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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第10章 名分と境界

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第153話 公印と護送隊

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

朝霧がまだ薄く残る街道の向こうから、黒い一団が近づいてきた。

村境の監視所に立っていた自警団員は、その輪郭がはっきりするにつれて息を飲んだ。


複数台の荷馬車。鎖帷子や厚手の革鎧を着込んだ私兵、街道警護、荒事慣れした傭兵まがいの男たち。

その装備は、前回より明らかに物々しかった。


「来ました」

見張りの団員が、背後に控えていたロイルへ強張った声で告げる。

「あれは、今までとは様子が違います」


ロイルは舌打ちをした。

「全員、配置につけ」



護送隊はウルム村の入り口で止まった。

重武装の男たちが威圧的に立ち並ぶ中、数人の文官が進み出る。


先頭にいた文官の男が、関門で仁王立ちしていたロイルの前に封蝋付きの文書を突き出した。

「王国民保護対象者の一時護送執行書、ならびに技能保持者およびその家族の一時保護措置書である」

文官は声を張り上げた。

「書面に従い、対象者を受領しに参った」


ロイルは表情一つ変えず、差し出された文書を受け取った。


「こんなやり方が通用するとでも思っているのか?」

ロイルは内容を確認することもなく、すぐ横のカインへ文書を渡した。

カインは、封蝋を破り内容を確認する。


カインが文書を一瞥し、眼鏡を押し上げた。

「これは王都中央からの命ではありませんね」

冷ややかな声が響く。

「王都ではなく、北部領主連名の私的保護要求です。これでは認められません」


「公印は押してある。我々には充分な権限が与えられている」

文官が鼻で笑う。

「彼らは以前の接触で、保護の意思を示した。したがって、王国側として正式に移送する」


彼らは最初から理屈で勝つ気などなかった。体裁だけ整え、あとはそれを盾に押し切るつもりなのだ。


文官が、一歩前に出て声高らかに言った。

「村は引き渡しに応じよ。さもなくば妨害とみなす」


関門の内側、待避用の柵の陰には、元職人の男とその家族が、青ざめた顔で身を寄せ合うように固まっていた。


カインは、文官を真っ直ぐに見た。

「ご本人たちは同意していません」


「彼らは保護を望んでいる!」


「そんな事実はありませんね。あるのはあなたたちの無法なやり口だけだ」


文官の顔が歪んだ。

「……強情な奴め」

文官が一歩下がる。


代わりに、護衛長と、現場指揮役らしい大柄な男が前に出た。


「これは王国民の保護だ。こんな辺境の村ごときが妨害できると思うな」

男が太い腕を組んで凄んだ。

「出さないというなら、こちらで直接連れ出すまでだ」


ロイルが前に出た。

自警団員たちが、村と護送隊の間に横一列の壁を作る。

前回の初陣を経て、彼らの動きは幾分か様になっていた。

元職人の家族を素早く後ろへ下げ、防衛線を作る位置取りにも迷いがなかった。


だが、怖さが消えたわけではない。相手は前回よりはるかに数が多い。


「前へ出過ぎるな」

ロイルが短く、鋭く指示を飛ばした。



「行け! 対象者を確保しろ!」

号令と同時に、重武装の男たちが前へ出る。


二度目の実戦。

相手は前回より腕が立ち、しかも数で押し潰しに来ている。


先頭の二人が自警団へぶつかる。続いて、その陰から拘束具を持った男が低く身を沈めて抜けようとした。


「右、詰めろ! 行かせるな!」

ロイルの声が飛ぶ。


自警団は半歩だけ体を横へずらす。押し返すことなく、奥へ抜ける道だけを潰していく。


しかし、相手も場数を踏んでいた。

一人が押さえられると、すぐその脇へ別の男が肩をねじ込んできた。


「そこ抜けるぞ!」


若い団員が胸を押し込まれてよろめく。その隙間から伸びた手が、元職人の妻の腕へ届きかけた。

横から別の団員が飛び込み、肩でその腕をはね上げる。


鈍い音がした。

返しの肘が頬に入り、若い団員の顔が大きく跳ねた。口の端が切れ、血が飛び散る。

それでも、その若者は退かなかった。

ふらついた足でなおも踏みとどまり、再び体を差し込む。


後方では世話役たちが、家族をさらに奥へ誘導する。

子供を抱いた妻が泣きそうな顔でよろけ、別の世話役が肩を抱いて自分の方へ引く。

ギードは前へ出ようとする村人を片腕で制していた。

その後ろで、ロッテは一切目を逸らさずに見ていた。


護衛の一人が警棒を振り下ろす。

それを団員が腕で受け、膝をつく。

すかさず蹴りが飛び、腹へめり込む。団員の体が、くの字に折れ曲がる。

息が詰まって、暫く動けない。


「下がるな! もう一踏ん張りだ!」

ロイルが叫ぶ。


自警団の動きは、まだ荒い。

しかし、一度崩れたところに別の団員がすぐ入る。殴られても、蹴られても、倒れた奴の分まで隣が詰める。決して穴だけは作らない。


前回の恐怖は、忘れてはいない。

殴られた痛みも、刃が光る怖さも、知っている。


知っているからこそ、彼らに油断はなかった。

ここで一歩退けば、後ろの家族に手が届く。

それだけは必死になって防いでいた。


「ええい! 鬱陶しい!」


現場指揮を取っていた大柄な男が業を煮やして前へ出て、腰の剣に手をかけた。

その動きに引きずられるように、最前列の護衛たちも一斉に剣に手を掛ける。


その瞬間だった。

パリパリパリパリッ!! 短い破裂音が稲妻のように走る。

地面すれすれを青白い光が這い、抜刀しようとした護衛たちの足元で弾けた。


「なっ!?」


カインの無詠唱の魔法が、男たちの足を激しく打ち払う。

体勢を崩し、何人かが地面に転がる。


間を置かず、低い地鳴りが横合いから近づいてきた。

木立ちの影に待機していた二機のスマートゴーレムが、逃げ道を塞ぐように前へ出る。

じわじわと幅を殺しながら迫ってくるその動きに、さっきまで威圧的だった護衛たちの顔色が目に見えて変わった。


「ヒッ……!」

最前線の護衛が恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。


二機のゴーレムが、巨大な腕をゆっくり横へ広げる。

それだけで十分だった。


一人の護衛が思わず後ろへ下がる。

別の男は、剣を握ったまま立ち尽くした。

現場指揮役の大柄な男だけが剣を構えたが、その顔にもさっきまでの余裕はなかった。


「止まれ」

カインの声が響いた。

「それ以上前へ出れば、こちらも容赦しません」


誰も動かなかった。

荒い息だけが聞こえていた。


額を切った団員が血を拭う。腹を蹴られた若者が膝をついたまま、前を向いて睨みをきかせている。


カインが一歩前へ出た。

「公印を掲げ。重武装で村に押し入り。住民の引き渡しを迫った」

カインの氷のような声が、静まり返った関門前に響く。

「荷馬車と護送具まで持ち込み……さらに、今ここで抜刀に及んだ」


実務役の文官が顔面を蒼白にしている。


「目撃者は多数。書類も残っている」

カインは眼鏡のブリッジを押し上げた。

「保護の建前は、今ここで完全に崩れました。これは公然たる拉致です」


現場指揮役の大柄な男の顔が憎悪に歪む。

だが、抜刀した上でゴーレムに道を塞がれた今、力ずくで奪い去ることは不可能だった。

これ以上手を出せば、今度は本当にこちらが挽き潰される。


「……退け」

現場指揮役の大柄な男が血が滲むほど強く唇を噛み、忌々しげに命じた。


重武装の男たちが、じりじりと後退する。

荷馬車が向きを変え、護送隊は土煙を上げながら街道の向こうへ撤退していった。


関門前に、重い静寂が降りた。

その場にへたり込む団員。血の流れる額を押さえたまま座り込む若者。腕を痺れさせたまま、まだ前を睨んでいる者もいた。


しばらく、誰も動かなかった。護送隊が本当に退いたのか、皆が最後まで観ていた。


やがてロイルが大きく息をひとつ吐いた。

「負傷した奴から下げろ! 歩けるなら自分で歩け、無理そうなら肩を貸してやれ!」


張りつめていたものが、そこでようやく切れた。

ロッテが駆け寄り、負傷者の顔を一人ずつ見る。カインもすぐ膝をつき、傷の具合を確かめる。


「深い傷から先に。軽い打撲は後でまとめて看ます」


俺は一歩引いた位置から、その一部始終を見ていた。

自警団が防衛線を守り、最後はカインが止める。まずは、想定通りだった。


「カイン。助かった」

俺は退いていく荷馬車の轍を見ながら、低く言った。


「剣を振らせるわけにはいきませんでしたからね」

カインは何事もなかったように、ふっと笑った。


「これで向こうは、越えちゃならん線を自分で越えたな」

俺は、誰に言うまでもなくそう呟いた。



その日、ウルムからはいくつもの報せが別々の方角へ走っていった。


商人は商人の言葉で、今朝の騒ぎを宿場へ運ぶ。

林の奥から、黒い鳥が一羽、帝都の方角へ向けて飛び立った。


護送隊は退いた。

だが、街道に深く刻まれた荷馬車の轍は、ここから先はもう村ひとつで収まる話ではないと、はっきり告げていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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