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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第13章 王女と覚悟

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第183話 願いと名乗り

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

迎賓館の前室。

質素だが清潔に保たれた部屋で、オリヴィエは背筋を伸ばして木製の椅子に座っていた。


剣は門前で預けてある。護衛と従者は、壁際に立っていた。

正面にはギード。その斜め後ろに俺とエレノア。カインは記録板を手にしている。


「待たせたな。まずは話を聞こう」

ギードが、ゆっくりと口を開いた。


「ありがとうございます」

オリヴィエが静かに頭を下げる。


「あくまで、聞くだけだからな」


俺が横から釘を刺すと、ギードは長い髭を撫でながら苦笑した。


「そこは、まだ誰も間違えておらんよ」


俺は、オリヴィエの座っている椅子を顎で示した。

「で、椅子は硬いか」


オリヴィエは一瞬だけ目を瞬かせ、自分が座っている実用性一辺倒の硬い木椅子に視線を落とした。


「……問題ありません」


「そうか。残念だ」


「師匠」

エレノアがたしなめるように小声で呼ぶ。


「少しはこっちの気も晴れるかと思ったんだよ。王都のふかふかな椅子に座り慣れた貴族の尻には、少し堪えるかと思ってな」


俺の軽い嫌味に、オリヴィエはわずかに口角を上げた。


「王都の椅子は、座り心地が良い代わりに、座る者の足元から腐っていくような代物です。こちらの椅子の方が、よほど地に足が着きますよ」


「……言うようになったな」


俺はそれ以上言わず、顎だけで先を促した。


「……王都では今、とある噂が広がり始めています」


オリヴィエは姿勢を正し、静かな声で本題に入った。


「アルベール軍が瓦解して以来、王都では噂が広がっています。王宮から姿を消したシャルロッテ王女殿下が、辺境の地で生きておられるのではないか、と」


「噂なら、ここにもいくらでも流れてくる」


ギードが淡々と返す。


「はい。噂だけなら、私も動きませんでした」


「だが、クラウスとロッテの名が、どこかの帳面にでも引っかかったんだろう」


俺が言うと、オリヴィエはわずかに目を見開いた。


「……そこまで、お分かりですか」


「ヴァレット家の魔術院の重鎮様が、何の裏付けもない噂話だけでわざわざこんな辺境まで足を運ぶはずがないからな」


「今の王国には、求心力が必要です」


オリヴィエは、俺とギードを交互に見た。


「民が、この方になら自分たちの話を聞いてもらえると、そう思える相手が必要なのです」


俺はオリヴィエを見た。


「旗が欲しいなら、適当な布でも掲げておけ」


「アシュラン殿……」


「人を旗にするな」


俺は、かつての同僚を真っ直ぐに見据えた。


「人を旗にすると、だいたい後で重さに耐えきれずに折れる。そして折れたら、今度は『旗になった人間が弱かったからだ』と、その人間のせいにする。王国はそれを何度もやってきただろ」


オリヴィエは目を伏せた。


「……否定はできません」


「なら、言葉は選べ。あんたたちは王国の飾りが欲しいのか、それとも、本当に民の声を聞く相手が欲しいのか。そこを曖昧にするな」


俺がそう言った、その時だった。


「その答えは、私が聞きます」


前室の扉が開き、澄んだ声が響いた。


部屋に入ってきたのは、ロッテだった。

その後ろには、影のようにクラウスが続いている。


オリヴィエが弾かれたように立ち上がり、目を見開いた。

彼はすぐに居住まいを正し、口を開いた。


「王女殿下――」


「その前に、私から名乗らせてください」


ロッテは、オリヴィエの言葉を静かに、だがはっきりと制した。


彼女は俺たちの前に進み出ると、両手で包み込むように持っていた小さな木札を、胸元でぎゅっと握りしめた。


「私は、ウルム村ではロッテと呼ばれています」


その名を口にした時、ロッテの指が木札を少し強く押さえた。

短い間の後、彼女はオリヴィエの目を見て、はっきりと告げた。


「けれど、王都で生まれた名は、シャルロッテ・ド・エルディナです」


「……シャルロッテ・ド・エルディナ王女殿下」


オリヴィエは、その場に片膝をついた。


「今は、ロッテで構いません」


「では、ロッテ様」


オリヴィエは顔を上げ、まっすぐにロッテを見た。


「どうか、王国へお戻りください」


誰も、すぐには口を挟まなかった。


エレノアが息を呑み、ギードが沈黙を守る中、ロッテは声を崩さずに問うた。


「私が戻れば、王国は救われるのですか」


その問いに、オリヴィエはすぐには答えなかった。


「……救える、と断言する資格は私にはありません。私の力不足です。ですが、今の荒れ果てた王国には、命令する方ではなく、まず人々の声を聞いてくださる方が必要なのです。それができるのは、あなたしかおりません」


ロッテは、手元の木札にそっと触れた。


「話を、聞くのですね」


「はい」


ロッテは、ゆっくりと息を吐き出した。


「……なら、私は戻る前に、聞かなければなりません」


「何を、でしょうか」オリヴィエの眉がわずかに動いた。


「ここにいる、王国の人たちの声です」


オリヴィエは、少しだけ眉を寄せた。


「彼らも王国の民です。あなたと共に戻るべき場所は、王国ではありませんか」


「戻りたい人もいると思います」


ロッテは、静かに首を振った。


「でも、この村に残りたいと願う人もいるはずです。まだ、どちらにするか決められない人も」


オリヴィエは、すぐには言葉を返せなかった。


「戻りたい人、残りたい人、まだ決められない人。その声を聞かずに、私が一人で王国へ戻るとは言えません」


ロッテがはっきりと告げると、ギードがゆっくりと頷いた。


「なら、名簿がいるな」


その言葉に、俺は心底嫌そうに眉間を揉んだ。


「……また紙が増えるのか」


俺がぼやくと、カインが記録板を開いた。


「仕方ありません。戻る、残る、未定。その三つで聞き取るなら、窓口と記録が必要です」


王女の帰還も、国の立て直しも、まずは名前を並べるところから始まるらしい。

まったく、うちの村らしいにもほどがある。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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