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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第11章 綻びと傾き

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第160話 学舎と段取り

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ギシ、ギシと鈍い音を立てて、木造のクレーンがゆっくりと資材を持ち上げていく。


ウルム村は、今も毎日のように形を変えていた。

新しい長屋の太い骨組みが立ち上がり、その隣では個別の家屋の基礎が掘られ、少し離れた場所では共同倉庫の増築が進んでいる。荷車が絶え間なく行き交い、切ったばかりの材木の匂いと、乾いた土の匂いが風に乗って村じゅうに流れていた。


人が増えた。だから、建てるものも増えた。 まだ屋根も葺き終わっていない家もある。壁が仮の板張りのまま、寒さをしのいでいる部屋もある。今のウルムは、出来上がった村ではない。まだ、あちこちで手が入っている村だった。


「次は西の長屋だ。そのあと、炊き出し小屋の脇の隙間を詰めるぞ!」

建築組を束ねるヘイムが、額の汗を拭いながら声を張り上げる。


そのすぐ横を、字の練習に使う小さな板札を小脇に抱えた子供たちが、連れ立って広場の方へと駆けていった。


「……まだまだ、家が足りませんね」

作業の進捗を見に来たロイルが、走り去る子供たちの背中を見送りながらこぼした。


「足りねえな」


ヘイムは図面代わりの木板を片手に、短く笑った。

「足りねえから、こうして毎日建ててるんだよ」


「そりゃそうだ」


ロイルは少し間を置いてから、広場の方へ目をやった。子供たちの声が、そちらから聞こえてくる。

「それにしたって、人が増えるたびに建てて、また足りなくなって。また建てて――いつになったら追いつくんですかね」


「追いつかねえよ」

ヘイムは木板に指で線を引きながら、あっさり言った。


「……言い切りますね」


「言い切るも何も、そういうもんだ」


ヘイムは木板から目を離さないまま続けた。

「建てた分だけ、雨露しのげる人間が増える。それで十分だ。追いつくかどうかなんざは、俺の仕事じゃねえ」



その日の昼下がり。

迎賓館の一階、実務を取り仕切る大きな机の上には、村全体の区画を描いた見取り図が広げられていた。


「青空教室のことなんですが」

ロイルが、図面の端を指で押さえながら切り出した。


「そろそろ、広場の端っこだけで回すのはきつくなってきました。教える内容も板札の置き場も、あのスペースでは限界です」


その場にいたヘイムが、腕を組んで渋い顔をする。

「だからって、今ある長屋を一つ潰して教室にするのは駄目だぞ。寝床が足りてない家がまだあるんだ」


「ええ、それは絶対に避けたいですわ」

エレノアも真剣な顔で同意する。


カインが眼鏡の位置を直し、冷静に口を開いた。

「住居と学びの場は、最初から分けた方がいいでしょうね。今後、外から来る子供の数はさらに増えます。生活の場と混ざると、互いに不都合が出ます」


机の奥で腕を組んでいたアシュランが、面倒そうに口を開いた。

「……つまり、教える場所はどうしても要る。だが、今ある家を学校に回すのは悪手ってことか」



話がそこまで進んだ時点で、学校はもう思いつきの話ではなくなっていた。建てるかどうかではない。村のどこへ置くかという話になった時点で、それはもう今後の村の計画そのものを決める話だった。


「長屋はそのまま使う。住む場所が足りてないからな」

アシュランが図面を見下ろしたまま明言した。


「同感だ。家が先だ」

ヘイムが深く頷く。


「ですが、場所だけは押さえておくべきです」

カインが、木炭のペンで図面の一角を指し示した。


「後から空いた場所へ押し込もうとすると、必ず全体の導線に無理が出ます。用地の確保だけは、今のうちに済ませるべきです」


「長屋から子供たちが通える距離で、なおかつ市場の荷車とは動線を分けたいですね」

ロイルが実務的な視点で条件を足す。


「手洗い場や水場も、遠すぎない方がいいですわ。子供はすぐ泥だらけになりますから」

エレノアがそう付け加えると、アシュランは少し考えてから口を開いた。

「いや、それなら最初から水場も近くに引いた方が早いな」


アシュランはしばらく図面を睨み、やがて一本の線を引いた。長屋群から少し外れ、市場の喧騒からは離れている。だが、水場も含めて新しく整えるなら、かえって都合のいい空白区画だった。


「……じゃあ、最初にここを学校用の土地として押さえるか」

アシュランが木炭のペンを置く。


今のうちに、ここは学校を建てる場所だって分かるようにしておけば、後で家や小屋を建てようとして揉めずに済むだろ


建物はまだなくていい。だが、場所だけは先に決める。後で揉めそうなところほど、先に動く。そういう手際だけは、アシュランは妙に早かった。



「だが、ちゃんとした校舎を今すぐ建てるのは無理だぜ」

ヘイムが釘を刺すように言った。


「家を建てるので手いっぱいだ。学校にまで回す余裕は、まだねえよ」


「分かってる。だから最初は仮でいい」

アシュランはあっさりと言った。


「雨風がしのげて、机が置けて、板と札がしまえればまず足りる。最初は物置に毛が生えたくらいでいい」


「本校舎は別ですね」

カインがすぐさま補足する。


「いずれ年齢や理解度ごとに組を分けるなら、最初から十分な広さの敷地を見ておいた方がいい。仮の小屋を建てつつ、横に本校舎の枠だけ取っておきましょう」


「では、今は仮の教室で始めて、少しずつちゃんとした学び舎へと移っていくのですわね!」

エレノアが嬉しそうに手を合わせた。


「そういうことだ。順番だけ決めておけば、あとは建てられる時に建てりゃいい」

アシュランはそう言って、話の区切りをつけるように息を吐いた。



「あの、木炭と新しい板、足りなくなったから取りに来たんだけど……」


そこへ、キドがひょっこりと顔を出した。広場で年少の子供たちの面倒を見ていたせいで、手も鼻の頭も少し黒く汚れている。


ロイルがキドを見て、ふと思い出したように言った。


「そういえば、年長組をひとまとめに見る役も要りますね。仮の教室ができたとしても、大人がずっと付きっきりというわけにもいきませんから」


「キドが向いていると思いますわ」


エレノアがにっこりと微笑んだ。


「小さな子にもよく声をかけてくれていますし」


「……え、俺? 何?」


いきなり名指しされたキドが、目をぱちくりとさせる。


アシュランは机に肘をつき、キドを真っ直ぐに見た。


「お前だ。手が止まってるやつがいたら見てやれ。やり方が分からないことは一人で抱え込むな。すぐこっちへ上げろ。自分で勝手に答えを決めるな」


キドは少し戸惑ったように首を掻いた。


「それって、俺が先生になるってことか?」


「違う」

アシュランは即座に否定した。


「先に気づいたやつが、先に声をかけるだけだ」


別に、大げさな役目を担わせたいわけではない。ただ、誰かの手が止まりそうなら先に気づいて声をかける。それはもう、キドが広場で自然にやっていたことだった。


キドは抱えていた板札を下ろし、しばらく黙っていた。けれど、嫌そうな顔はしなかった。


教わるだけだった場所から、少しずつ手伝う側、教える側へと回り始める。たぶん、それが彼にとっての最初の一歩なのだろう。


「分かった。困ってるやつがいたら、とりあえず声かけるよ」


キドが頷くのを見て、アシュランは机上の見取り図を指先で軽く叩いた。


まだ校舎はない。しかし、土地は決まった。役目も決まった。 そうなれば、あとは建てるだけだ。


「……先に住む場所、その次に学ぶ場所だ。ヘイム、頼んだぞ」


そう言ったアシュランは、いつものように淡々としていた。だが、この部屋の誰より先に、その先のウルム村の形を見ていたのは、たぶん彼だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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