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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第14章 学び舎と王冠

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第192話 王城と空位

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

王都の正門をくぐった後、シャルロッテは再び馬車へ戻った。車列はそのまま、石畳の敷かれた大通りをゆっくりと進んでいく。


車窓から見える景色は、活気にあふれていたかつての王都の姿とは大きく異なっていた。


通りに面した建物の壁には、あちこちに黒い焼け焦げが残り、崩れ落ちた屋根がそのまま放置されている家屋もある。完全に人が消え去ったわけではない。焼き立てのパンの匂いを漂わせる店や、薬草を店先に吊るした薬屋などは細々と商いを続けており、見回りをする兵士の姿もあった。


だが、すれ違う人々の足取りは重く、視線は足元に向けられていることが多い。


馬車の周囲を固めるオリヴィエの護衛たちと、それに続く帰還者たちの列に気づいた町民たちが、怪訝そうに足を止める。


門前で生まれたざわめきが、通りにも少しずつ伝わり始めていた。やがて、馬車へ目を向けた者の一人が、小さく声を漏らす。


「……王女殿下?」


近くにいた者が聞き返し、さらに別の者が馬車へ目を向けた。話し声は次第に細り、道端に寄った人々の視線だけが、馬車の動きに合わせてついてくる。


シャルロッテは、その視線を窓越しに受け止めていた。


街は残っている。人が暮らし、日々の営みは続いている。だが、自分の記憶の中にある王都とは、何かが決定的に違っていた。



馬車が王城の正門前でゆっくりと停止した。


先に走らせた伝令によって、城側はシャルロッテの到着を把握しているはずだった。

だが、そこに彼女を迎える隊列はなかった。


城門の前に立っていたのは、慌てて駆け集まったと思われる少数の者たちだけだった。


馬車から降りたクラウスが、静かに扉を開ける。


シャルロッテが石畳の上に降り立つと、出迎えた者たちの最前列にいた老侍従が、弾かれたように顔を上げた。


その隣にいた年配の女官は両手で口元を押さえ、書記官の男は何かを言おうとして言葉を失っている。


彼らもまた、シャルロッテが生きて戻る日が来るなどとは、夢にも思っていなかったのだろう。


やがて、老侍従の足が震え、そのまま石畳に膝をついた。


他の者たちも、それに続くように慌てて頭を下げる。


「……姫様」


絞り出すような、ひび割れた声だった。

シャルロッテは彼らの前に歩み寄った。


「戻りました」


ただ一言。それだけで、頭を垂れた彼らの肩が小さく震えるのが分かった。



シャルロッテは、玉座の間へと続く長く高い天井の回廊を歩いていた。

かつて兄である王太子が、多くの側近を連れて早足で歩いていた回廊。

厳しい礼儀作法の教師に付き添われ、何度も出入りした部屋の扉。


それらは確かにそこにあるが、壁の一部には炎が舐めた黒い跡が残り、彫刻が施されていたはずの豪奢な扉は、粗末な板を打ちつけて、急ごしらえに繕われていた。


記憶のままの姿で残っているものは、ほとんどない。


シャルロッテは時折、わずかに足を止めた。


半歩後ろから、クラウスの足音が変わらずついてくる。それだけで、少し呼吸が整った。


重厚な両開きの扉の前に着く。


衛兵が左右に分かれ、力を込めて扉を押し開けた。


玉座の間。


高い天窓から差し込む光が、部屋の奥にある豪奢な椅子を照らし出している。


シャルロッテは入り口から数歩だけ足を踏み入れ、そこで立ち止まった。


床の大理石は磨かれていた。それなのに、人が集まり、声を交わしていた場所には見えなかった。


部屋の最奥に鎮座する王の椅子。そして、その横に王太子が立つはずだった一段低い位置。


そのどちらにも、人の姿はなかった。



シャルロッテは、その空っぽの椅子を見つめたまま、低く問うた。


「……ここには、誰も座らなかったのですね」


少し後ろに控えていたオリヴィエが、静かに進み出た。


「はい」


彼は、シャルロッテの視線の先にある玉座を見つめて言った。


「王位は奪われたのではありません。ただ、空いたままになっているのです」


シャルロッテはオリヴィエを振り返った。


「モンフォール元帥は」


「王都での内乱の折に、戦死いたしました」


「リヒテンブール公爵は」


「実務の中心にはおりました。ですが、王位に就いたわけではありません。王位を継ぐと名乗り出た者もおりません」


シャルロッテは、再び玉座へと目を向けた。


「では、誰がこの国を治めていたのですか」


その問いに、オリヴィエは少し答えにくそうに間を置いた。


「……必要な案件ごとに、その時必要な者が動きました。治安の維持、食糧の確保、他国への警戒。それぞれが、それぞれの思惑で動いていました。ただ……」


オリヴィエは、苦渋を滲ませて続ける。


「それを、最後に引き受ける者はいなかった」


誰かが王座を奪い取ったわけではない。誰もそこへ座らず、必要な処理だけがその場しのぎで続いていた。


シャルロッテは、小さく息を吸い込んだ。


「ならば、この国は……誰も最後の責任を取らないまま、ここまで来たのですね」


シャルロッテは、玉座から目を離せなかった。街道で見た疲れた顔が、いくつも脳裏をよぎった。



「殿下を待っていた者はおります」


オリヴィエが続けた。


「ですが、それだけではありません」


「他にも?」


「他に立てる旗がなくなったため、殿下を推すしかないと考える者。そして、年若い王女であれば、扱いやすいと見る者もいるでしょう」


明日集まる者たちの思惑は、ひとつではない。


入り口付近に控えていた老侍従が、一歩進み出て深々と頭を下げた。


「殿下。明日、王都に残る主だった貴族が集まります」


シャルロッテは、その言葉を黙って聞いた。明日、彼らと向き合うことになる。


彼女は玉座から目を離した。

まず向き合うべき相手は、玉座そのものではなく、その周囲に集まる者たちだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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