第三話
私はしばらく、二条先輩を避けた。二条先輩がいそうなときはゼミに近づかず、オンラインで済みそうなものは済ませた。どうしてもゼミの研究室に行かなくちゃいけないときは、二条先輩がいなさそうなときを狙った。
顔を合わせづらいというよりは、二条先輩にふられたのだと認識した。
なのに、私が提出した論文の添削は、二条先輩から返ってきた。
事務的な内容で、とても二条先輩らしいメールだった。最後に一言、まるで追伸のように「この本が参考になる」とリストが書いてあった。
私は以前二条先輩がくれた手書きのメモを思い出して、カバンのなかにしまっていたそのメモをそっと取り出した。
達筆でもないし、下手でもない、強いて言うなら、味のある字だった。
二条先輩はどう考えているのだろう。ちっとも想像ができなかった。
教わった本を大学図書館に借りに行くと、二条先輩に出くわした。
「二条先輩」
「……ああ、三好か。論文は進んだ?」
「まあ、そこそこですね」
図書館外持ち出し禁止の本を読む私の隣に、二条先輩が座る。
信じられないことに、私の胸は少し高鳴っていた。
なんで? 二条先輩って面倒くさそうじゃん。
何度も同じところを読んでいることに気がついて、私はそっと二条先輩に声をかけた。
「二条先輩、怒ってないんですか?」
「……怒ってる」
「じゃあなんで」
二条先輩はため息をつきながら、本のページをめくった。
「お前はお前でいればいい。誰かといるために、代償なんて払おうとするな」
薄暗い図書館に差し込む光がまぶしかった。古い紙の匂いがして、日差しのなかでホコリが舞っている。
私はそのとき、ようやく景色を見ることができた。
自分と、自分に関わってくる人間しか見ていなかったことに気がついた。
図書館のなかでゆっくりと落ちてくるホコリは、ホコリなのに、とても綺麗だった。




