68 秘密
イェシオンは療養のためしばらく実家に戻ることとなった。
倒れてすぐ医務室に運ばれたイェシオンは体のどこにも異常は見られず、ただ何らかの理由により意識が戻らない状態だという診断を受けたからだ。連絡を受けたシオンとリオルは医務室へと駆け付けていた。ちなみにこの部屋の主であるはずの保険医のヨルは、報告書がどうのと半泣きでこの場を後にしている。
「兄さん、俺も一緒に行くよ」
「いや、その必要はない。恐らくこれはミカゲの抜け殻……恐らく幻術ではないがそれに連なる魔法で作り出されたものであって人形のようなものだろう。連れて帰るというのもイェシオンを詳しく調べられると困るからだし、俺が連れて帰るのは父上たちに状況を説明するためだ。
俺はあちらで確認したいことがあって近々帰るつもりだったから、予定より少し早く帰るだけだから都合がいいんだよ」
「確かに、俺じゃうまく説明できないだろうけど……」
「それにシオンにはミカゲから何か連絡があるかもしれないだろう? 連絡があったら俺にも教えてほしいんだ」
「……うん」
校医は精神的な問題ではないかと言っていたが、実際は目の前のベッドで寝かされているイェシオンが人形のようなものだということに間違いないだろう。医者の目すら欺くほどの魔法に感心すると同時に恐ろしくもある。
リオルの言うように現状を説明するのもリオルのほうが的確に伝えられるのは間違いないし、家に戻ったところでできることが何もないことはシオンにもわかっている。
――わかるだけに、その現実が痛い。
リオルがイェシオンを抱えるようにして馬車に乗り込むのを見送る時も、シオンは無意識に握りしめる手に力を込めていた。
二人を見送って寮へと戻ると、シオンの部屋の前にシオンを出迎えるべく友人たちが集まっていた。
胸の上で手を組んだヴィオラが一歩前に出てシオンを見上げる。小さく震えるヴィオラに本当の事が言えないシオンは心苦しくて眉根を寄せ、その表情がヴィオラの心配を煽る結果となってしまったらしい。
「シオン、イェシオンは……」
「大丈夫だよ、ヴィオラ。異常はないけれど念のため実家に戻すだけだから。あ、お見舞いは向こうが落ち着くまで待ってくれるかな」
「もちろんですわ。落ち着いたら教えてくださいね」
「うん、心配かけてごめんね」
シオンは笑顔を心がけるが、眉尻は下がり少し困ったようなものになってしまう。その表情を友人たちはイェシオンの状況が芳しくないからだと受け取り、それ以上聞くことはせず少し早い夕食にシオンを誘った。
まだ人もまばらな食堂のすっかり定位置となった席。シオンとヴィオラを残してクリスとユージンとランスの三人が夕食を取りにカウンターへと向かう。
すぐに三人は湯気の上がるおいしそうな食事を手に戻ってきた。ユージンとランスが二人分の食事を、クリスが自分の食事と全員の飲み物を手にして。
「シオン、大丈夫か?」
「え? うん、大丈夫。ちょっと食欲はないけれど」
普段より口数も少なく、黙々と食事をするシオンを隣に座るクリスが覗き込む。シオンは間近で心配そうに揺れる碧の瞳に情けない顔をした自分が映るのに気づき、慌ててへらりと笑顔を作った。
「シオン……食欲はそれぐらいがちょうどいいんじゃないかと思うぞ」
「栄養失調で倒れるということはなさそうだな」
ランスが少々引き攣った笑顔ですっかり平らげられたシオンの食器を見、ユージンは視線を向けることすらなく咀嚼を続ける。
クリスとは反対側のシオンの隣に座るヴィオラはそれまで浮かべていた綺麗な笑みを消すとじっとシオンを見つめた。
「イェシオンならすぐに戻ってきますわ。私と約束しましたもの」
「約束?」
「ええ。今はまだ話せない秘密があるけれど、近いうちに教えてくれるのだと。イェシオンは約束を違えたりしませんもの」
「うん。そうだよね、ありがとうヴィオラ」
「いえ。それに頼りにならないとは思いますけれど、私も頼っていただければ……」
「頼るなら俺にだろう。俺がシオンのパートナーなのだからな」
ヴィオラの言葉に心から満面の笑みを浮かべるシオン。そして頬を染めるヴィオラに何故か対抗心を燃やすクリスをランスは生暖かい視線で見守っていた。
「ところでユージン。最近エミリオの姿を見かけないんだがどうしたのか?」
「実家の都合でちょっとな。だがそろそろ戻ってくるはずだ」
「そうか」
最初から女子生徒が一人であることはわかって転入してきたヴィオラだが、予想外にイェシオンという女子生徒が増え喜んでいたというのに急にそのイェシオンがいなくなってしまったのだからそのショックは十分大きいもののはずだ。
シオンは周りを見回し、タイプは違えど間違いなく男な彼らに囲まれるのだから外見だけでも可愛らしいエミリオがいるだけでも気持ちが楽になるのだろうと、エミリオが早く戻ってくることを願った。――自分の性別と中性的な外見であることはすっかり忘れて。
「……そういえば、イェシオンの秘密ってなんだろう」
「誰でも隠し事の一つや二つあるだろう」
「そうだな。シオンも俺に隠していることがあるんじゃないか?」
食後のお茶をすすりながら、誰に尋ねるでもなくぽつりとこぼしたシオンの言葉にユージンは当たり前だとばかりに答えカップに口をつける。
再びシオンを覗き込んだクリスはくっと口角を持ち上げた。シオンが隠し事をしていると確信しているかのようなクリスの態度にシオンは少し首を傾げた。
「俺がクリスに? あ、もしかしてこの前ヤケになって魔力を暴走させたの気づいた?」
「ほお……」
「――あれ、違った?」
「それも含めて今度じっくり話でもするか」
「え、嫌な予感しかしないから嫌」
「よし、今からシオンの部屋に行くぞ」
「嫌だっ!」
「そうかそうか、そんなに嬉しいか」
「じゃあ食器は俺が片づけておくから、ゆっくり話し合ってこい」
「ちょ、ランスの裏切り者っ!」
先ほどまでとは違う意味で涙目のシオンの腕をクリスが掴み、ずんずんと歩いていく。半ば引きずられるようにしてその場を後にするシオンをランスとヴィオラはにこやかに見送り、ユージンは小さく溜息をついて立ち上がった。
「俺も少し用事があるから先に戻る。ランスはヴィオラを部屋に送り届けてくれ」
「わかった。お前のカップも一緒に片づけるからそのままでいいぞ」
「すまないな」
「構わないって」
にっと笑ってランスがひらひらと手を振ると、ユージンも答えるように片手を上げて食堂を後にした。
ユージンが去った後、ランスはポットを片手にウィンクしてヴィオラに尋ねる。
「お茶をもう一杯、付き合ってもらえるか?」
「そうですわね。ありがたく頂戴いたしますわ」
同じ動作をクリスやユージンがすれば美形なことも相まって気障でしかないのだが、ランスがするそれは嫌味な部分がなくごく自然な動作だ。
特に会話があるわけでもなくゆったりとした時間が二人の間を流れる。食堂に他の生徒の姿が増えだしヴィオラのカップが空になった頃、ランスが口を開いた。
「シオンの様子見に行くか。クリスに絞られているだろうから」
「そうですわね」
その言葉にヴィオラは笑顔で答え、二人は食堂を後にした。
一方ランスたちが食堂でお茶を飲んでいる頃、シオンは部屋で鬼と対峙していた。
「で、お前は俺を鍛錬に付き合わせておきながら実際はやる気がなかったということか?」
「違うよ! どうしても上手くいかないから初心に戻ってみただけだよ」
「戻るなっ! お前の初心は暴走・爆発・無差別昏倒だろうが」
鬼――クリスの指摘にシオンは視線を泳がせた。
は――、とクリスが息を吐きシオンが慌てて視線を戻すと、蜂蜜色の前髪をかきあげ気だるげに細められたクリス瞳が揺れる。その瞬間、シオンはどきりと心臓が強く脈打つをの感じた。
(負けた……筋肉だとか男らしさは当然だけど、色気でも負けた……!)
「あ、いや、そこまで落ち込む必要はないぞ。シオンは学園に入る前は鍛錬できる状況じゃなかったようだからな」
がっくりと床に手をつくシオンにクリスが少し焦った様に慰めるが、筋肉と色気について落ち込んでいるだけだ。シオンはさすがにクリスに申し訳なく思い、大丈夫だと言う代わりにへらりと笑みを浮かべた。
「光属性は意図しなければ持続して影響するものが少ないからな。勇者の資料もあったから鍛錬もしやすかった。同じ希少属性とはいえ境遇が全然違うのだからな」
「……俺、もっと早くクリスと出会いたかったよ」
ぽつりと呟かれたシオンの言葉に一瞬クリスが息を飲む。
「安全装置があれば俺ももう少しまともに魔力をコントロールできたかもしれないのに」
「おい、誰が安全装置だ。
イェシオンは魔力がコントロールできてるようだな。お前たちは離れて暮らしていて一緒に鍛錬することができなかったんだったよな?」
「イ、イェシオンが俺よりずっと器用だったから……だよ」
シオンはびくりと動きを止め、ぎぎぎ、と音がしそうなぎこちない動きで顔を背ける。不自然すぎるその動作にクリスが眉をしかめたのは当然のことだった。
クリスは身を屈め、視線をシオンと同じ高さにしてゆっくりとその距離を縮めていく。
「なぁシオン。前から思っていたんだが――あのイェシオンは夏に俺が会ったイェシオンと別人だな?」
「…………え」
じりじりと近づくクリスから逃げるようにしてシオンが思わず後ずさると、さらにクリスは開いた距離を縮めていく。シオンはゆっくりと、だが確実に部屋の隅に追いやられていた。
「イェシオンの隠している事……シオン、お前も同じことやそれ以上に何かを俺たちに隠しているんじゃないのか?」
「別に……何も隠してなんか……」
伸ばされたクリスの右手がシオンの真後ろに迫っていた壁に伸ばされる。そしてクリスは空いた反対の手をシオンの耳元へと伸ばした。
「――知っているか? お前もイェシオンもこの耳の後ろ側に黒子がある。双子とはいえまったく同じ場所に同じ大きさの黒子。しかも同性でも多少の差があっても当然だというのに性別が違うはずのお前とイェシオンの身長はまったく一緒。偶然というには不自然すぎると思わないか?」
シオンの耳の後ろを確かめるように指でなぞり、覗き込むクリスの顔が近づき耳元に息がかかる。耳元で囁かれるように語られるクリスの言葉にシオンは冷たいものが背中を伝うのを感じた。




