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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第13章 王女と覚悟

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第180話 学舎と後始末

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ウルム村の西門側にある資材置き場では、朝から作業の音が絶えなかった。


泥を洗い落とす水音、曲がった釘を抜く金属音、そして、木材を切り出す鋸の音。

昨日まで街道を塞いでいた壊れた荷車の残骸や、折れた木箱、旗竿の破片が、次々と村の中へ運び込まれ、分類されていた。


「よし、こいつは少し反ってるが、削ればまだ棚板に使えるな」

ヘイムが、回収した泥だらけの木板の表面を荒く削り落としながら言った。


その横で、ドルガンが取り外した鉄具を熱して叩き、接合用の補強金具に仕立て直していた。


「釘が、子供の指に引っかからないように気を付けなきゃな」

ドルガンが、抜いた釘をまとめながら言った。


「子供はどこでも怪我をする。角は全部丸く落とせ。金具は完全に木に埋め込めよ」


俺が、回収した素材の記録板に木炭で印をつけながら言うと、ヘイムは太い腕を動かして(かんな)をかけながら、鼻を鳴らした。


「分かってら。俺たちの仕事で、子供に怪我させるわけにはいかねえからな」


口では面倒そうに言いながらも、二人の職人の手は止まらなかった。

泥だらけの板は削られ、曲がった金具は叩き直されていた。



集会棟の隣にある、まだ用途が決まっていなかった大きめの空き部屋。

そこが、ウルム村における最初の仮学舎の予定地だった。


「机をこの向きに並べて隙間を詰めれば、一度に二十人は入れますね」

カインが、部屋の図面を見ながら配置を提案してきた。


「詰め込みすぎだ。熱がこもるし、第一、子供は真っ直ぐ歩かない」

俺は図面に引かれた線を指で修正した。


「机の間隔はもっと空けろ。ぶつかって転べば泣くし、泣けば仕事が増える」


「……子供を流体や障害物のように扱うのはどうかと思いますが」


「流体よりよっぽど予測しづらいぞ、あいつらは」


俺たちが導線を決めている横で、エレノアが目を輝かせて部屋を見回していた。


「学び舎ですわ! ついに、ウルムにも学び舎ができますのね!」


「まだ仮だ。棚も机も、俺のやる気も足りてない」


「仮でも学び舎ですわ。読み書きや計算も大切ですけれど、怪我をした時の正しい止血法や、熱が出た時の薬草の煎じ方、それに急病人を発見した際の的確な報告手順も、ぜひ最初の必修科目にいたしましょう!」


「初日から衛生組合の訓練場にするな。子供が逃げるぞ」


「逃げませんわ。楽しく教えますもの」


エレノアが胸を張る。


「……その自信が一番怖いんだが」


俺がため息をついていると、部屋の奥で回収材の板を組んでいたヘイムが、舌打ちしながら(かんな)をかけた。


「……ちっ。この板、端が反ってる。平らな棚にするなら、かなり深く削らなきゃならんぞ」


「削れば使えるなら、削って使え」


「簡単に言うなよ。昨日まで車輪の横で泥を吸ってた板だぞ」


「でも、綺麗な棚になったら、村の子供たちが使うんだぞ」


木札の束を抱えてやってきたキドが、不思議そうに首を傾げる。


その言葉に、ヘイムは鉋を握る手を一瞬ピタリと止めた。


「……お前、そういう言い方をするな。手を抜けなくなるだろ」


ヘイムは大きなため息をつくと、先ほどよりもずっと丁寧な手つきで、泥水を吸った板の表面を滑らかに削り始めた。



部屋の片隅では、キドが新しい木札の束に、木炭で一つ一つ丁寧に文字を書き込んでいた。


昨日まで彼が書いていたのは、「重」「熱」「飯」「武」といった、門外の負傷兵を効率よく仕分けるための記号だった。

だが今日、彼が書いているのは「あ」「い」「う」といった文字や、簡単な数字、村にある道具の名前だ。


「アシュラン様」

キドが、書き上がった札を並べながら言った。


「昨日まで、血が出てる奴を分ける戦の札だったのに、今日は字を覚えるための札なんだな」


「道具ってのは、使い方で意味が変わるんだ」


俺は、キドの書いた文字のバランスを確認しながら言った。


「人を動かして管理するためにも使えるし、人を育てるためにも使える」


「……なら、私は後者の方が好きです」


少し離れた場所で、子供たち用の席札を拭いていたロッテが、静かな声で言った。


「俺もだ」


俺は頷いた。


「そっちの方が、断然、後始末が少なくて済む」


「じゃあ、この教材の札、まずは何から作ればいい?」


キドが木炭を構え直す。


「まずは名前だ。村の子供たちの名前を全部札にしろ」


「名前? どうして?」


「自分の名前が読めないと、名簿も自分の札も、全部他人任せになるからだ」


俺の言葉に、ロッテが柔らかく微笑んで補足した。


「それに、自分の名前が自分で読めるというのは、とても嬉しいものですからね」


「そっか。じゃあ、まずは名前札だな!」


キドは納得したように笑い、さっきまでより少し丁寧に、名前の一文字目を書いた。



仮学舎の扉の隙間から、何人かの小さな子供たちが興味津々に中を覗き込んでいた。


「これ、なんて書いてあるの?」


一人の小さな男の子が、机の上に並べられた自分の名前札を指差して聞いた。


ロッテは子供の目線に合わせてしゃがみ込み、その小さな板札を手に取った。


「あなたのお名前です。ここから、一緒に読んでみましょうか」


「俺の名前、札になるの?」

男の子が、目を丸くして喜ぶ。


「ええ。自分で読めるようになると、もし誰かがあなたの場所を間違えた時に、ちゃんと分かりますよ」


「間違えられたら、怒っていい?」


「怒る前に、まずは違います、と言えばいいのです。自分の名前を読めれば、間違っていても気づけますから」


ロッテが優しく、だがはっきりと教えると、男の子は真剣な顔でこくりと頷き、たどたどしい声で自分の名前の文字をなぞり始めた。


少し離れた場所から、その様子をクラウスが静かに見守っていた。

その目元がわずかに細められているのを、俺は確かに見た。



「……それにしても、今この時期に学校ですか」


午後になり、瓦礫の撤去状況の報告にやってきたロイルが、出来上がりつつある仮学舎の棚を見ながら不思議そうに言った。


「まだ門外の負傷者の処理も、街道の片付けも終わっていませんよ」


「だから、今やるんだ」

俺は記録板に検印を入れながら答えた。


「だから、ですか?」


「親が片付けで忙しい時に子供を放っておくと、勝手に危ない場所へ行って怪我をする。それに、読み書きができない大人がこのまま増えれば、将来、村の管理窓口が説明の手間で完全に詰まる」


俺はロイルを見た。


「今教えておけば、後で大人が説明する回数が減る。後で楽をするための先払いだ」


「徹底して面倒を減らすための教育、ですか」


「立派なことを言うと、余計な仕事が増えるからな。これも、俺にとっては立派な後始末の一部だ」


俺がそう言うと、ロイルは少しだけおかしそうに笑った。



ロイルはそのまま仮学舎の中を見回り、棚に新しい木札を並べていたロッテのそばで足を止めた。


「……似合ってますね」


「何がでしょうか」


ロッテが、手を止めずに振り返る。


「子供たちに、文字を教えているところです」


ロイルが真っ直ぐに見つめて言った。


「らしくないですか?」


ロッテは、少しだけ自嘲するように目を伏せた。


「いえ」


ロイルは首を振った。


「ロッテらしい、という意味です」


その言葉に、ロッテはハッとして顔を上げ、言葉に詰まった。


「……その言い方は、少しずるいです」


ロッテは、顔をわずかに赤らめて、少しだけ口を尖らせた。


「すみません。自分でも、どこがどうずるいのかは分かっていませんが」


ロイルが困ったように頭を掻く。


「分からないところが、ずるいのです」


ロッテは何も言わず、少しだけ丁寧に札を並べ直した。



回収された荷車の板は棚になり、昨日まで負傷兵を分けていた板札には、子供たちの名前が並んでいた。


俺は、まだ墨の乾ききらない名前札を眺めた。


「まあ、悪くない後始末だ」


そう呟いた時だった。


「アシュラン様!」


外から、見張りに立っていたハンスが足早に駆け込んできた。


「またか。今度はどっちだ」


俺は嫌な予感を覚えながら振り返った。


「西の街道からです。騎馬の小集団が、村に向かって真っ直ぐ近づいてきています!」


「旗は?」


ロイルが即座に警戒の色を見せた。


「ありません。王国旗も、リヒテンブール公爵家の紋章もありませんでした。武装もごく少数です」


ハンスは少し戸惑ったように言葉を継いだ。


「ただ……先頭を進む男が、槍の先に白い布を掲げています」


棚の整理をしていたロッテの手がピタリと止まる。


「白い布、か」


俺は首の後ろを掻いた。


「今回は頭ごなしの殴り込みじゃなく、面倒事を丁寧に包んで持ってきたらしいな」


「今度は何でしょうか」


カインの声も、いつもより少し低かった。


「俺に分かるわけないだろ。……まったく邪魔をしてくれるなよ」


子供たちの名前札が、まだ乾ききらない墨の匂いを漂わせている。


その向こうで、ロッテは無言のまま、西門の方角をじっと見つめていた。


白い布は揺れている。だが、その一団の歩みは遅くも、迷ってもいなかった。


ただ静かに、そして着実に、冷たい風の中をウルム村へと近づいていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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