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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜【書籍化進行中】  作者: しいたけ
第11章 綻びと傾き

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第167話 連名と荷駄

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

見た目だけは、ずいぶんと穏やかな文面だった。


『王国秩序の回復』

『流民保護の徹底』

『辺境における不当な自治の是正』


王都の静かな私邸。


長机に広げられた草案には、それらしく聞こえる言葉ばかりだった。

だが、その羊皮紙の最後に署名をしていく男たちは、皆、分かっていた。

これは中央へ差し出す書類ではない。名を連ねた者同士にだけ伝わる合図だった。


「討伐の文字は外して正解だったな。王都に目をつけられにくくなる」

傍流貴族の一人が、羽ペンを置きながら言った。


「ええ。秩序回復で十分です。読む者が読めば、それで通じますから」

北部の使いが、冷ややかに応じる。


「しかし、我らの名までこうして並べて載せる必要があるのか? 金を出すだけでは駄目か」

別の貴族が、書き連ねられた署名の列を見て不満げにこぼした。


「金だけを出す者は、後でいくらでも逃げを打てます」

北部の使いは容赦しなかった。


「逃げられない名が並んでいなければ、日和見の家は動きません。……それに、何より重要なのは先頭の名です」

実務役の商人が、一番上に大きく書かれた名前を指で叩いた。


「先頭は、アルベール様で」


「本人の了承は取ってあるのか?」


「要りませんよ」

北部の使いが、ふっ、と鼻で笑った。


「あのお方は、自分の名が先頭にあることを何よりも喜ばれる。自分が全軍の象徴として選ばれたのだと、勝手に納得してくださいます」


部屋の中に、押し殺したような嫌な笑いが漏れた。


本人のいないところで、その思い込みまで使われていた。

彼らにとってのアルベールは、金を集め、人を寄せるための名前でしかなかった。



夜が明ける前の、王都近郊の荷捌き場。

吐く息が白い中、何台もの荷車が次々と出発の準備を整えていた。


帳面には、街道補修の資材、北部倉庫行きの備蓄とある。だが、荷車の沈み方を見れば、御者たちにも分かった。普段の荷ではない。


「……おい、北部倉庫行きにしちゃ、随分と干し肉が多くないか?」

御者の一人が、荷台に掛けられた帆布の隙間を覗き込んで小声で言った。


「黙って運べ。前金は出てるんだ」

荷役頭が、煙管を咥えたまま短く返す。


「王都の関所は通れるのかよ。これ、どう見ても――」


「通るように書いてある」


「書いてあるだけで通るなら、世話ねえな」

若い御者が肩をすくめる。


彼らはこれ以上、余計なことは聞かない。聞かない代わりに、互いの目だけで合図を交わした。


行き先も、使い道も、帳面通りではない。それだけは、御者たちにも分かっていた。



その日の朝。

ウルム村の迎賓館一階、作業部屋の机の上には、大量の記録板が並べられていた。


ただ並べただけでは、ただの数字と文字の羅列だ。

だが、ロイル、クラウス、カイン、そしてキドが、日付ごと、荷の種類ごと、行き先ごとに分けていくと、数字の見え方が少し変わった。


アシュランはほとんど口を出さなかった。


ただ、キドが間違った束へ置こうとした荷札の写しを、無言で指先で弾いて元の場所へ戻す。それだけで、キドは自分の見方がずれていたことに気づき、眉を寄せて考え直す。


「……鉄材は、王都側から北部の倉庫方面へ流れています」

ロイルが、整理した板を指差して言った。


「干し肉も同じです。名目は別々になっていますが、行き先の中継地が重なっています」

クラウスが、来訪者や行商人の動きと照らし合わせながら補足する。


「馬飼葉もですね。量は少ないですが、同じ方向へ向かっています」

カインが数字の偏りを計算し終えて頷いた。


キドが、手元の板札を束ねながら不思議そうに顔を上げた。

「別々の荷で、別々の名目なのに、途中で同じ場所を通ってるってこと?」


「そうだ」

アシュランが、机に肘をついたまま答えた。


「荷の名前を見るんじゃない。通った場所を見るんだ」


「名前じゃなくて、通った場所……」


「人は嘘をつく。荷札も嘘をつく。だが、荷車が通った道は嘘をつかない」


アシュランの声はいつも通りだった。書類はいくらでもごまかせる。けれど、重い荷車が通った道までは消せない。キドにも、そのくらいは分かった。



キドは、言われた通りに通った場所を意識しながら、再び荷札の写しを分類し始めた。


やがて、彼の手がぴたりと止まる。


「……これ、変じゃないか」


「また何か見つけたか」

ロイルが身を乗り出した。


「この二つ、同じ中継地を通ってるのに、こっちだけ記録上の到着日が一日遅い。普通なら、一緒に来るんじゃないのか?」


キドが指差したのは、鉄材と干し肉の記録だった。


クラウスが顎をさする。

「荷の積み替えがあった、ということですか」


「あるいは、途中で一部だけ抜かれたか」

カインが別の可能性を提示する。


「両方あり得る」

アシュランが短く応じた。


キドが食い下がる。

「どっち?」


「今は決めるな。決めつけると見落とす」

アシュランは、キドの目を見て言った。


「分からないなら、分からないまま置いとけ。無理に答えを作る方が危ない」


キドは一つ頷き、分からないものを保留の束へ避けた。


すぐに答えを決めない。言われてみれば簡単そうなのに、やってみると思ったより難しかった。



クラウスが、壁に広げられた周辺地図の上に小さな印を打っていく。


鉄材。干し肉。馬飼葉。矢束。車軸。


名目はばらばらだ。だが、行き先をたどっていくと、どれも同じ方向へ寄っていた。


キドにも、印が一方向へ寄っているのは分かった。


ウルムへ向かうなら、まずそこに荷を溜める。そう考えると、印が集まった理由も見えてくる。


「……この中継地に集まっていますね」

ロイルが、地図の一点を指差した。


「偶然にしては、重なりすぎます」

クラウスが鋭い目で同調する。


「兵をすぐ動かすなら、ここでしょうね」

カインが眼鏡を押し上げた。


「すぐじゃない。まだ兵站を整えている段階だろうな」


「兵站?」

キドが聞き返した。


「飯、飼葉、替えの車輪、矢、薬。兵を動かすために要るものだ」

アシュランは地図から目を離さずに言った。

「それが揃わないと、軍は動けない」


少し間を置いて、アシュランはゆっくりと顔を上げた。


「ロイル。倉庫の余剰を見直せ。クラウスさんは街道の方の見張りを増やしてください。カイン、念のためゴーレムも出せるように準備しといてくれ」


キドが、たまらずに聞いた。

「……来るの?」


アシュランは何も言わず、しばらく地図の上の印を見下ろしていた。


やがて、静かな声で言った。

「来る準備をしてるのは確かだ」


軍勢の姿はまだ見えない。だが、こちらへ向かう道は、帳簿と記録の上でもう出来上がっていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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