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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第11章 綻びと傾き

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第158話 観測と看破

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

午前の市場には、今日も外からの来訪者が幾人も混じっていた。


行商人、道具屋、薬草買い、あるいは流れてきた職人の縁者を名乗る者たち。日々の出入りが増えた今のウルムでは、そのくらいの顔ぶれはもう珍しくなかった。


だから最初のうちは、誰もその商人たちを気に留めなかった。


ただ、よく見れば少しだけ動きが不自然だった。


布や干し肉は並べているが、客を呼ぶ声に張りがない。売ることより、周りを見ている時間の方が長かった。 値段の話をするより先に、倉庫の位置を見ている。広場を行き交う人の顔より、どこから来てどこへ流れていくのか、その動きばかりを目で追っていた。


売りに来た人間にしては、見ているものが少し違う。



「……クラウスさん」


市場の端で、授業に使う新しい板札を受け取っていたキドが、すぐ傍で広場を見回していた初老の執事の袖を軽く引いた。


「どうしました、キド」


クラウスは、穏やかな顔を崩さずに低く応えた。


「あの商人、ちょっと変じゃないか」


「……どれです?」


「あそこ。薄茶色の布を売ってるやつ。さっきから、売り物より倉庫の方ばっか見てる。人がよく通る道も、何回も目で追ってるし」


その言葉に、クラウスの目がすっと細められた。


「倉庫? 札を見ていたのですか」


「うん。どの箱がどこに運ばれてるか、外から数えてるみたいだった」


キドのその一言で、クラウスの中で引っかかっていたものがひとつに繋がった。荷の軽さ。周囲から浮かない立ち位置。視線の散らし方。ちょっとした違和感で止まっていたものが、そこでようやく確信に変わる。


奴らは商人ではない。売りに来たのではなく、村の中を見に来ている。


「……セドリックはどこか知りませんか」


「工房の方、見に行ってたよ」


「都合がいいですね」


クラウスはキドを伴い、静かに市場を離れて工房の方角へと歩を進めた。


人混みを抜け、少し人の気配が薄れた場所で、大柄な元近衛騎士のセドリックと合流する。


「クラウス殿。実は、少しご報告が……」


セドリックの方が、周囲への警戒を滲ませた様子で切り出してきた。


「実はあそこにいる二人。工房の出入りと、水場の人の流れを見ています」


セドリックが、小声で報告する。


「市場にも一人。倉庫の札を追っているのがいるようですね」


クラウスも視線を動かさずに応じた。


「散らしてますね」


「それなりの人数で入って来ていると思われます」


大人のやり取りを聞いていたキドが、納得したように頷く。


「やっぱり変だったんだ」


「ええ。ただし、今はまだ見ているだけです」


クラウスはそう言って、キドの頭に軽く手を置いた。



ほどなくして、市場の裏手にある物陰に、クラウス、セドリック、そして連絡を受けた自警団のロイルやヘイムらが集まった。


誰も焦った様子は見せなかった。傍から見れば、ただの日常の立ち話にしか見えない。


「押さえますか」

ロイルが、短く確認する。

今この場で囲んでしまえば、大した抵抗もできないだろう。


「まだいい。今押さえると、連中が何を見に来たか分からなくなります」

クラウスは冷徹に首を振った。


「泳がせるんですか」

とヘイムが訊く。


「ええ。ただし、表で見える分だけです」


クラウスの声が、そこで少しだけ硬くなった。

「工房の中、迎賓館の上、台帳を置いてるところには寄せないように。怪しまれないように、手前でさりげなく返しなさい」


「倉庫はどうします」


「表の動きまでは良いでしょう。何かあればすぐ動けるように」


「分かりました」


ロイルとヘイムが短く応じ、すぐに散っていく。


クラウスは最後に、キドの方を向いた。


「キド。お前は市場側に戻りなさい。いつも通りでいい。変なことがあったらまた知らせて」


「分かった」


キドが駆け出していくのを見送りながら、クラウスは再び広場へと静かな視線を向けた。


押さえるのは簡単だ。だが、それでは相手が何を見に来たのかが分からなくなる。どこを気にして、どこまで踏み込むつもりなのか。今はそちらを見た方がいい。


外から見える分はそのままにして、見せる必要のない奥だけは見せない。ウルム村はもう、よそ者が一人二人入り込んだくらいで慌てて扉を閉ざすような村ではない。どこまで見せて、どこから先は見せないか。いまのウルムは、それを現場で迷わず決められるようになっていた。



夕刻。

迎賓館の作業部屋には、赤みを帯びた西日が差し込んでいた。


「市場に三人、工房側に二人、水場に一人。こちらで見えているだけでも、それだけいます」


クラウスが、机に向かうアシュランに対して簡潔に報告を上げた。


「商人を装ってはいましたが、見ていたのは人の流れと倉庫の札だったようです」


「荷はどうだ」

アシュランが、手元の書類から視線を上げて問う。


「軽いです。売りに来たというより、商いに見せるための荷でしょうね」


「仲間どうしで距離を取りながら、目だけは合わせていました」


クラウスの言葉に、セドリックが横から補足する。


「ふむ」

アシュランは短く喉を鳴らした。


「すぐに押さえることもできますが」


ロイルが控えめに進言するが、アシュランは面倒そうに手を振った。


「いや。今はまだいい」

アシュランは椅子の背もたれに深く寄りかかった。


「見に来たなら、見せておけ。ただし中までは通すな。見えるところだけで十分だ」


アシュランに慌てた様子はなかった。密偵が入ったことを問題にするより先に、連中がどこを見て、何を持ち帰りたがっているのか、そちらを確かめる方へ頭が向いているようだった。


「承知いたしました」

クラウスが一礼し、ふと思い出したように付け加えた。


「ちなみに、最初に彼らの違和感を口にしたのはキドです。商人なのに、商品より倉庫の札を見ていると」


「……キドが」


アシュランの目が少しだけ丸くなった。ほんの数秒の間を置き、ぽつりとこぼす。


「よく見てるな、あいつ」


それは手放しの称賛ではなかった。だが、キドの働きをきちんと見て、評価した一言ではあった。


横で聞いていたエレノアが、ぱっと顔を輝かせる。

「まあ! やはりキドにも、見たものの違いに気づく才が育ってきたのですね!」


「大げさだ。たまたま目についただけだろ」

アシュランが鼻で笑うように言う。


だが、部屋の隅でゴーレムの調整をしていたカインが眼鏡を押し上げながら、静かに言った。


「そのたまたまをノイズにせず、意味のある情報として拾える子は、案外少ないんですがね」


アシュランは小さく息を吐き、机の上の紙束を軽く揃えた。


連中が何を見ようと、見えるのは表に出ている分だけだ。そして、その表側だけでも、今のウルムは十分に出来上がっていた。商人を装った連中が広場を歩くあいだにも、村の暮らしは何事もなかったように回り続けていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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