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80 急襲

 ――それは突然だった。


 心配されたミカゲからエミリオへの接触もなく、一旦の期限となる騎士クラスとの交流も最後となったその日。シオンたちは二週間の間共に学んだ騎士クラスの生徒たちの前に立ち、それぞれ感謝の言葉を述べていた。


 湿気を帯びた生暖かい一陣の風が吹きぬけ、その不快さに眉を寄せた次の瞬間、目の前に広がる光景にシオンは目を見開く。


「ここ、どこ……」

「わからない。だが先ほどの風に力を感じた。遠く切り離された場所であることは間違いないだろう」


 次の瞬間、ぶわりと溢れ出した力への総毛立つ不快感に眉を寄せる。

 それは最近まで身近に感じていた魔力に間違いないが、何かとても嫌な感じがしてシオンはふるりと体を震わせた。そんなシオンを庇うように見慣れた背中が前に出る。

 力は密度を増し次第に黒い影へと形を変え、その繭玉のような闇からゆったりと一人の女性が歩み出た。青白い肌に生気は感じられず、足首まで届く細身の漆黒のドレスは喪服を思わせる。


「あら。私はシオンだけを呼んだつもりだったのだけど」

「……ミカゲ?」


 どこか歪んだ笑みを浮かべた目の前の女性は、雰囲気はがらりと変わっているが確かにミカゲだった。

 ミカゲは肩にかかる髪を払い、鬱陶しげに眼を細める。


 バチリ、と音がして目の前で金の髪が揺れた。


「あら。受け止められるとは思わなかったわ。さすが王子様、といったところかしら」

「はっ、さすがにいきなり攻撃されるとは思ってなかったんだが……アルヴォの言っていた通りになるとはな」


 クリスはミカゲに答えながら警戒しつつシオンの様子を伺えば、シオンは信じられないといわんばかりに目を見開き茫然とした様子だった。

 クリスは視線はミカゲに向けたまま、背中のシオンを庇うように触れはしない程度に後ろへと手を伸ばす。その腕に触れた手に体温ではない生暖かいものを感じ、シオンはビクリと体を震わせた。


「シオン、落ち着け」

「わかってる。でも……」

「こういう事態を想定していなかったわけじゃない。いいか? 様子を見ながら時間を稼ぐんだ。そうすれば――」


 クリスは自身の動揺などは微塵も見せず、平静を保った声色で告げる。


「あー、もう。ボソボソ内緒話するのやめてもらえる? どうせ何しても今のあなたたちじゃ私には勝てないんだから」


 心底嫌そうに顔を歪めたミカゲがゆっくりと右手をシオンたちに翳すと、その手のひらから途端にに黒い炎が巻き起こりミカゲの腕に絡みついた。

 巻きついた炎は黒い龍のような形になり、大きくその口を開きシオンたちを威嚇する。


「ねえ王子様。あなたのその力、本当にあなたの力なの?」

「当然だ。なぜそんなことを聞くのか、その意図が解りかねるな」

「だってあの人の……アルヴォの言っていたことと違うんだもの」


 ミカゲの質問にシオンは首を傾げた。クリスも即答したがやはりその意図はわかっていないようだ。

 一方ミカゲは右腕に巻きつく炎の龍を撫でながら、目を伏せ気だるげに息を吐く。


「あなたがその力に目覚めたのは五歳の時。でも本来ならその力の発現はあなたが産まれた時からか、シオンが力を発現した時のはずなのよね」

「何故だ?」

「光と闇は対の力。力は産まれつきもしくは対の力が産まれた時にのみ発現するの。シオンの闇の魔力は三歳の時に発現したのだから、あなたの力が発現するならそれは四歳の時のはずなのよ」

「――仮にそうだとしても、俺の対がシオンではない別人で姿を現していないだけかもしれないだろう」

「確かにないとは言い切れないけれど、闇の属性を持つ人間は二百年の間一人も確認されなかったんだから、その言い訳はちょっと苦しいんじゃないかしら」


 ミカゲは顎に人差し指を当て、妖艶笑みを浮かべながら小さく首を傾げる。クリスは特に焦る様子も見せず淡々と答えているが、シオンは逆にクリスの落ち着いた様子がひっかかった。

 ミカゲが言っていることはシオンにとって初耳で驚きを隠せない話だが、クリスはさほど驚いてはいないようだ。


「その様子だと知っていたみたいね。そしてその不自然な力の発現……勇者が二百年前に消えたことにアヴァロンも絡んでいるんじゃない?」

「え……!?」

「キャメロットが滅んだ陰に勇者の姿があったことはわかったわ。けれどアヴァロンに戻った後、その消息は途絶えていた。もちろん私も」


 ミカゲの口調は尋ねるものだったが、確信を持って尋ねているようだった。

 思わず声を上げたシオンを制し、クリスはゆったりと歩み寄るミカゲを遮るように一歩前に出る。


「シオンとゆっくり話をしたかったんだけど、今アルヴォの仇を討たせてもらおうかしら。隠してるキャメロット王家の人間のことはアヴァロン王に直接聞けばいいだけよね」

「俺がシオンの力の対だったらどうするんだ? 対というからには揃っていないと不都合があるんじゃないのか?」

「あら。確かに力は暴走するけれどすぐ死ぬわけでもないし。ちょっと難しいけれど、死ぬ前に力を制御できるようになれば問題ないわ」


 ミカゲの言葉に言葉にシオンは耳を疑った。

 当時を見てきたわけではないのでシオンの聞いている話とミカゲの話のどちらが真実なのかはわからない。だがミカゲはクリスの命を奪おうとしているのは間違いなかった。


(ミカゲを止めないと!)


 ミカゲが炎の龍にキスを落とすとその魔力の強さも大きさも膨れ上がり、禍々しさがさらに増す。そんな龍を眺めてミガゲはうっとりとした笑みを浮かべた。そして笑みを浮かべたまま、身構えるシオンとクリスを振り返る。その笑顔は綺麗だが狂気じみたものだった。


「サヨウナラ、光の王子様」


 龍は伸ばされた腕から飛び出し、大きく口を開いて襲い掛かる。

 シオンは自身がすっと冷えるのを感じつつ、制するクリスの腕から抜け出しその前に立った。そして目前に迫る龍に向かって魔力を込めた右手を突き出す。

 シオンの手を龍が触れた瞬間、龍はその形を保てず霧散した。


「シオン」

「……大丈夫。無理はしてないよ」


 心配そうに自分を見る瞳にシオンはにっこりとほほ笑み、ミカゲは酷く驚いた様子で一歩後ずさった。


「どういうこと……? 私は王子様を倒せるだけの魔力は込めたはずなのに……」


 ぶるぶると震えながら自分の手を見下ろすミカゲにシオンは苦笑を浮かべる。


「ミカゲが教えてくれたんだよ? 光と闇の力は特に感情に左右されやすいからいつも冷静でいるように、って。今のミカゲはとても感情的で魔力が不安定だから、未熟な俺でも対処できるんだよ」

「――そう。シオン、あなたも私を否定するのね」


 シオンの言葉にミカゲは表情を消し、それまで溢れんばかりに高めていた魔力も消し去る。呟くように紡がれた声は酷く冷たかった。


「いつだってそう。私は、私の姿は呪われているだとか不幸を呼ぶのだとか言われ、何かあれば悪いのはすべて私のせい。あの人が現れるまで、私はいつだって悪役だった。シオンも私を悪者にしたいのね」

「違うよミカゲ! 俺は君が悪者だなんて思ってない!」

「あなたは私側の人間だと思っていたけれどそれは間違いだった。あなたはその王子側、光が当たる側の人間……」

「ミカゲ! 落ち着いて俺の話を……!」

「聞きたくないわ!」


 拒絶の言葉と共にミカゲから轟々と黒い霧と共に風が巻き上がる。

 荒ぶりうねる魔力はミカゲが扱えるとは思えないほどに強大で、シオンもクリスもこれはミカゲが存在するための魔力を削ってまでも生み出している魔力でありミカゲが抱える闇なのだと直感した。

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