66 奇異
「若様酷いっ!」
直視するのが躊躇われる青年は、頭を抑えながら抗議の声を上げた。どうやら頭から落下して頭を打ったらしい。
「やったのはユージンだろうが。ヴィオラも一緒だから誰かしら護衛はつくだろうと思ってはいたが……どうしてよりによってお前なんだ、アルヴォ」
アルヴォと呼ばれた青年はその場で胡坐を組み、人懐っこい笑顔を浮かべて自分を囲んで覗き込む三人を見上げた。そしてその視線はぴたりとシオンに合わせられる。
「もちろん、興味があったからですよ。若様が病的なぐらいご執心のお嬢さんに」
アルヴォの言葉にクリスとユージンがシオンに視線を向け、一瞬微妙な表情を浮かべてその視線は逸らされた。
「ちょっと、俺は兄だからね!?」
「双子なんでしょ? だったら大差ないんじゃないですか」
「それよりアルヴォ、お前はヴィオラの護衛なんじゃないのか?」
「そのはずだったんですけどねー……姫さんと一緒の二人がいれば竜が来たって瞬殺されますよ。男のほうも腕は立つようですが、闇の属性をもつ魔術師というのはそういう存在なんですもん」
「そんな話は初耳だが?」
「そりゃ極秘事項ですからね。若君もそこの子も、まぁおまけで団長の子も当事者ですからいずれわかることだから言っても問題ですよねぇ」
ミカゲに教えられていない極秘事項をさらりと口にしたアルヴォにシオンは少し眩暈を感じた。どうやらそれはクリスも同じだったようで額に手を当てて小さく呻き声を上げている。
このアルヴォという人間は、服装だけでなく思考までもが自由であるらしい。
「こんなだが腕はいいんだ……不思議なことに」
「やだなぁ若様。オレは脳ある鷹ですからね! 爪を隠してるんです!」
「能は無いんだな」
「……あれー?」
本当に残念だといわんばかりにアルヴォから視線を逸らすクリス。
ふんぞり返り自慢気なアルヴォだが、能の間違いに目ざとく気づいたユージンにつっこまれ首を傾げた。どうしてユージンがその違いに気づいたのかは謎である。
「とにかくオレの仕事が増えるんで、若様も早く学園に戻ってくださいねー」
にへらっと笑みを浮かべると、アルヴォはひょいと再び木の上へと飛び上がった。もちろんあの長いマフラーはひらひらと枝の下に伸び風に揺れている。
「それにしても……あいつが出てきたということは何かあるな」
「そのようだな」
公園を後にし学園への岐路の途中真剣な顔でクリスが呟き、ユージンがその言葉に頷く。シオンは首を傾げつつも、二人から送れないように小走りでその後を追いかけた。
(極秘事項ってことは、あの本以外にも闇属性について伝わっていることがあるということだよなぁ)
実際本はシオン以外にとってはただの白紙の本であり、闇属性の記録は無いと言われていたのだから実際に記録に残っていることすべてが極秘事項ということになる。学園に戻ったらイェシオンに聞いてみるのがよさそうだ。
「確かに、闇属性を極めればそれぐらいは余裕ね」
夕食前、シオンはイェシオンを呼び出し自分の部屋へと招き入れた。
再びイェシオンによって部屋に薄いベールが張られ、単刀直入にシオンが問えばイェシオンはあっさりとそう答えたのだ。
「本当に?」
「極めれば、よ」
「……つまり今の俺には無理ってことだね」
「焦らずゆっくり学びなさい」
落ちこぼれの自分も父や兄のように優秀な魔術師の一員になれるのかと期待に目を輝かせたシオンだったが、現時点での実力を考えれば程遠いことであり落胆した。
そんなシオンにイェシオンは優しげに微笑みかけ、シオンはつられるように笑顔を浮かべて頷く。
「そういえば、光属性ってどうなの?」
「光? 竜が倒せるかといえば答えはイエスね。ただし闇と光は対極とも言うべき属性だから少し違ってくるけれど」
「どう違うの?」
「闇は静かに生命を停止させ優しく死へと導くといったところかしら。逆に光には浄化の力もあるけれど竜を倒すとなると強い光で焼き尽くすことになるわね」
この世界で聞いたことは無いけれど、イメージとしては紫苑の知るビームのようなものが近いのかもしれない。シオンがイメージしたのは架空物語の中での攻撃手段として用いられていたビームだ。
「ヒーローっぽい感じ?」
「闇に比べたら見た目はエグイわね。
闇は恐怖だとか悪いイメージを持たれがちだけど、本質は静寂。悪意のあるものではないわ」
「そうだね、俺は普通の闇に恐怖は感じないや」
「闇の静寂は安息をもたらすもの。闇も光と同じ、神に祝福された属性なのよ。
ただ闇の負のイメージが強すぎて闇属性の本質を知る人間は極僅かだった」
「俺が使うと凶器でしかないのに……」
「それは力の使い方がわかっていないからね」
私がいる間にそれなりに使えるように教えてあげるわ、とイェシオンは話を区切り部屋を覆うベールを取り払う。
その直後に夕食のお迎えにヴィオラとランスがやってきたので、シオンはまだ聞きたいことが多かったのだがこれ以上尋ねる事は諦め、後日また聞いてみようと思ったのだった。
「そうだシオン。あの後どうだった?」
「変わった人が降ってきた」
「あー、うん。何となく理解した」
食堂へと向かう途中、腕を頭の後ろで組んだランスがシオンの隣へ並ぶ。
一言で答えたが、そこにシオンの実感が込められていた。本当に、色々な意味で変わった人であったから。敢えて彼の感想を述べるなら、とりあえずあのマフラーは外したほうがいいというぐらいだろうか。
「でもあの人には謎が多いんだよな」
「アルヴォさん?」
「ああ。城に仕える前の素性が曖昧で、うちの情報網でも調べきれない程度に不審人物。しかもあの言動からは信じられないほど優秀で腕の立つ諜報員だ」
「怪しすぎるんじゃない?」
「王からの推薦で今の仕事をしているからな。王は何か知っているんだろうが……」
「その辺は俺も聞いていないからな」
うーん、とシオンとランスが腕を組み首を傾げたところで後ろからやってきたクリスが二人の間へと入る。
「あいつはオンオフがはっきりしていて、オンのはずの時もオフのことが多いだけだ。それでもやる時はやる男で……ただオフの時間が長すぎてな……」
フォローしようとするクリスの言葉は、最後は溜息の中に消えていった。その様子からクリスもアルヴォの言動で苦労していることが多いのだろうと思われる。
ぽん、とシオンとランスの両者に肩を叩かれクリスは一層溜息を深くしたのだった。




