第14話
「あ、ああ。将太くん、よかったって、あれ? 真依は?」
朝と同じ場所でキャンピングカーを待っていた朗音さん。
どこからか、お得意の情報網で〈新撰組〉でも調べたていたのだろう。
別に朗音さんになら、情報は調べられても構わない。
ただ、それは――朗音さんだったらだ。
「朗音さん。あなたは……」
僕は胸の内側にホルスターに入れてしまっているナイフを、自分の胸を握るようにーー心臓を握るように強く、強く握りしめる。
そうしなければ、この苦しみに押し潰されそうになってしまうから……。
「なんだよ、将太くん。怖い顔しちゃってさ。それより、俺を置いてどこいってたの、まさかデートとか?」
「黙れ」
「へ?」
「これ以上……喋らないでください。僕は本当にやりたくないけど」
僕が逃げなければ――こんなことにならなかったのだろうか?
「泰平を始めます」
僕は握りしめたナイフを取り出した。
先代局長より与えられた〈誠〉――その名を〈虎鉄〉。
「おいおい、何言ってるんだよ、将太くん。そんな物騒なもの俺に向けないでくれよ」
「僕は、もう島崎 将太ではありません」
もう、逃げるのは終わりだ。
その覚悟として――到底僕には重すぎる名を背負おうじゃないか。
自らに課す宿命として。
「〈4代目 近藤 勇〉です」
「なるほどねぇ……」
僕に近づこうとしていた朗音さんは足を止めて、僕を睨み付ける。
「理解が早くて助かります」
「ははは、なるほど。ちょっと前までなら手放しで喜んだだろうにな。馬鹿みたいにさ。でも、今の俺は違う」
体朗音さんの体が崩れて00蛇のような顔をした化物へと姿を変貌させた。
湿り輝く鱗。
細長く伸びた舌。
その姿は人と生き物の姿を掛け合わせた〈SISI〉だった。
「いつから分かった」
人の言葉を発しているが低く、時々漏れる蛇の鳴き声が不気味に聞こえる。
「ついさっきです。腹の黒いアイドルが教えてくれたんですよ」
普通に考えれば分かることだった。
なぜ〈新撰組〉が行動をしていた森の中で、その直後、蛇に擬態した〈SISI〉と出会ったのか。
答えは簡単だ。
あの場所にいた〈SISI〉は一匹じゃなかった。
きっと何匹も存在していたのだ。
蛇に擬態していた〈SISI〉ではあるが、とかげが自らの尻尾を切り離して逃げるように、彼らは自分達の仲間一匹を犠牲にして〈新撰組〉から逃げ仰せたのだろう。
その内の一匹が僕と朗音さんの前に現れた。
そいつは僕が倒しはしたが、反対に逃げた朗音さんにも、〈SISI〉が襲いかかり――郎音さんへと擬態をした。
「それが……お前だ!」
僕はナイフで自分の腹部に傷を付ける。
鋭い刃の先に付着した液体が、僕の思い通りに姿を変えて、赤黒く変貌した刃渡りになる。今、現在、僕の〈虎鉄〉は日本刀程度の長さ。
僕はそいつで朗音さんだったモノに走り込む。
「許せない……っ!」
間合いに入り、大きな踏み込みと共に袈裟を切るように、斜めに刀を降り下ろした。
「おいおい、この程度で局長かよ」
笑わせるねぇと、笑う朗音さん。
「ああ。今ここで朗音さんを倒さなきゃ……真依さんは」
沖田さんと僕が出した真依さんの能力の仮定。
〈SISI〉の擬態をも見破れるその力は、レーダとしても効力を発揮するのではないのか。
その結果が、気分の悪さとして現れる。
一定以上の距離に近づくと感じ取れる。
真依さんが体調不良を訴えたのは朗音さんがいた時。
こんな誰もいない場所で、その症状が起こった。
「だから、ここで倒さないと、真依さんは苦しむ」
そして触れれば擬態を破る。
いくら擬態を破っても真依さんの力じゃ〈SISI〉には挑めない。ただの女の子だ。
「もう、お前たちは普通の家族にはなれない」
「あ、何言ってんだ。お前はよぉ! 元々こいつらは家族じゃねえんだ!」
下半身を蛇のようなしなやかな筋力を持つ曲線に変化させ、その長い尾を僕に向かって叩きつける。
「……っ」
刃で受け止めるが、〈SISI〉の持つ圧倒的な力に地面から足が離れ、飛ばされてしまう。
くるくると空中で威力を殺して地面に着地する。
「くっ。どういう意味だ?」
「ああ、こいら通津なんて苗字を名乗ってるが、聞いて驚け、なんと五つ目の苗字だ」
「はっ?」
「しかも、今の親は酷いみたいでよぉ。その妹も大変みたいだぜ? 性欲の捌け口に去れそうになってるのを俺が助けてやったりさぁ!」
そう笑う〈SISI〉は郎音さんの姿に変化していた。
父親に犯されそうになった。
だから、そんな記憶を消したくて、通津と呼ばれるのを嫌ったのか。
「なんなら、今度は俺が襲っちゃったりしてなぁ。あいつどんな顔するのかねぇ」
いやらしく笑う郎音さん。それはもう兄の顔ではなく――どんなに見た目が同じだろうと、今の郎音さんは化け物だ。
「黙れ……!」
〈SISI〉は真依さんの能力を知らないから普通に戻ってきたんだろう。
実際に真依さんの力を体験させても良かったけど、自分の兄が擬態とは言えこんな怪人になった姿を見せられない。
だから、沖田さんに頼んで時間稼ぎをして貰っていた。
「しかも、母親も血は繋がってないらしいな。おもしれぇー」
真依さんに、〈SISI〉へと変わった郎音さんをどう伝えるか迷うが、それはこいつを倒してからでもいい。
「お前は――許さない」
僕を拾ってくれた恩は返す。
こんな化け物を、近くに置いて置けない。
例えそれが、唯一血のつながった兄であろうと――こいつはもう、違う。
「おおおおおぉおおおおおおおっ!」
僕はもう一度自分の腹部に刃を突き立てた。
〈虎鉄〉は本来、相手の血液を自信の力に変える能力。
相手が多ければどんどん力を増やしていくが、今回のように自分と同等の戦力の相手とのタイマンは部が悪い。
自分の血液を使えば、被害は最小限とは言えど、怪我を負うし、その体で互角の相手に挑まなければいけない。ライバルにハンデを背負って挑むようなものだが、間合いを伸ばすには、血液が必要。だいたい、それくらいのハンデは望まなくとも――僕は覚悟はしていた。
生まれてきたときから貧乏で、まっとうな若者になれなかった僕は――こんな傷をハンデだとも思わない。
「はっ!!」
僕は鞭のようにしならせた血刃を朗音さんへと走らせる。皮肉にもその血液は蛇のように地面を這っていく。
「いまだ!」
僕は朗音さんの足元で件を振り上げる。動きに会わせて地を這う赤い蛇が直線に、朗音さんの顔を目掛けて羽上がった。
「あぶねぇ!」
流石は軟体の生物。
あり得ない角度まで上半身を反らして攻撃を交わした。
「おいおい、可愛い顔して酷いことするじゃん」
「ええ。これが仕事ですから」
「仕事とか、つまんねえ事言うなってぇの!」
地面すれすれまで剃らした上半身。
それを起き上がらせる反動を利用して、僕が〈虎鉄〉でやったように空を這わした。
「いや、ちょっと……」
朗音さんが伸ばしたものは顔。日本に伝わる妖怪、ろくろ首のごとくに自在に首を伸ばしている。
「しかも、俺の牙には毒があるぜぇ!」
飛んでくる顔は僕に向かって話しかけるが、蛇の鱗に覆われた朗音さんの顔はなんだか面白くて、笑いながら僕は回避する。
「なに笑ってんだ」
一本の木を砕いた。
首の長さを戻しながら僕を睨む。
「いえ、なんだか面白いな。と、思いまして」
「面白い?」
「ええ。きっと朗音さんならこの状況でも笑うんだろうなと思ったら、僕も釣られてしまって」
あの人は本当に尊敬してしまうくらいに、トラブルが好きだった。だって〈SISI〉の恐怖を知りながら、平然と二手に別れるのを提案できてたし、写真を撮る余裕さえあった。
だから、自分が〈SISI〉になっても「スクープだ」とか言ってるんだろうな。
「面白いのに……悲しいんだよ」
僕は次の一撃で勝負を決めるべく――ナイフを握り直す。
「あっそ、俺は何も感じないねぇ。なんだったら、お前を倒して、こいつが溺愛してた妹でも殺しに行きたいくらいだ」
「それは無理だよ。お前はここで僕に負けるんだから」
僕は刀を降りながら、自分の能力を解除した。
液体に戻った血液は、細かなしぶきとなって、空中に散乱と浮かぶ。
「終わりだよ……」
一点集中の攻撃が聞かないならば、全方位から無数に伸ばせばいいだけ。
どんなに軟体だろうと、雨を避けきれる生物は存在しない。
「があ!」
血の雨。
飛沫からそれぞれに伸びた血液は、美しい赤き棘のように朗音さんへと咲き誇る。
「これでまた……平和になったよ」
僕はこんどこそ完全に能力を解除させ、蒸発していく朗音さんを見ていた。
跡形もなく消えていく朗音さん。
今日の朝までは全然何ともなかったのに、こうも簡単に命を奪われる。
〈新撰組〉を知ろうとしただけだっただろう。
好奇心を満たそうとしただけだったのに、僕はそっと両手を合わせた。
この祈りは朗音さんと〈SISI〉にささぐ。
「はは、なーに祈ってんの、局長」
「……沖田さん」
「あの子は〈新撰組〉の本部に置いてきたから、これからどうするかは好きにしなよ」
「はい……」
僕はもう一度振り替える。
体は溶けて消えるが、朗音さんの持ち物であったカメラはその場に残っていた。
「……」
僕はそれを黙って拾い上げる。
「ほら、局長。早くいくよ!」
「いま行きます!」
僕はこれから――〈新撰組局長〉として生きていく。
島崎将太の名前を捨てて。
だから、今日が僕の誕生日だ。
「これ、プレゼントとして貰っていきますね」
今は亡き朗音さんの遺品であるカメラを持って僕は、自信がトップに立つ<新撰組>へと帰っていく。
真依さんのことや、今回の逃走でめんどくさそうだけど――もう逃げない。
そう思えるようになっただけ、僕は成長したのだ。




