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69 本質

 シオンとイェシオンは並べばその身長がほぼ一緒であることはわかる。だがシオンもイェシオンの正確な身長は知らない。


「ど、どうして身長を知っているのさ!?」

「国家権力でヨルに吐かせた。体重までは教えてくれなかったがな」


 ヨルは保険医なので検診の資料で知っていてもおかしくはない。王子の権力に負けはしたが、一応イェシオンは女の子なので体重については気を使ったという事なのだろう。シオンは知らないが、イェシオンはシオンの外見をそのまま具現化する幻術であり、外見もミカゲのアレンジにより髪の長さこそ違っているがその体重はグラム単位で一致している。

 シオンはクリスの腕から逃れようと顔を背けながらも視線だけはクリスに向けていたので、シオンの耳元から顔を離したクリスとシオンの視線がぶつかった。クリスはに満足げにその笑みを深くし、再びシオンとの距離を縮める。


(近いっ近いっ! 近すぎるっっ!!)


 クリスの前髪が頬に触れ、頬がかっと熱を帯びる。

 目の前には伏せられた碧い瞳。

 少しでも動けばクリスの形の良い唇に自分のそれが触れてしまいそうなほどに近い。


「俺が夏に会ったイェシオンは……シオン、お前だな」

「なっ!? そ、そんなことあるわけないじゃないか!」

「何故だ? イェシオンとあの時俺が会ったイェシオンは別人。ならばあの時あの場にいたシオンがイェシオンのふりをしていたと考えるのが一番自然だろう」

「でも……」

「あれから調べてみたんだ。イェシオンの事を。

 ……マルツェッラに何年も住んでいるはずのイェシオンを見かけたことがある人間は一人も見つからなかった。フォートン邸に出入りのあった業者に尋ねてみても答えは同じ」


 確かにフォートン卿の屋敷に使える人間には口止めがされているが、それ以外には口止めどころかイェシオンが滞在しているということ自体が公にされていない。そもそもイェシオンという人間はいないのだから見たことがないというのは当然だ。


「誰も見たことがないんだ。イェシオンがそこにいなかったと考えるのが妥当だろう?」

「病弱だから部屋に引き籠ってただけだよ」

「何年も誰もその姿を見られることなく?」


 近すぎるクリスの顔を少しでも押しのけようとぐっと力の込められたシオンの腕は、それまでシオンの顔に添えられていたクリスの腕にあっさりと捉えられる。

 振りほどこうにも本来の力の差に加え、力の入れづらい体勢であったためにどうすることもできず、シオンにできたことは睨むような視線をクリスに向けることだけ。


「イェシオンがあの場にいないことを隠すために、俺たちが訪ねるとわかったお前がイェシオンとして出迎えた」

「違っ……」

「それにまだ隠していることがあるんじゃないか?」

「……え? 隠している事なんてもうないよ!?」


 シオンのその言葉は言外に自分がイェシオンのふりをしていたと認めたようなものだが、近すぎる距離への極度の緊張と思いもしなかったクリスの指摘に正常な思考は消え、どうしようという考えだけがぐるぐると頭を巡っていた。


「俺が探しているイェシオンはどっちなんだろうな……」


 少しだけうつむき加減でぼそりと小さく呟かれたその言葉は、シオンの耳に届くことはなく溶けて消えてた。

 顔を上げたクリスは真っ赤になってぶつぶつと呟くシオンの様子に小さく噴き出し、ぎゅっとシオンを抱きしめる。しかし残念ながらいろいろ限界だったシオンは、ぷしゅー、と顔から湯気がでるんじゃないかというほど真っ赤になるばかりで、抱きしめられていることに気づいてはいなかった。


 シオンを正気に戻したのは突如部屋の中を吹き抜けた一陣の風。

 風は部屋の中心から鍵のかかっていなかった窓をこじ開けるようにして外へと吹き抜けていく。その際キャビネットの上の写真立てが倒れたりしたが、強い風が吹き抜けたというのに被害は微々たるものだった。

 そして次の瞬間、ごつ、という固い音と共にシオンの圧迫感が消え去りほっと息をつく。


「そこまでだ。色ボケ王子」

「……ぐっ、またか……」


 シオンが瞬きして見上げた先には氷点下を纏ったユージンが立っていた。その足元には頭を押さえてクリスが呻いている。


「大丈夫か?」

「う、うん」


 シオンの目の前にユージンの差し出され、その手を借りて立ち上がる。

 頭を押さえながらも顔を上げたクリスはシオンと目が合うと、にやりとした笑みを浮かべた。その瞬間、クリスが離れる直前耳の後ろに触れた暖かい感触を思い出し、シオンの顔には再び熱が集る。

 その様子にユージンは眉間に深い皺を刻んだが、何かを振り払うように頭を左右に振るとすぐに普段の無表情ともいえる顔へと戻っていた。


「イェシオンの事が知りたいにしても、もう少し聞き方というものを考えろ」

「いや、俺は……」

「言い訳は必要ない。それよりも、お前に聞きたいことがある」

「何だ?」


 ユージンはシオンの机に教科書などと一緒に立てられている一冊の本に視線を止める。それは以前ユージンが城の研究所に保管されていたものを、クリスの名を使い三日間という期限で借りてきたものだ。


「この本の返却はどうなっている? クリスに三日後には城に返却するように頼んでおいたはずだが」

「それなら問題ない。ちゃんと研究所の許可を得ている」


 その言葉にユージンの目がすっと細められる。

 立ち上がって服を整えるクリスに、ユージンは訝しむように眉根を寄せた。


「お前が貸出の延長の許可を取りに行ったのか?」

「いや、向こうから言ってきたんだ」

「……城の研究者が?」

「学園に忍び込んできたアルヴォにだ」

「お前はそれを不思議に思わなかったのか?」

「――思わないわけがないだろう」


 アルヴォは先日みんなで外出したときに出会った、あの派手で忍ぶ気などなさそうな忍装束の青年の名前だ。ランスの話では謎の多い優秀な諜報員らしい。

 腕を組み難しそうな顔で眉根を寄せる二人を、少しだけ距離を置いてシオンは静かに眺めていた。

 先ほどまでの激しい動機はやっと落ち着きを取り戻し、顔に触れてみると先ほどよりは熱も引いたようでほっと息をつく。力では男である友人たちに到底かなわないことを頭ではわかっていたが、改めて見せつけられたようで悔しく、そして悲しかった。

 思考にふける二人は、シオンのそんな心の内など知る由もない。


「アルヴォが関わるとろくな事にならない」

「それについては同感だ。しかも今回はシオンに関することなのだろう?」

「だろうな。確かあの時は……

『若様が借りた本なんですけど、ちゃんと管理してもらえるならしばらく持っていてもらって構わないそうですよ。できれば城で一緒に研究して欲しいような感じでしたけど。

 つまり実験体にしたいってことですよね。そんなことしたら怒り狂ったアロルドさんが何するかわかりませんよねぇ。そんなことにならないためにも若様のペアさんが闇属性であることを必要以上に知られない方がいいですよー』

 ……という感じだったな」


 ご丁寧にアルヴォの口真似をするクリスにシオンは乾いた笑みを浮かべた。

 口真似は普段のクリスからは信じられないほどに上手かったのだが、如何せん真面目な顔でやられると違和感が半端ない。しかしユージンはそのことは全く気になってはいないようだ。


「アルヴォがシオンのことを隠せと言っていた?」

「まぁ実際シオンの事――闇属性の生のことは箝口令がしかれているからな。城でも一部の人間しか知らないことだ」

「知識のない人間には闇属性と魔王が同一視されているから、か」

「は?」


 確かにミカゲに属性の事を隠した方がいいと言われ、後日ロナルドに尋ねてみたのだが、「属性を確認した日のうちに、生徒たちには外部には漏らさないようにと通達がいっていますよ。まさかファーカシス君……当人である君が知らないとは……」との回答があったのは記憶に新しい。

 あの時は王子のペアになった事実におろおろするばかりで、その後のロナルドの話を聞き流してしまっていたのだ。


 シオンは学園内では好奇の目を向けられることはあったが、外に出たときは特にそれを感じることもなかった。伝説の中でしか出てこないような闇属性をもつ人間が現れたとあればどれだけ注目を集めても不思議ではないはずなのに。

 入学以前はずっと属性も魔力の事すら隠すようにして引き篭もっていたので、自分の属性を知っていたのは家族とティカのみでその態度が当然のように感じてそのことに鈍感になりすぎていたのだ。


(まさか、世間に知られたら怪しい研究所でモルモットにされるとか、誘拐されて見世物小屋とかに売り飛ばされるとか!?)


 自分の頭の中に浮かんでくる悪い事態にシオンは狼狽える。しかし最後に浮かんだ最悪の事態に息を飲んだ。


(――第二の魔王?)


 闇属性は存在すら確認されていない未知の属性であり、その闇という響きから人々の想像を掻き立て、その想像がたどりついた先が魔王だとしても不思議ではない。記録に残るもう闇属性を持つ者は、一人は勇者の従者でもう一人が魔王だが実際二者は同一の存在だ。



 突然闇に突き落とされたかのようにシオンの目の前が真っ暗になり、はっとして振り返ったシオンに闇と同じ色の蔦が襲い掛かる。逃げてもその距離が開くことはなく、蔦の一本がシオンの腕に絡みつく。


「!!」


 魔力を込めて腕を振るってみても魔力が霧散して効力を発揮することはなく、次々に襲いくる蔦に手足が拘束されていく。シオンが身動きが取れなくなった頃、目の前にぽっかりとスクリーンのような空間が開けた。

 そこに映し出されたのは数人の後姿。誰かはわからないのに大切な人であることだけはわかった。しかしその大切な人の姿は遠ざかり、霧がかかったように見えなくなっていく。

 追いかけたくても手を伸ばしたくても身動きの取れない体。姿が見えづらくなるほどに強くなる喪失感。

 もがけばもがくほど強く締め付ける蔦にシオンは息をするままならなくなり、その光景に見ていることしかできなかった。



「シオン」


 シオンは名前を呼ばれ、びくりと体を震わせた。呼ぶその声は優しげであるのに何故か体が震えが止まらない。先ほど見た光景が何であるのかシオンにはわからないのに視界が霞む。


「お、俺魔王になるの? ――ミカゲみたいに?」


 ぐるぐると色々な感情が頭を巡り自分の思考が正常でないことは感じていても、溢れるような感情を抑えることがシオンにはできなかった。同時に視界の淵に溜まっていたものが零れ落ちる。


「……っく!」


 シオンは叫びたくなるのを抑え、ごしごしと袖で流れ落ちたものを拭う。大切な人を失うという喪失感がシオンを酷く混乱させていた。

 力任せにこすっていた腕をやんわりと何かが制すと同時に、ふわり、と何かがシオンを包み込み、子供をあやす様に背中をさする。

 それだけで不思議とぐちゃぐちゃした感情が洗い流されるように消えていき、次第に高ぶっていた感情が落ち着きを取り戻してくると、シオンは自分の置かれた状況を理解し、自分たちを見守る視線に――穴を掘ってでも埋まりたかった。

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