64 耳飾
本当にランスが一人で作ったのか疑わしいほどの量があった料理もきれいになくなり、ランスとヴィオラが食器を片付けている。シオンとイェシオンも手伝おうとしたのだが、今日の主役なんだからとあっさり断られてしまった。
簡単に片付けを済ませて戻った二人は空いている場所に腰を下ろし、その時ランスが手にしていた小さな箱をテーブルの上に置く。
「これは……?」
シオンとイェシオンの前にずいっと差し出されたのは綺麗にラッピングされた小さな箱。
シオンが問えば、ランスは左右の友人たちを振り返り、笑みを浮かべて答えた。
「俺たちから二人への誕生日プレゼントだよ。ほら、開けて開けて」
その言葉にシオンとイェシオンは顔を見合わせ、イェシオンが無言でシオンにプレゼントを開封するように促したので、シオンが戸惑いつつも開封してみると箱の中には小さな石の付いたピアスが二つ。片方は青い石、もう片方は黄色の石が付けられたピアスが入っていた。
「綺麗なピアスですわね」
「うん。もしかしてこれって……」
そっとシオンが手に取ったのは黄色の石の付いたピアス。そしてずっと服の内側に身に着けていたネックレスを取り出して見比べてみれば色に多少の違いはあれど、どちらも良質な土地属性の魔石で、もう片方のピアスの青い石もやはり良質な水属性の魔石だった。
良質な魔石ということはその値段も高い。
「こんな高価なものもらえないよ」
「それは魔石のサイズも小さいし、片方だけだからそんなに高価じゃない」
「ああ。せっかく俺たち五人でお金を出し合って買ったのだから、遠慮せずに受け取ってくれ」
慌ててピアスを箱に戻し首を左右に振って遠慮しようとしたシオンを、ユージンとクリスが宥めるように諭し、ヴィオラとランスが同意するように笑みを浮かべて頷く。
それでも渋るシオンの肩に、それまで黙って様子を見ていたイェシオンが少し困ったように眉を下げてぽんと手を置いた。
「せっかくのみんなの好意なのだから受けましょう?」
そのイェシオンの言葉にシオンはふぅ、と息をついてきゅっとピアスを軽く握り締めて顔を上げる。
まるでネックレスとお揃いのようなこのピアスは間違いなくシオンの為に用意されているのだから。
「……そうだね、みんなありがとう。ユージン、エミリオにもお礼を言っておいて」
「ああ」
「エミリオ?」
シオンの言葉にユージンが頷き、イェシオンが少しだけ訝しむようにその名前を呟いた。
その声にシオンは、イェシオンはまだエミリオに会った事が無いことを思い出して簡単に説明する。
「エミリオは騎士クラスの友達で、ユージンの家の使用人の息子でもあるんだ。最近は忙しいみたいでなかなか会える機会がないけどね」
「まぁ、一度お会いしてみたいわ。直接お礼も伝えたいし……」
「そうだね、きっとそのうち会えるよ」
「ねぇ二人とも、ピアスをつけてみて?」
ヴィオラに促されシオンは手に取ったピアスをじっと見つめ、重大なことに気が付いた。
「俺ピアスの穴なんて開けてない……」
「あら、それは私も同じだけど問題ないと思うわ。このピアス――魔道具ですもの」
シオンが手のひらのピアスを見つめながら呆然とした様子で呟くと、イェシオンはくすくすと笑いながらシオンの手を覗き込む。
ピアスの後ろの止め具を外してみると、ピアスホールに通すべき部分が見当たらず普通のピアスでないことがわかる。
どういう仕組みかはわからないが、ピアスは耳たぶへ添えるとぴったりとくっ付き、外そうと留め具を捻るようにずらせば簡単に外れる。そのためあっけないほど簡単にピアスはシオンとイェシオンの耳に収まった。
「……ありがとう、大切にするよ」
「ありがとうございます」
シオンは満面の笑みで、イェシオンは少し眉尻を下げ照れたようでもあり困ったようでもある表情でお礼の言葉を口にした。
時刻は午後二時。
せっかくの休日だしと、シオンたちは外出許可を取り街を散策しようということになった。
「王族の方が二人もみえるのに……その、大丈夫なのですか?」
おずおずとイェシオンが尋ねると、クリスとユージンがちらりとお互い顔を見合わせ、その問いに答えたのは爽やかな笑顔を浮かべたランスだった。
「クリスとユージンがいれば護衛の必要は皆無に近い。俺もまぁそれなりに、な。それに俺たちには最終兵器があるんだ」
「最終兵器?」
「騎士団長すら一撃で仕留めるシオン――そうか、イェシオンもシオンと同じ属性なんだから最終兵器が二人いることになるな」
「……シオン」
少々低い声色でジト目で自分を見るイェシオンからシオンは両手で耳を塞ぎながら視線を逸らせた。
そこでランスが手をパンパン、と音を立てて叩き、シオンたちのやり取りを中断させると共にみんなの視線を自分に集める。
「それじゃ、準備できたらまたここに来てくれ」
「ああ」
「わかりました」
「うん」
口々に了承の言葉を述べて、それぞれが自分の部屋へと戻っていく。
準備といっても休日である今日はみんな私服で、準備するものといえば精々財布ぐらいのものだろう。ただそれは男の話であり、ヴィオラやイェシオンは男にはわからない準備があるのかもしれないな、とぼんやり考えながらランスの部屋を出たシオンだったが、ふいに服の裾を小さく引かれて振り返った。
「シオン、ちょっといい?」
「……何?」
「ここじゃちょっと。部屋に行ってもいい?」
シオンを呼び止めたのはイェシオン、つまりミカゲである。
何だろうと思いつつもイェシオンを部屋に招き入れると、イェシオンはすっと手を上げ呪文を唱えた。
「フィネイグル」
イェシオンの唱えたシオンには全く聞き覚えの無い呪文によって、部屋に黒い半透明のベールのようなものに包まれた空間ができあがり、シオンとイェシオンはそのベールの内側に立っていた。
「これは?」
「念の為のちょっとした幻影魔法よ。もし今誰かが来ても私とシオンが当たり障りの無い会話をしているようにしか見えないし聞こえない」
「へぇ、すごい……」
「で、本題なんだけど。コレは私が受け取るわけにはいかないから」
そう言ってイェシオンが差し出したのは先ほどプレゼントされた青い石の付いたピアスだった。
「本当に受け取るべき相手は本物のイェシオンであるあなたでしょう?
私が受け取るわけにはいかないわ」
「でも、みんながくれたのは今のイェシオンであるミカゲにだよ」
「そういう考え方もできるけど、居場所を得るための偽りの存在にすぎないわ。
それに私はちょっと事情があってあの人の魔石でないとだめなの」
「あの人?」
「……私の家族よ」
「へえ、ミカゲの家族かぁ。今度教えてね」
「……機会があったらね」
小さくそう答えると、イェシオンはピアスをシオンの右耳に付けた。
「でも俺が両方のピアスをつけているのは……」
「幻覚魔法をかけておけば大丈夫よ。使えるでしょ?」
「うっ」
「……使えないのね。まぁ、あなたに教えるために私がいるんだから気にする必要はないわ。今は時間がないし私が変わりにかけておくから」
そう言ってイェシオンが幻覚魔法をかけたのだが、術者がイェシオンであったのでピアスはシオンからも見えなくなってしまった。
しかしシオンはその一度見て触れただけの呪文をあっさりと習得していた。
「コンテント・イリュージョン」
「本当に驚いたわ」
「どう?」
「ええ、ちゃんと呪文が効力を発揮している」
「やった! じゃあ早く外出の準備をしよう」
「ええ」
パチン、とイェシオンが指を鳴らすと二人の周りのベールが消え去り、完全にベールが消えたことを確認してイェシオンは準備をするため部屋へと戻っていった。
シオンは洗面所の鏡に映るピアスの付けられた自分の耳を見てその耳に触れる。
シオンが術者となったのだからシオンには見えて当然なのだが、他の人から見えていないのかとやはり心配だった。
初めて唱えた呪文らしい呪文。僅かに感じるピアスの纏う魔力が呪文が成功している証なのだろう。
「あ、早くランスの部屋に戻らなきゃ」
答えの出ない考えを振り払い、シオンは簡単すぎる準備を済ませランスの部屋へと向かった。




