表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第13章 王女と覚悟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
204/239

第178話 負傷兵と色札

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

朝の冷気がまだ残る、ウルム村の西門前。

自警団による瓦礫や危険物の回収作業が続く中、見張り塔からハンスの鋭い声が飛んだ。


「ロイルさん! 西の街道から人影です!」


指示を出していたロイルが、弾かれたように顔を上げた。


「数は?」


「一人……いや、少し遅れて後ろにも二人、三人です。怪我してるみたいです」


ロイルが門の隙間から目を凝らすと、朝霧の中からふらつきながら歩いてくる数人の男たちの姿が見えた。


彼らはもはや、軍隊の体を成していなかった。

ある者は盾を捨て、ある者は折れた槍を杖代わりにしている。

切れた靴紐を引きずり、片腕を血まみれの布で縛った男の顔は、泥と汚れで表情すら判別できない。

ただ、彼らの虚ろな目だけが、防壁の向こうにある井戸と炊き出しの煙を探していた。


「……水を……頼む、水を……」


「止まれ! それ以上近づくな!」


若い自警団員の一人が、槍を突き出して声を荒らげた。


「ロイルさん、こいつら昨日この村を攻めようとしてた連中ですよ!」


別の団員も、顔を歪めて叫んだ。


「仲間が怪我させられたんだ。水なんかやる必要ありますか!」


「黙れ。まだ指示は出ていない」


ハンスが防壁の上から一喝した。


ロイルは小さく息を吐き、槍を構える団員たちの前に出た。

「まずは武器を置かせろ。地面に座らせて、両手を見える位置に出させるんだ。話はそれからだ」


「でも、こいつらは敵です!」


「敵ならなおさらだ。きちんと手順を守れ」



「何人だ」


迎賓館から呼び出された俺は、乱れた髪を掻きながら西門に着いた。

後ろにはカインとエレノアも続いている。


「今、門の前にいるのが五人です。後ろの街道にも、まだいるかもしれません」

ロイルが報告する。


「武装は不統一ですね。隊列から逸れた敗残兵でしょう」

カインが隙間から外を確認して言った。


「出血している方がいますわ。早く処置をしないと……」

エレノアが傷口へ目を向け、表情を引き締めた。


「ですが、アシュラン様! 昨日の敵です!」

若い自警団員が食い下がった。


「助けるんですか!?」


「敵でも出血は止まらないだろ」


俺はあくびを噛み殺しながら言った。


「助けるんじゃない。管理するんだ」


「管理……?」


「倒れてる人間を門の前で放っておくと、そのうち死体になる。死体は病気と揉め事の元だ。だったら、生きてるうちにこっちのルールで管理した方がいい」


俺の言葉に、自警団員たちは顔を見合わせた。


「実にマスターらしい判断ですね」

カインが小さく笑う。


「褒めるところじゃない。ただ俺たちの仕事が増えてるだけだ」

俺はため息をつき、ロイルに向き直った。


「門の中に入れない。外側の待機線をそのまま使え」


「門外で処置ですか」


「ああ。まず武器を置かせろ。次に名を記録する。所属なんてのは後回しでいい。それから、怪我の重さで分けろ。熱や咳がある奴は風下へ隔離だ」


「捕虜扱いですか」

ハンスが尋ねる。


「違う。今は、負傷者扱いだ。見張りは付けるがな。捕虜にするかどうかは、歩けるようになってから考える。エレノア、治療用の布と湯を外へ出させろ」


「はい、すぐに」

エレノアが小走りで救護所へ向かう。


「あと、マルタに言って消化のいい粥を作らせろ」


「敵にまで粥を出すのかい?」


いつのまにか後ろにいたマルタが、腕を組んで眉をひそめた。


「腹が減ってる奴は揉める。粥一杯で黙るなら安い」


マルタは「やれやれ」と肩をすくめ、「仕方ないね、鍋を火にかけるよ」と広場へ戻っていった。



「昨日攻めてきた奴らにも、札を出すのかよ」

広場の隅で、急遽持ち出された大量の木札を前に、キドが不満げに口を尖らせていた。


「出す」

俺は即答した。


「敵なのに?」


「札がないと、誰が怪我人で、誰が飯を食ってなくて、誰がどこにいるか分からなくなるだろ」


「でも、敵だぞ」


「敵でも迷子にはなる。迷子が出ると、探すためにこっちの仕事が増えるんだ」


俺が言うと、キドは心底嫌そうな顔をした。


「……仕事が増えるのは嫌だな」


「だろ」


「師匠らしいですわ。でも、そのおかげで確実に命が助かります」

横で薬草を仕分けしていたエレノアが小さく微笑む。


「ただの結果論だ」

俺は鼻を鳴らし、キドに指示を出した。


「いいから札を作れ。重傷、軽傷、熱あり、食事可、武器預かり済み。五種類だ。……どうした?」


キドが、木炭を持った手を止めて木札を見つめていた。

「アシュラン様。これ、字を短くしていいか?」


「理由は?」


「長いと、遠くからパッと見て読めない。あと、忙しく走り回ってる大人は、最後まで字を見ないだろ」


俺は少し驚いてキドを見た。

「……いい判断だ。短くしろ」


「じゃあ、重い怪我は『重』、軽い怪我は『軽』、熱がある人は『熱』、食べていい人は『飯』、武器を預けた人は黒い紐で『武』でいいか?」


キドは言いながら、次々と木札に大きな頭文字だけを書き込んでいく。


「それでいい。凝った名前より、間違えない名前だ」


俺が言うと、キドは少し得意げに鼻をこすり、さらに手を早く動かして札を量産し始めた。

キドの書いた『重』の札は、少し歪んでいた。だが、離れた場所からでも一目で分かった。



門外の仮設待機線では、エレノアが黙々と負傷兵の治療にあたっていた。


エレノアは、『熱』の札を下げた者は風下へ。『重』の札を下げた者は先に止血。それだけを、淡々と進めていく。


「少し痛みますわよ。押さえます」


エレノアは、太ももを深く切られた兵の傷口に薬草を押し当て、清潔な布で素早く縛った。


「……なぜ、助ける」

痛みに顔を歪めながら、弱った兵が掠れた声で問う。


「傷が開いています。話すと血が余計に出ますわ」

エレノアは手を止めずに答えた。


「俺たちは……昨日、あんたらの村を……」


「昨日の話は、血が完全に止まってから聞きます」


エレノアは短く遮り、次の患者へと向き直った。布を結び直し、次の兵の傷口へ手を伸ばす。負傷兵たちのざわめきが、少しずつ小さくなっていった。



「お水をどうぞ」


少し離れた場所では、ロッテが『飯』と『軽』の札を下げた兵たちに、木桶から水を汲んで配っていた。


「……あんた、村の人か」

ロッテから水を受け取った負傷兵が、彼女の椀の渡し方を見て、ぼんやりと首を傾げた。


「今は、そうです」

ロッテは伏し目がちに答えた。


「王都は……もう駄目だ。上の連中は、負けた途端に俺たちを見捨てて、真っ先に逃げやがった」

兵は、半分泣きそうな声で吐き捨てた。


「俺たちは、何のためにここまで歩かされたんだ……」


ロッテは、椀を持つ手を止めた。兵の袖には、泥に隠れかけた王国の徽章が残っていた。


「……そうですか」

ロッテは、それ以上何も言わなかった。


「お下がりになりますか」

背後に控えていたクラウスが、心配そうに声をかける。


「いいえ」

ロッテは小さく首を振り、空になった木桶を持ち上げた。


「水桶が空です。次を汲んできます」


「……承知いたしました」

クラウスは深く一礼した。


ロッテは空の桶を抱え直し、井戸の方へ歩き出した。

クラウスはその背を、黙って見送った。



「おい! さっさと奥へ詰めろ!」


若い自警団員が、足を引きずって歩く負傷兵の背中を小突いた。


「お前ら、昨日はこの村を攻めようとしていただろ。もたもた歩いてんじゃねえぞ」


「命令、だったんだ……」

負傷兵が力なく言った。


「便利な言葉だな。それで許されると思って――」


「そこまでだ」

見回りをしていたロイルが、自警団員の間に入って制止した。


「でも、ロイルさん」


「怒るなとは言わない」

ロイルは、自警団員の目を見て静かに言った。


「だが、手や口を出す前に、まず相手の首の札を確認しろ」


「何をですか」


「怪我の重さ、熱があるか、武器を持っているかだ。そこを見ずに殴れば、ただの私怨だ。自警団の仕事じゃない」


自警団員は悔しそうに唇を噛んだが、やがて視線を落とした。


「……」


「こいつは武器を置いて、黒い紐の札をつけてる。まともに歩けもしない。今は敵兵じゃなく、『見張りのいる負傷者』だ。俺たちの決めたルールに従わせろ」


ロイルは負傷兵の首元の札を確かめ、自警団員に短く言った。


「支えてやれ。押すな」


自警団員は唇を噛んだまま、負傷兵の腕を取った。



救護所の混乱が少し落ち着きかけた頃、西門の見張りから切羽詰まった声で追加の報告が入った。


「ロイルさん! アシュラン様! もう一人来ました!」


「敗残兵か?」

ロイルが駆け寄った。


「いえ、兵じゃありません。従者か、文官のような格好です」


自警団に両脇を抱えられるようにして運ばれてきたその男は、泥まみれで、片方の靴を失い、上質なはずの服の袖がボロボロに引き裂かれていた。


武器は持っていなかった。

顔色は土気色で、何度も怯えたように背後――北の森の方角を振り返っている。


「……助けて、ください……」


男は、乾いた唇を震わせて懇願した。


「所属は」

ロイルが問う。


「リヒテンブール……公爵家……」


その言葉に、近くにいた自警団員たちの手が止まった。


「アルベールの家の者か」

ハンスが警戒して剣の柄に手をかける。


「若様は……森の奥の狩猟小屋に……」

従者の男は、うわ言のように繰り返した。


「若様というのは、アルベールのことか」

俺が前に出て尋ねた。


「傭兵風の男たちが……数人で、来ました。若様に剣を向け、金を……机の上の革袋を……」


「あなたは、主人を置いて逃げたのですか?」

エレノアが、男の額の熱を測りながら静かに聞いた。


「……はい」

従者は答えたあと、唇を噛んだ。

水を受け取ろうとする手が、ひどく震えていた。


「自分を責めるのは後でいい」

俺はそこで話を切り、カインを見た。


「場所の特定はできるか」


「たぶん街道から外れた、北の森の狩猟小屋ですね。いくつか候補はありますが、見当はつきます」

カインが眼鏡を押し上げた。


「確認は必要だな。だが、今は門前を片付けるのが先だ」


「すぐには向かわないんですか」

ロイルが驚いたように聞く。


「死んでいても生きていても、今すぐ村に害はない。先に目の前の怪我人だ」


従者は震える手で、ロッテから差し出された水の入った椀を受け取った。


その指には、泥と血と煤がこびりついている。


「若様は……小屋に……私は、置いて……」


そこまで言ったところで、従者の手から椀が滑り落ちた。

水が地面にこぼれ、男の体がそのまま崩れた。


カインが手元の記録板に、木炭で短く書き込む。


『リヒテンブール家従者。狩猟小屋。傭兵風の男三名』


俺はその文字を見て、息を吐いた。


「……また、面倒な片付けが増えたな」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新連載のお知らせ
『星降りの欠片と瀬戸内の巫女
〜役立たずと言われた研究者が、世界の理を繋ぎ直すまで〜』を投稿開始しました。

岡山の研究者と瀬戸内の巫女が、星降りの夜から始まる怪異に触れていく現代ローファンタジーです。
瀬戸内、神社、巫女、怪異、研究者主人公がお好きな方は、よければ覗いてみてください。

『星降りの欠片と瀬戸内の巫女』はこちら

+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ