65 遊歩
幻覚呪文はイェシオンの言うとおりちゃんと効力を発揮しているようで、誰からも二つに増えたピアスについて尋ねられることはなかった。
逆にピアスがないはずのイェシオンのその耳には、しっかりとシオンの右耳にあるはずのピアスがあり、幻覚呪文で隠すのではなくあると見せかけているらしい。今まで全く知らなかったその魔法に、シオンはとても感心すると同時に今まで以上に己の持つ属性に興味が沸くのを感じていた。
街へとやってきたシオンたちだが特に何かを買おうという目的があったわけでもなく、ただ気の向くままに色々な店を見て歩く。そしてやはりこういった場合、女性が率先して歩くことが多い。
とある洋品店の前で足を止めたヴィオラとイェシオンの二人を眺めながら、シオンは今まさにそれを実感していた。
「ねぇイェシオン、あの服素敵ですわ」
「本当、可愛らしくてヴィオラ様によく似合いそうですね」
「もうイェシオンったら。様付けはやめてって言ってるのに」
「癖だと思って諦めてくださいませ」
もう、と少しだけ頬を膨らませるヴィオラだがその表情は楽しそうで、イェシオンもやはり楽しそうだ。何となく立ち入れない乙女のオーラのようなものを感じつつ、ふとシオンは視線を感じて振り返りった。
大通りではないのでそこまで人通りが多いわけではないが、やはり友人たちは目立つようで、道行く人がちらちらとこちらを伺っている。――ただ感じた視線はそういった好奇の類ではなかったような気がしたのだが。
「そろそろ少し疲れたんじゃないか? この近くにお勧めのカフェがあるから休憩していこう」
「さすがランス、気が利きますわね」
「本当に、いいお嫁さんに……」
「イェシオンまで……勘弁してくれ」
がっくりと肩を落とすランスに案内されたのは、通りから一本内側にはいった場所にある可愛らしい雰囲気のカフェ。デザートメニューが充実した女性が好みそうなお店で、現にシオンたち以外の男性客はカップルのみだ。
案内されたテーブルにつき、メニューで顔を隠すようにしてシオンは隣のランスの腕をつつく。
「ランス、なんだか場違いな気がしてならないんだけど」
「そう言うな。こういった付き合いも大切だぞ」
「ほら、クリスもユージンも堂々としてるだろ」
何故だか居たたまれないような気持ちになり落ち着かないシオンに比べ、ランスの言葉どおりクリスもユージンも堂々とした様子ですでにウエイトレスに注文を済ませたようだ。ウエイトレスさんは頬を赤らめたまま、イェシオンたちの注文を取っている。
シオンの視線に気づいたクリスとユージンは、
「どうした? こんなの良くあることだろう」
「気にしたってしかたないからな。それより店員が困っているから早く注文をしたらどうだ?」
「……アイスティーお願いします」
「俺はアイスコーヒーで」
ユージンに促されシオンとランスも慌てて注文する。その時シオンは気づいたのだ。ランスの注文を受け、再び頬を染めたウエイトレスに。
(イェシオン以外に味方がいない……!)
クリスとユージンがあまりにも目立つので忘れがちだが、ランスもかなり整った容姿をしている。クリスとユージンが王子様と騎士様といった雲の上の存在のような美形ならば、ランスは手が届きそうな場所にいる人当たりのよい美形。そしてヴィオラは庇護欲をそそるとても愛らしい容姿。
シオンは自分と同じ顔をした双子の妹をチラリ、と見てため息をついた。
イェシオンは女の子だからなのだろうか、同じ顔であるのに自分に比べて華やかな雰囲気があるような気がするのだ。学園の外だからなのか、普段ならば気にならないことが気になってしかたがない。
そしてシオンにはもうひとつ、気にしても仕方がない事の他にもどうしても気になることがある。それはカフェのすぐ近くに植えられた街路樹、その青々と葉が茂る枝から垂れ下がっている細長い黒い布地。
運ばれてきたアイスティーをすすりながら、シオンは再び隣のランスを肘でつついた。
「ねえ……気になって仕方がないんだけど」
「可哀相だから気づいてないフリをしてやれ。クリスもユージンも気にしてないだろう?」
「えー……気になるって」
「どうした?」
「んー、シオンが……な」
二人の様子に気づいたクリスが尋ねると、ランスがくいと顎で布地が垂れ下がる街路樹を指し示す。クリスはそれで合点がいったようで、深くため息をついた。
「ユージン、ちょっといいか?」
「……あいつか。わかった」
クリスに声をかけられたユージンはそれだけでクリスが何を伝えようとしたのかを理解したらしい。
日も傾き始め、ヴィオラとイェシオンのお喋りが落ち着き、そろそろ店を出ようとなった時ユージンが口を開いた。
「戻る前に寄りたいところがあるので、二人はランスと先に学園に戻ってもらえるだろうか?」
「もちろん構いませんわ」
「ええ」
「やっぱり俺か。お前らの分はあとできっちり請求してやるからな」
そうじゃないかと思っていた、とランスはこぼしながらも嫌な顔することなく、伝票をピラピラさせながらヴィオラたちを連れて会計を済ませ、先に学園へと戻っていく。
後で請求するというのはカフェの代金のことで、それでもきっちり先に会計を済ませる辺りがランスらしい。
「さて、それじゃ俺たちも行くか」
「ああ」
クリスが立ち上がり、それに続いてユージンも立ち上がると出口へと向かう。シオンも慌てて二人の後を追った。
二人が足を止めたのは通りから少し離れた場所にある広場。木々が植えられ小さいが立派な噴水のある人々の憩いの場のようだが、今の時間はシオンたち以外の人影は見当たらない。
どこからか、先ほど感じた視線た好奇のものとは違う視線を感じてシオンは辺りを見回した。
「ユージン」
「ああ。……そこ、だ」
ユージンがすっと手を掲げ、魔力を放つ。圧縮された魔力の塊は緑の刃となって一直線に一本の木に飛んでいく。
「うわっ!」
そう叫び声がして、何かがぼとりと木から落ちた。
生い茂る葉の中に吸い込まれた刃だが、幸いサイズが小さかったこともありパラパラと葉が落ちるぐらいの被害ですんだようだ。――落ちた何か以外は。
その何か、は黒ずくめの服に身を包み、首にはやたらと長いマフラーを巻いている。腰部分にもそれなりに長い布が巻かれているが、街路樹から垂れ下っていたのはマフラーのようだ。
木から落下してうつ伏せで車に轢かれたカエルのような格好の不審者を、ユージンがごろりと仰向けになるよう転がす。
「えっと……変わった服装だね」
不審者は髪に葉っぱがついていたり、顔や服が土で薄ら汚れてはいたが、シオンはその服に見覚えがあった。正しくは紫苑の記憶にあった服装によく似ていたのだ。
マフラーや腰の辺りの装飾などが過剰で機能性は無視されているようだが、それを除けば紫苑の記憶にある『忍者』の服、忍装束にそっくりだった。




