67 制御
「どうしてここで煙がっ!?」
「加減が間違っているからです。僅かな魔力を練り上げると言ったのに、どうして練り上げながら魔力を圧縮してるんですか」
「うわっ! 爆発した!!」
「圧縮した魔力が弾けたんです」
シオンとイェシオンは秘密の特訓と称して訓練所を借り、建物内に二人きりで鍛錬をしていた。
ロナルドに訓練所の使用許可を取りに行ったのだが、一緒にその場にいたハワードが秘密の特訓という言葉にやたらと反応していたりしたのだが、結局シオンの実技の腕を一番よく知っているロナルドが被害の拡散を恐れて訓練所の使用を許可してくれたのだ。
ユージンやクリス、ランスにヴィオラは訓練所の外で二人の特訓が終わるのを待っているのだが、中から聞こえてくる二人の声や爆発音に四人は不安を隠せないでいた。
「――嫌な予感しかしないんだが」
「奇遇だな、同感だ」
「シオンの魔力が爆発するってことは、その場に俺たちがいたらかなり危険だな。まぁ、そのための二人だけでの特訓なんだろうけどな」
「シオンとイェシオンは大丈夫なのでしょうか……」
クリスとユージンの意見が珍しく一致したようだ。ランスは自分がその場にいた時のことを想像してぶるりと震え上がり、ヴィオラは中から聞こえてくる叫び声や爆発音に狼狽える。
「いくら細かいコントロールとはいえ、苦手というにもほどがあります」
「ううっ、面目ない」
「才能はあるはずなのに、まさかここまで不器用だとは……」
「うぐっ」
「とにかく、残りの時間は繊細なコントロールができるように練習しましょう」
「……はい……」
その後はそれまでのような大きな物音は外に届くことはなく、四人はシオンたちを心配しつつも雑談をしながらその時間を過ごす。それまではちょっとした会話ですら聞こえていたのにまったくと言っていいほど音が聞こえなくなったのだが、意識を集中してコントロールする訓練をしているのだからだろうと特に不審に思われることもなかったようだ。
一方訓練所の中ではイェシオンによって恒例となった黒いヴェールが張り巡らされ、イェシオンがジト目でシオンを見つめていた。
「この前は一回見ただけの魔法を扱えたのに、少しでも細かいコントロールが必要なことになるとここまでだめだとは思わなかったわ」
「うぅ、魔力を極力使わないように生きてきたから勝手が……」
「わかってるわよ、その辺は記憶を読ませてもらったから。とにかくこれは体で覚えてもらうしかないんだからね。せめてこれぐらいはできるようになってもらうわよ」
そういってイェシオンが指を滑らせると、その後に黒い線が浮かび上がる。空中に浮かび上がる黒い線はイェシオンの魔力そのものだ。
イェシオンが生み出した黒い線に触れ、シオンはその魔力の在り方を感じ取る。どうしてそれがわかるのかはわからないが、触れただけであるのにどうすれば同じ事ができるのかを理解していた。
「やり方はわかったでしょう?」
難しい表情で黙り込むシオンにイェシオンが手を腰に当て、くっと口角を上げる。その様子からシオンが触れただけでやり方を理解することがわかっていたかのようだ。
イェシオンと同じように口角を上げ、シオンは真っ直ぐイェシオンを見つめる。シオンの指にゆっくりと魔力が集まり、指が動かされると軌跡が描かれるかのように黒い線が浮かび上がる。
「やり方はわかったけれど、だからといって出来るかといえば答えはノーだよ!」
「……威張るんじゃないわよ」
ぺちんとシオンの頭を叩き、イェシオンはため息交じりに目の前に浮かび上がる黒い線を見つめた。
線は歪で太い部分と細い部分が混在していて、イェシオンにはこれが残りの時間だけで滑らかな線になるとは思えない。それでも本人が繰り返し練習し、自分で感覚をつかむしかないのだ。
「すでに属性を知られている今、その程度は人に見られても問題はないから暇を見つけて練習することね。私と同じような線が引けるようになればほとんどの魔法は問題なく使えるようになるはずよ」
「……そうだね、コントロールできなきゃ爆発するんだから危ないよね」
「……そうね、普通は爆発なんてしないけれど」
「もしかして、これも爆発する?」
「――私がいないときは横に王子(安全装置)を置いて練習しなさい」
シオンの暴走した魔力を抑えることができるのはイェシオンだけ。
シオンの暴走した魔力を打ち消せるのはクリスだけ。
イェシオンにとってクリスは王子様である以前に、珍しい光属性を持つシオンにとっての安全装置という扱いであるらしい。
「いい? 今週中に出来なかったらそれ以上は教えないから」
「ええっ!? そんな~~」
「それと、わかっているとは思うけれど私が練習に付き合えるのは人目のないところだけだから」
「それってほとんど付き合ってくれないって言ってるようなものじゃないか」
「がんばってね、シオン」
頭を抱えるシオンを横目に、イェシオンは張り巡らせた結界を解除する。シオンは大きく深呼吸し、それまで結界により感じていた違和感が消えてあるべき状態へと戻ったことを実感した。
「おーい二人とも、そろそろ戻らないと次の授業に遅れるぞ」
外からランスが二人を呼ぶ声が聞こえる。時計を見れば次の授業の時間が迫っていた。
「ごめん、すぐ出る! イェシオン行くよっ」
「ええ、早くしないとおいていきますよ?」
シオンが返事をしてイェシオンを振り返ると、すでにそこにイェシオンの姿はなく、代わりに入り口から声が聞こえる。
イェシオンは結界を解除しそのまま入り口へと向かっていたのでシオンが取り残される形となり、シオンは慌てて駆け出した。
「うぉわっ!」
「あ、ごめんー」
すでに恒例となっているシオンの圧縮され弾けた魔力がランスへと襲い掛かり、ランスの目の前でクリスによって相殺される。弾けた魔力が飛んでいくのも基本的にランスであり、これまでシオンの鍛錬に付き合ってきたクリスにはなんとなくシオンが魔力を暴走させるタイミングがわかっていたので問題なく対処できている。
イェシオンに言われて以来、シオンは時間を見つけては訓練所の使用許可を取り、魔力の線を描く練習をしていた。
「シオンお前狙ってないか!?」
「まさか! そんな器用な真似できるわけないじゃないか」
「……それもそうか。がんばれよ、シオン」
「それで納得されるのも複雑だな」
あっさりと納得するランスにシオンは何とも言えないもやもやとしたものを感じつつ、魔力の線を描くことを再開する。
シオンたちから少し離れた場所に座るユージンは本を読みつつ時折三人の様子を眺めているが、この場にイェシオンとヴィオラの姿はない。イェシオンが体調不良のためヴィオラが寮まで送っているのだ。
いくら寮までとはいえ学園に二人以外は男子生徒しかいないのだからランスも付き添おうとしたのだが、これぐらい一人でも平気だとヴィオラに断られてしまった。仕方なくこっそりと二人が寮へ入っていくのを確認してからシオンたちのもとへと戻ってきたのだ。
「ところでイェシオンはともかくヴィオラは一人で大丈夫なの?」
「シオンよりは大丈夫だろう。編入を認められるだけあって無属性の魔術師としてはかなりの実力がある」
「そうだよなぁ、無属性のみが使える身体強化は熟練すると本当に化けるからな」
あまりヴィオラに好意的には見えないクリスもその実力は認めているらしい。権力によるコネだけで入学したように思われがちだが、ヴィオラは無属性であり他の属性を持つものには使うことのできない身体強化を得意としている。王家の者として自分の身を守れるようにと重点的に鍛錬した結果なのだが、拳のみで戦うならば四人の中ではユージンぐらいしか相手にならないほどに強い。
「それでもヴィオラは女の子なんだから……」
「大丈夫だ。魔法の特性上人を庇いながらというのは辛いかもしれないが、一人であれば下手に誰かが助けるよりもずっと身を守りやすい」
ぽん、と頭を何かが触れ、シオンが見上げると先ほどまで離れた場所で本を読んでいたはずのユージンが立っていた。頭に触れたのはユージンが読んでいた本らしい。
「シオン、お前はまず自分のするべきことをするんだ」
「……わかってる。今週中にはちゃんと出来るようにしてみせるさ」
「ほーぅ、それは楽しみだな?」
ユージンがふっと笑みを浮かべ、シオンは一瞬言葉に詰まる。同時にクリスがぴくりと眉根を寄せた。
なんとなくという感覚はあれど、シオンの暴走させた魔力を打ち消すために常に気を張り詰めているような状態のクリスはかなり疲労している。誰よりも、シオンに力のコントロールを身に着けてほしいと願っているのは間違いなくクリスだった。
「ではその目標実現のためにも、休んでないでさっさと練習を続けてもらおうか」
「え、ちょっとクリス、目がすわってる?」
「そうだな、出来なければイェシオンの格好でもして一日過ごしてもらおうか。ペナルティーがあった方が気合いも入るだろう」
「そうだな、ドレスも似合っていたし一緒に並ぶと区別がつかないほどそっくりで面白そうだ」
「え? ええ? ちょっと二人とも落ち着いてよ」
「……俺はちょっと用事があるから出てくる」
やはり被害者の一人であるランスもクリスに同意し、がっしりとシオンの肩を掴む。シオンは只ならぬ空気を感じて助けを求めるようにユージンを見れば、ユージンは本を小脇に抱えて入り口へと向かっていた。
「ユージンっ俺を見捨てる気!?」
「それまでに出来るようになれば問題ない」
シオンの悲痛な叫びにユージンは事もなげに一言告げ、訓練場を後にする。取り残されたシオンは味方がいないことを悟りがっくりと肩を落としつつも再び線を描き始めた。ペナルティーがあろうがなかろうが、シオンは練習する以外の選択肢がないのだから。
イェシオンが定めた一週間という期限で、クリスとランスによる厳しい練習のおかげでシオンは無事一定の太さの線を描けるようになっていた。
「驚いた、上達したわね」
「クリスたちのおかげだよ」
一瞬驚いた表情を見せたイェシオンだが、その表情はすぐに笑顔へと変わる。
今は以前よりずっとコントロールができるようになったシオンに魔法を教えてくれるということで再び訓練所へと来ていた。もちろんシオンとイェシオン以外は危険だからということで外で待っている。
「それじゃあ、簡単なのから教えるわ。どうせ見るか触れればある程度わかるだろうから、あまり教えることもないだろうけど」
「やった!」
その日はいくつかの簡単な魔法を見せてもらい、イェシオンの言葉通りシオンはすんなりとそれを自分のものとしていた。以前教えられたものとは違う幻影魔法や睡魔を引き起こす魔法、心を落ち着かせる魔法など様々だったが攻撃的なものは一切教えられることはなかった。
「下手に教えても、また暴発させそうな気がするのよね。攻撃のために練り上げた魔力を暴発させるのはさすがにやっかいだし。
でもかなりコントロールできてるから、そう遠くないうちに教えてあげるわ」
そう言ったイェシオンの笑顔はとても自然で、これがミカゲ本来の笑顔なのだと思わせるそんな笑顔だった。
いつもイェシオンはシオンの演じたイェシオンと同じようにきれいに微笑んではいたけれど、時間が経つにつれやはり違和感を感じ、それを少し寂しくも感じていたのだ。
シオンは本当のミカゲの心に少しだけ近付いた気がして嬉しくなった。
――次の日。
イェシオンが倒れ、ミカゲが姿を消した。




