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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第14章 学び舎と王冠

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第191話 余韻と始まり

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

シャルロッテが王都へ向けて出立した翌朝。

ウルム村の迎賓館前では、朝からいつものように人の出入りと声が絶えなかった。


「次、居住区の割り当て確認! 列を乱さずに進んでくれ!」


ロイルがよく通る声を張り上げ、避難民の列を整理して窓口へと誘導していく。


広場に並べられた板机の上には、書類の束と記録板が整然と置かれ、自警団の若者たちや手の空いている村人が受付の処理に追われていた。


見慣れた朝の光景だった。

ただ、窓口の端に置かれた椅子だけは、まだ誰も使っていない。


昨日まで、シャルロッテが座っていた場所だった。


「人手が一人減った。面倒だな」


見回りに来ていた俺がぼやくと、近くにいたロイルが記録板から目を離さずに言った。


「……聞こえたら、怒られますよ」


「王都まで届く声量なら、たいしたもんだ」


俺が軽く肩をすくめると、ロイルは微かに口角を上げ、すぐに次の列へ声を飛ばした。


俺も、仮学舎の方へ足を向ける。


「マスター。仮学舎ですが、明日には子供たちを迎えられる見込みです」


カインが、俺の半歩後ろから告げた。


「残っているのは、内装の細かな調整だけです」


「直前まで細かい不具合が出るのが建物だ」


俺は小さくあくびを噛み殺しながら応じた。


「初日から立派に回ると思うな。壊れない程度に始めればいい」



長屋群から少し外れた空き地に建てられた仮学舎では、朝からあちこちで工具の音がしていた。


「アシュラン、ここの固定はどうだ」


ヘイムが脚立に乗り、天井の梁と壁際の本棚を繋ぐ金具をガタガタと揺さぶっていた。かなり強い力をかけているが、棚はびくともしない。


「棚に登らないよう教えろ」


俺が下から声をかけると、ヘイムは鼻で笑った。


「教えて登らなくなるなら、大工は楽だ。子供が使うものほど、雑に扱われる前提で作れって言ったのはお前さんだろうが」


「まあな」


その横では、ドルガンが床に座り込み、机の脚の補強金具や扉の蝶番を取り付けていた。


「子供が触るんだ。金具に尖りを残すなよ」


「分かっとるわ。鍛冶場じゃねえんだからよ」


ドルガンは手元のヤスリを動かしながら、不機嫌そうに返す。


「角は全部、引っかからねえように丸く叩き潰してある。そう簡単に怪我はしねえよ」


「カイン、机の配置はどうなってる」


俺が振り返ると、カインは手元の図面に視線を落としていた。


「年齢と読み書きの進度別に、席列を三段階に分ける案もありますが」


「却下だ。あんまり分類しすぎるな」


俺は図面を軽く指で叩いた。


「実際に座ってみないと分からん。出入り口の近くに年少の組を置くか、落ち着かない子を壁際にするか、運用しながら決めるのがいいだろう」


部屋の隅では、エレノアが手洗い用の桶と清潔な布を配置し、さらに壁際に少し大きめの長椅子と毛布を用意していた。


「机を増やす前に、体調を崩した子が落ち着ける場所を決めておきたいのです」


エレノアは、毛布の畳み具合を確認しながら言った。


「学ぶことより先に、まずは座っていられることの方が大切な子もいますわ。ここは、そういう場所にするべきです」


「そうだな。具合の悪い子を休ませる場所はいる」


俺が頷くと、エレノアは満足そうに微笑んだ。


大工仕事だけで終わる話ではないらしい。子供を一日預かる場所を作るとなると、思ったより手がかかる。



仮学舎の外に設けられた仮設の机では、カインが作成した児童名簿の最終確認が行われていた。


その横には、避難民の中から手伝いに入った若い男が座っている。王都の商家で帳付けの見習いをしていたという若者だ。


「カイン様。この子は同じ名が二人います。親の名も脇に入れておいた方が、明日は迷わず済みます」


若者は、几帳面な字で書かれた名簿の一箇所を指差した。


「あと、通称しか分からない子もいます。まずは呼ばれている名を記録し、正式な名は後日確認に回してはどうでしょう」


カインの名簿は整っていたが、明日その場で使うなら、こういう手直しも要るらしい。


「それでいい」


俺が横から口を挟むと、若者は少し驚いたように姿勢を正した。


「明日、子供の名前を間違える方がまずい。現場で使えることを優先しろ」


「……はい!」


若者は力強く頷き、すぐに名簿の修正に取り掛かった。


一方、教室内では、王都出身だという木工職人の男が、ヘイムの横に遠慮がちに立っていた。


「あの……この机ですが、少し削れば、背の低い子でも足が浮かずに済みます」


男が、並べられた机の高さを指して言う。


ヘイムはしばらく黙って机を見た後、自分の腰に下げていたかんなを抜き取り、男へ無造作に差し出した。


「やってみろ」


男は一瞬戸惑ったが、すぐに鉋を受け取り、手際よく机の脚を削り始めた。


昨日までは配給の列に並んでいた顔が、今日は机を削り、名簿を直している。変わるものだな、と俺は思った。



「アシュラン様。これで全部置いたぞ」


キドが、仮学舎の中に並べられた机の上に、一つずつ小さな木札を置き終えて振り返った。


彼が作った、子供たちの席札だ。


王都から逃げてきた子供もいれば、もともとウルム村にいた子供もいる。少し歪な字で書かれたその名前の数々を、キドはまだ見ぬ子供たちの顔を想像しながら、一枚ずつ丁寧に並べていた。


「よし。ご苦労だったな」


俺が見渡すと、一番後ろの列に、札の置かれていない机が一つ残っていた。


「アシュラン様。ここ、まだ誰の分でもないのか?」


「予備だ。明日になって増えるかもしれんし、座り方を変えることもある」


「そっか」


キドはそれだけ言って、次の机の並びを確かめに戻った。



夕刻。

仮学舎の入り口の鴨居に、ヘイムと木工職人の手によって最後の看板が取り付けられた。


『学び舎』とだけ刻まれた、簡素な木の板だ。


「少し右が下がってるぞ」


キドが少し離れた場所から声を飛ばす。二人は板の角度を直し、最後に釘を打ち込んだ。


「これで、準備完了です」


カインが手元の記録板に最後の印を書き込む。


見回りに来ていたギードが、その看板を見上げ、満足そうに長く白い髭を撫でながら短く頷いた。


冷たい冬の風が吹き抜ける中、看板を見上げたキドが、小さく息を吐いた。


「……明日、来るんだな」


俺は窓越しに、並んだ小さな机を見た。


明日の朝、この扉の前に子供たちが並ぶ。

学び舎の最初の朝は、もうすぐそこまで来ていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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