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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第13章 王女と覚悟

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第182話 願いと門前

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ウルム村の西門、黒皇石の石碑の前で、オリヴィエは深く頭を下げていた。

同行する従者の手の中で、白い布が寒風に揺れている。


防壁の上に立つロイルは、それを黙って見下ろしていた。槍を下げることも、門を開ける合図を出すこともしない。


しばらく風の音だけが、門前に残った。


「頭を上げてください」


ロイルが、よく通る声で告げた。


「……はい」


オリヴィエが静かに顔を上げる。


「ここから先は、村の手順に従ってもらいます。同行者数、武器、身分を示す物、面会希望者。順番に確認します」


「承知しています」


「では、同行者数を」


「護衛二名、従者一名。私を含めて四名です」


「武器は」


「すべて預けます」


オリヴィエの返答は早かった。


ロイルの合図で、大きな門の横にある小さな通用口が開き、自警団員が近寄る。


オリヴィエが自らの帯剣を外し、自警団員に預ける。


だが、後ろに控えていた護衛の一人が渋った。


「オリヴィエ様、せめて一人だけでも……」


「預けなさい」


「ですが、このままでは、万が一の時に――」


「私は願いを聞いてもらいに来た。剣を握ったままでは、願いにはなりません」


オリヴィエの声に、護衛たちは奥歯を噛み締めながらも、渋々、帯びていた剣を外し、自警団員へと預けた。


「預かった武器は、退村時に返します。破損や紛失があれば、こちらの責任です」


ロイルが、いつも通りの事務的な手順を告げる。


「承知しました」


「早いですね」


ロイルが少しだけ目を細めると、オリヴィエは小さく頷いた。


「以前、こちらの手順を見ていますから」


「面会希望は、ギード村長とアシュラン様。ほかには」


ロイルが、手元の記録板に短く書きつけながら確認する。


オリヴィエは、そこで少しだけ間を置いた。視線が、門の内側へ向きかけて、すぐに戻る。


「……今は、控えます」


「では、その二名への面会希望として受けます」


ロイルはそれ以上聞かず、記録板に短く書きつけた。


「村長に取り次ぎます。門外でお待ちください」


ロイルは周囲の自警団員に目配せをして見張りを任せると、素早い足取りで村の中心にある迎賓館へと向かった。



迎賓館の一室。


そこでは、ギード、俺、カイン、エレノアが、ロイルからの報告を受けていた。

少し離れた控えの席では、ロッテとクラウスが静かに耳を傾けている。


「王国の都合で来て、王国の都合で頭を下げる。しかも願いの中身は伏せたままか。実に面倒だな」


俺が腕を組んでため息をつくと、カインが眼鏡を押し上げた。


「明確に言われても、結局は面倒になると思いますが」


「どっちでも面倒じゃないか」


俺がぼやくと、ギードが長い白髭を撫でた。


「じゃが、今までの連中とは違う。少なくとも、強引に門をこじ開けようとはしておらん。相手は武器を預け、礼を尽くしてきておる。なら、こちらも村の礼をもって当たればよかろう」


「面会自体を拒めば、こちらが王都の情報を得る機会も失うことになりますしね」


「情報なんて拾うから、余計な仕事が増えるんだよ」


「ですが、師匠。オリヴィエ様は、お願いに来たと言っていましたわ」


「言うだけなら誰でもできる」


「でも、武器は預けると言って、実際に預けましたわ」


「だから話だけは聞く」


俺がそう返すと、ギードが深く頷いて場をまとめた。


「それでよかろう。願いを聞くことと、願いを叶えることは違う。まずは聞く。決めるのは、その後じゃ」


そのやり取りを聞きながら、ロッテは両手で小さな木札を握りしめていた。


今日、仮学舎でキドが作ってくれた、彼女のための名前札だ。


「……今日、名乗るかどうかは、ロッテ様がお決めください」


傍らに立つクラウスが、静かに声をかけた。


ロッテは木札から目を離さず、ぽつりとこぼす。


「名乗らなければ、逃げたことになりますか」


「いいえ。名を伏せることも、身を守るために必要なことです」


「でも、逃げてばかりでは、いられないのですね」


「はい。ですが、相手が求めているからといって、急いで差し出す必要もございません」


クラウスの声は、いつもと変わらず穏やかだった。


ロッテは、木札を握る指に力を込めた。


「……聞かれたら、私は何と答えればよいのでしょう」


その問いに、クラウスはすぐには答えを与えなかった。


「それを決めるために、まず相手の話を聞けばよろしいかと」


その言葉に、ロッテは小さく「はい」と頷いた。



門の外では、オリヴィエが冷たい風の中で待っていた。


武器はすでに預けられ、掲げていた白い布も綺麗に畳まれている。


周囲を自警団員が警戒する中、護衛の一人が口を開いた。


「オリヴィエ様、いつまで待たされるのでしょう」


「向こうが決めることです」


オリヴィエは、前を向いたまま淡々と答える。


「ですが、いくらなんでも、このまま門の外で待たせるなど……」


「願いを聞いていただくために来ました。そのための手順なら、待ちます」


「……承知しました」


護衛が不満を飲み込んで引き下がる。



「……よし。迎賓館の前室まで通せ」


ギードが、最終的な指示を出した。


「椅子は硬いやつにしておけ」


俺が横槍を入れると、ギードは呆れたように笑った。


「そこは好きにせい」


「では、面会記録を残します」


カインが記録板を手に取った。


「うむ。今回ほど、記録が必要な客もおらんじゃろう」


オリヴィエ一行を、迎賓館へ通す準備が始まった。


それを聞いたロッテは、手元の木札を両手で包み込んだ。

キドの少し歪んだ字で、ロッテ、と書かれている。


この村で呼ばれてきた名前だった。

配給の列に立った時も、子供たちに文字を教えた時も、何度も呼ばれた名前だ。


門の外の男は、きっと別の名を知っている。

それでも今、彼女が握っているのは、この木札だった。


門の方では、王都から来た男が、村の案内に従って静かに歩みを進めていた。


ロッテは、木札を握ったまま顔を上げられなかった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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