第13話
「これが……握手会」
僕が目にした握手会会場。多くの女性たちが列を組んでうねうねと並ぶ姿は、まるで蛇だ。僕にとっては〈SISI〉が擬態した蛇よりも恐ろしく感じる。
「やっぱ凄い人気だね」
「はい。まさかここまでとは」
沖田さんはアイドルなんてやってる変わり者だと思っていた。
〈新撰組〉にとってエンターテイメントは限られていて、実際に沖田さんがTVや雑誌で活躍しているのを見たことはなかった。CDだって沖田さんが配らなければ、僕たちの元へと届くことはない。
先代局長はそんな沖田さんを応援していたっけ。
「……」
近藤さんか。
僕がその名前を次いでるなんて、実感湧かないな。服の裏に隠されたナイフにそっとてを当てる。
これが〈虎鉄〉だったなんて。
まだ、確定した訳じゃない。沖田さんの嘘かも知れない。
その話を確認するために、こうして沖田さんを待ってるんだ。
「どうする? CD一枚で握手会。三枚でツーショ券みたいだよ?」
「ツーショ?」
なんだそれは?
二本の短剣かなんかかな?
ツーショートソード。
略してツーショ剣。
「そんな危険なモノをもらってうれしいんですかね?」
「いや、そんな危険じゃないと思う。あ、でも隣にあんなイケメンが並んだら、自分の醜さが分かるって意味では危険かもね」
「醜さ?」
「そ、私は撮りたいとは思わないけど」
ツーショットで写真を撮れる特典との事だった。CD3枚、金額にして約4000円との事。
同じCDなので中身は一緒。
しかし、特典のために買う人が多いらしい。
真依さんはアイドル等の趣味は無いらしいが、僕はその気持ちが分からなくもない。
憧れの存在にお金を払うことで会えるんだもん。
むしろシステム的には素晴らしいと思う。
「ま、買うなら付き合うけど?」
「うーん。僕も遠慮しておきます。他の人ならともかく、沖田さんにお金を払ってまで触ってほしくないですから」
「〈新撰組〉同士だしねー。けど、君……本当に〈新撰組〉なの?」
「そこ、疑います?」
とは言っても証明できるものはない。唯一あるとすれば〈誠〉。でも、流石にここでナイフを取り出せないか。
「あの沖田さんと知り合いだってだけで、十分証明になると思うんですが?」
「でも、本当に知り合い?」
そうか、真依さんは沖田さんを見ていないから信じられないみたいだ。
「知り合いです」
「へぇー」
一応、部下だった経験もある。
「で、握手会に参加しないのに、なんでここに来たの? だったらゆっくり買い物してれば良かったじゃない」
「ただ、〈新撰組〉の仕事じゃなくて、アイドルとして働いてる沖田さんを見てみたかったんです」
そして、沖田さんを生きる糧としている人々。列で並んでいる人々はみんな嬉しそうだった。
僕は〈SISI〉から笑顔を守ることはできても、沖田さんのように人々に笑顔は与えられない。
無力だ。
だから――逃げた。
逃げて見たかった。
守っていた世界を――守るべき世界を。今ならはっきりと、自分の思いが分かる。
「おーい、二階から握手してる場所見えるみたいだよ?」
「あ、本当ですね」
二回のエスカレータ横で何人かが集まって下を除き込んでいた。表情などは見にくいけど、沖田さんがどんな感じで仕事をしているのかは見れる。
続けるかどうか。
□
「いやー待たせてごめんね――局長」
「別にいいですよ」
キャンピングカーの中。
車内でなら誰かに話を聞かれる心配もないだろう。
「それで、まずは何から話そうか」
あれだけ多くの人と接したと言うのに、疲れを見せない沖田さん。さすがのプロ、慣れていると片付けてしまえば早いのだろうが、その精神力は素直に驚嘆するばかりだ。
車内に備え付けられている椅子はふかふかとしていて、座席を動かせばベットにもなるタイプのものだった。
中心におかれたテーブルには真依さんがいれてくれたコーヒーと、茶菓子。
「仕事の後は、甘いものだよね」
と、お菓子に手を伸ばす沖田さん。僕はそんないつもと変わらない沖田さんに向かって聞いた。
先代局長――〈三代目 近藤 勇〉は本当に死んだのかと。
「ははは、そ、死んじゃった」
局長が死んだと言うのに軽い沖田さん。僕は自分の尊敬すべく隊長がバカにされた気がして、睨み付ける。
「そんな顔しないでよ。すぐ人が死ぬから名前を継いで、影響ないようなシステムになってるんだからさ〈新撰組〉は」
「でも……」
「僕だって何人も隊士が死ぬのを見てきた。それが局長だろうと差別はしない――君は違うの?」
「それは、そうですけど」
「大体、局長が死んだのは君のせいなんだよ?」
「そう……ですか」
「驚かないの?」
「うすうすは気付いてましたから」
だからこそ一番に知っておきたかった。
「――先代が死んだ状況を教えてくれませんか?」
「うん、いいよ」
僕の目的。
局長の死の状況を知る事で――沖田さんが教えてくれた局長の最後と自分の経験を会わせるとその現状がはっきりと浮かび上がった。
〈新撰組〉から逃げた三日前。
僕はとある事件を追っていた。
その日は雨の強い夜だった。
〈金門の戦〉と同等として扱われている〈SISI〉の異常発生に終われていた〈新撰組〉。その時の僕は、そこまで非常事態とは思っても居なかったけど。
しかし、考えれば分かることだった。
普段は情報やデータを集め集計、解析する僕たち本部隊にも、出陣命令が出された。
出陣命令とは言っても、僕一人でも倒せた森の中の蛇とかそういった下級の相手で、数人で行動すれば楽な命令だった。
だけど――その〈SISI〉は短期間で成長し、人と獣の姿を併せ持った化け物へと姿を変えていた。
怪人。
隊士の誰かがそう呼んだ。
それでも、5人いれば勝てない相手ではないと、僕たちは判断した。判断してしまった。
上級を相手にするときは隊長がいなければダメなのに、どれだけ上級が危険なのか分かっていたのに。
所詮データでしか知らなかった。
実際の経験と違うと知ったのは、最初に斬りかかった隊士が死んでからだ。
〈誠〉に能力が付加されるのは一部の隊士。
技術や維持費の問題、巨大な力を多く持たせたくない、管理できないから。だから、その場にいた僕以外の隊士は普通の〈誠〉しか持っていなかった。
〈虎鉄〉のように武器に名前が付けられていない。ただの刀。
自分の〈誠〉の名前は知らされていなかったけど、名は〈虎鉄〉だった。
「なあ、お前、能力がある〈誠〉を持ってるんだろ、あいつ殺してくれよ!」
僕にすがり付く隊士は、仲間を一人殺され取り乱してしまっていた。
「え、でも……」
勝てない場合は撤退しろ。
局長はそう言って僕たちを送り出した。一人犠牲になった以上、引き返すのが最善であるのは間違いない。
「ここで殺せなかったら、また俺たち馬鹿にされるぞ! お荷物だって」
「そうだけど……」
現場に出ない僕たちを、ほとんどの隊士は下に見ている。
「逆に上級倒せば、全員見直すぜ!」
それがその隊士の最後の言葉。
僕から離れて自らの〈誠〉を抜き、勢いよく怪人へと走り込んだ。
「あ、ああ」
ブンっ。
そんな軽さで怪人が右手で手を振るった。
「うあぁっ!」
それだけの事で、身体が綺麗に二つにへと引き裂かれた隊士。残った二人も刀を抜いた。
だが、それは無駄な行為でしかない。
混乱してるのは分かる。でも、自分から挑むなんて……。
その光景を覚めた目で見ていた。
そういえば、彼らの名前覚えていな。
真っ先に挑んだ隊士。
二つに引き裂かれた彼。
そして刀を抜いて震えて動けない二人。
いくら、個人での仕事が多い本部とはいえ名前くらいは覚えておくべきだったな。
「撤退しよう」
僕は震える二人に告げた。
「で、でも、なんか上手く体が……」
「お、俺も」
初めての現場。その緊張感に体の自由すらも奪われているのか。
「いいから、撤退だ」
僕は二人を必死に説得するが、涙を流して、
「お前だけでも逃げて報告を……」
二人の隊士は――最後まで〈新選組〉だった。
いつのまに〈SISI〉が近づいたのだろう。
動いた気配もなく、刀を構える隊士の頭に手を翳す。
風船が割れるような音と共に隊士達の首が破裂する。吹き飛んだ肉飛沫血飛沫が僕の体に付着した。
「あ、あぁあああああ!」
今までに知り得なかった〈SISI〉の恐怖。
僕は逃げた。
みっともなく転びそうになりながら、背後にいる怪人と呼ぶにふさわしい無機質な殺意から僕は一人逃げたのだ。
戦う力がありながら、仲間を犠牲にして僕は逃げた。
「…………」
「へー、そんな事があったんだ。で、その場に駆けつけた近藤さんが相討ちしたと」
沖田さんいわく、その場に向かったの近藤さんだけだった。
「馬鹿だよね。〈誠〉を君に託してるんだから、一人で勝てるわけないのにね~」
沖田さんはカップに手を取り笑いながら話す。
笑って話せる内容ではないにも関わらずにだ……。
だからこそ、〈沖田 総司〉として、〈新撰組〉の異端児として行きのこって要られるのかもしれない。
「やっぱ、僕に追ってが来なかったのは――僕が局長だから?」
「うん、まあそれもあるんだけど……。どっちかって言えば、君を試した意味が強いかな」
「試す?」
「まあ、有り体に言えば、戻ってくるかどうかだね。戦う意思のないものがトップにいても意味ないから」
「なるほど……」
「でも、君は彼女を守るために〈新撰組〉に戻ろうとしたでしょ? だから手助けしたわけさ」
なんて、居合わせたのは本当に偶然だけどね。
そう締め括る沖田さん。
「じゃあ――僕は、局長の名を告げたんですか?」
「そ、君は〈四代目 近藤 勇〉にふさわしい男だ。本部に戻れば分かるんじゃない」
「僕が……」
「いやー凄いね、局長。今、18歳だっけ? 僕は10歳で隊長になったけど、20歳になった今も隊長として健在だけど、異例の出世だね。本当僕には及ばないけど」
「……別に出世なんてしたくないですけど」
家族が生活できるお金が貰えればそれで良かったのに。どうして簡単な願いが叶わないのだろう。
僕はそんな暗い思いをコーヒで飲み込む。
苦い。
「僕からもひとつ質問いいかな?」
沖田さんがちらりと、運転席にいる真依さんを見る。朗音さんが待っているであろう場所へ帰っている。
僕もキャンプしてみたいと沖田さんも着いてきたのだった。どこか人がいない場所で話したかったので、車の中は好都合ではある。
「彼女……なにものなの?」
「それ、僕も聞こうと思ってたんですけど」
沖田さんも知らないとなると――真依さんはよほど異例の存在か。
「〈SISI〉の擬態を見破る能力……。〈新撰組〉が長らく欲していたものだよね」
「ええ。それが影響してるのか分からないんですけど……時々気分が悪くなるらしいんです」
「なるほどねぇ……ちょっと、今日一日の彼女の様子を教えてくれないかな?」
「はい。いいですけど」
気分が悪くなると真依さんは遊ぶことで発散させると言うので、あのショッピングモールへと訪れて、ええと、お昼にラーメン食べて、カラオケ行って沖田さんの歌を歌った事を教えた。
「やめてよ、照れるじゃないか」
照れるならCD配らなければいいのに。だが、本当に照れているのか、やめてやめてと、後頭部を擦るのだった。
「で、カラオケが終わってからまた、急に苦しみだしたでので、背おって運んでたら、あの状況になったんです」
「よせ、よせ、照れるからやめてよ~」
「そんなこと言ってないですから、真面目に聞いてください!」
いつまで照れているんだ。
その話はもう終わってるんだけども?
「なんだよ~。別にいいじゃん」
「結構、真面目に聞いてるんですけどね」
「うーん、話聞いてもよくわからなかったんだよねー」
「でしょうね。当事者の僕も良く分かってないんですから――でも、それでも、〈新撰組〉としては彼女が欲しいんでしょうね」
「まあ、それは当然」
彼女をなんとしても欲しがるだろう。
「そこを沖田さんの力でなんとかならないですかね?」
「僕より、局長が言った方が効果あるでしょ」
「あ、そっか、そうですよね。なんたって局長ですから」
「だね。一番隊組長の僕より偉いんだもん……。ま、でも流石に僕は土方さんや山南さんに文句は言えないね」
「山南さん?」
土方さんはともかく、山南さんはかなり優しいから、話せばわかってくれると思う。
「その内分かるよ」
「はあ」
「それで、君の話を聞いて思ったんだけどさ――多分局長も気づいていると思うんだけどさ」
と、沖田さんは切り出した。
それは僕も薄々と考えていた、真依さんの特性だった。




