

誰も、間違ったことは言っていない。けれど、誰も「何をすべきか」「誰がそれをするのか」という責任の所在については、一言も口にしていないのだ。


(……見えない)


言葉は聞こえる。けれど、彼らが本当は何を考え、何を求めているのかが掴めなかった。


ウルム村でなら、「つまり、どうしたいのですか」と聞き返せば済む話だった。だが、この場でそれをどう口にすればいいのか、シャルロッテには分からなかった。


気づけば、言葉が口をついて出た。

「では、皆さんは……私が王位に就くべきだと、本当にお考えなのですか」


その問いを口にした瞬間、会議室の音が消えた。


深く礼をしていた老伯爵でさえ、口を開かない。

中堅貴族たちは目を伏せ、末席の若い貴族の一人が、ほんのわずかに口元を歪めた。


誰かが咳払いをしかけ、すぐに飲み込む。

紙をめくる音すらしなかった。


シャルロッテは、自分が何かを誤ったことだけは分かった。

だが、何をどう誤ったのかまでは分からない。


震えそうになる指先を、彼女は膝の上でそっと握り込んだ。


「……殿下」


オリヴィエが一歩前へ出た。


「今はまず、各家の現状と、王都の復旧に必要な実務を整理する場といたしましょう。王位の継承については、然るべき後に改めて議論すべきかと存じます」


オリヴィエの言葉に、貴族たちは一斉に頷いた。

そこから会議は、各家の被害状況や王都復旧の報告へと戻っていった。


会議はその後も続いたが、シャルロッテだけは、あの沈黙の中に取り残されたままだった。



会合の後。

王城の静かな廊下を歩きながら、シャルロッテは抑えきれない悔しさを滲ませて口を開いた。


「なぜ、誰も答えてくださらなかったのでしょう」


半歩後ろを歩いていたオリヴィエが、静かに答える。


「答えれば、その瞬間に立場が決まるからです」


「立場……」


「王都では、本音を問えば本音が返ってくるとは限りません。真正面から問われた者ほど、まず自分の立場を守ろうとします」


オリヴィエの声に、責める響きはなかった。

彼もまた、初日から彼女がここまで強く壁にぶつかるとは思っていなかったのかもしれない。


「殿下の問いは、決して間違っていたわけではありません」


オリヴィエは歩みを止めず、静かに続けた。


「ですが、あの場で問うには……少し、真っ直ぐすぎました」


シャルロッテは言葉を返しきれず、ただ俯いた。


ウルム村では、聞けば誰かが答えてくれた。厳しい言葉が返ってくることはあっても、決して無視されることはなかった。

だが、王都では違う。聞いた瞬間に、相手が口を閉ざす。


問いそのものが間違っていたとは、思いたくなかった。

それでも、場を止めたのは自分だ。


ウルムで覚えた聞き方は、この王都では通じないのだろうか。


シャルロッテは、歩きながら外套の内側に手を差し入れた。

指先が胸元の木札に触れる。

だが、今度はうまく息が整わなかった。

木札は、ただ手の中で硬かった。



夜。


シャルロッテは眠れぬまま、自室を抜け出して王城の小さな中庭へと出ていた。


中庭の隅に、冬枯れした小さな木が一本だけ立っていた。

葉はほとんど落ち、細い枝だけが寒々しく夜気に晒されていた。


シャルロッテはその木のそばに立ち、外套の内側の木札を両手で強く握りしめた。


何が間違っていたのか。

どう聞けば、彼らは本音を話してくれたのか。

今の彼女には、まだ分からなかった。


その時、風もないのに、枝先がかすかに揺れた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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