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59 視線

 とうとうその時がやってきた。


 ロナルドに連れられて教室に入ってきたイェシオンことミカゲに少人数とはいえ魔術師クラス全員の視線が集まる。

 頬を紅潮させ少女のように喜びを隠せていない者、疑いの眼差しを向ける者。好意的に受け止める者、好奇の眼差しを送る者など生徒の反応は様々だ。

ミカゲはそれらの視線を気にする様子もなくロナルドと共に教壇に立つと、シオンのいる生徒たちのほうへと向き直った。


「はじめまして、イェシオン=ファシールです。お気づきかとは思いますが、このクラスに在籍しているシオン=ファシールとは双子の兄妹です。時期はずれの転入でご迷惑をおかけする事もあると思いますが、皆様どうぞよろしくお願い致します」


 ミカゲはそう言うと軽く膝を曲げ長くはない制服のスカートの裾をつまんで完璧な礼をする。その動作は間違いなくシオンよりずっと様になっていた。


 ちらり、とシオンは後ろの席に座るユージンを見る。

 ユージンはこの場でシオンとミカゲ以外に本当のイェシオンの正体を知っている唯一の友人。その反応がシオンには気がかりだった。

 普段から鋭い視線のユージンだが、今ミカゲに向けているそれは普段とは比べ物にならないほどに鋭く、思わずシオンはぷるりと身震いする。


 挨拶を終えたミカゲは当然のようにシオンたちのもとへとやってくる。ミカゲはユージンの前でピタリと足を止めるとユージンだけに見える程度に口角を上げてくすり、と笑みをこぼした。


「皆様よろしくお願い致します」


 すぐにユージンに向けた表情は消え、まるでお手本のような笑顔でミカゲはシオンたちに声をかけ、そしてシオンの隣へ座った。


「よろしくね、イェシオン」

「こちらこそよろしくお願い致します、ヴィオラ様」


 ミカゲとはシオンを挟んで反対側に座っているヴィオラがシオンを避けて覗き込むように声をかければ、ミガケも同じように返事を返す。

 現状を知らないものから見ればそれ仲の良い少女の内緒話といった様子で、ヴィオラも現状は知らないはずなのだから純粋にイェシオンと仲良くなろうとしての行動なのだろう。


 ――しかし現実は。


 イェシオンは本当は過去に存在した闇属性を持つ魔術師の記憶で、この学園で彼女以上の魔術の使い手は恐らくいないだろう。そして今シオンから読み取った記憶を元に行動し現代の情報を集めている、らしい。

 リオルに尋ねられた後に落ち着いて考えてみると、本当にミカゲが調べているものが別にあるんじゃないかとシオンは考えるようになっていた。


 あの時は混乱していてミカゲの言葉をただ純粋に信じただけだったのだが、除法を集めるだけならば何故ミカゲはイェシオンとしてわざわざ学園にまで入学してきたというのか。どうしてもそれに納得のいく答えがでなかった。

 混乱していて大切な部分を聞き逃してしまっただけでミカゲはちゃんと説明していたのかもしれないのだが。



 背後から感じる痛いぐらいに鋭い視線と興味深げに観察するかのような視線に熱い視線。隣から感じる友好的な視線。それらすべてがミカゲに注がれていた。

 シオンはそれらが自分に向けられているわけではないのに、そのすべての視線に晒されているのが自分のような気がして落ち着かない。特にユージンの視線が痛かった。


「シオン、ちょっといいか?」


 案の定、授業が終了するとシオンはユージンに呼び止められた。

 他の友人たちに一言告げ、ユージンと共に人通りのほとんどない廊下へと移動する。その間ユージンはずっと無言で、シオンは居たたまれない気持ちでいっぱいだった。


 人通りも少なく他の場所からは死角となる廊下の片隅。

 どんとユージンがシオンの顔のすぐ横に手をつき間を詰める。当然シオンはユージンと壁とに挟まれる形となり逃げ場を失う。


「で、アレは誰」

「……イェシオン?」

「へぇ?」


 怖い、そう感じさせる笑顔でユージンはシオンに詰め寄り、シオンは視線を逸らして誤魔化すように少し首を傾げつつ答えた。もちろんユージンがそんな事で誤魔化されるわけも無く、一瞬その笑顔が深くなる。


「俺は外見の事じゃなくて、中身のことを聞いているんだが?」


 シオンの背中を冷たいものが伝う。

 別に口止めされているわけではないのに、ユージンにその名を伝える事が躊躇われた。けれど何故そう感じたのかシオンにはわからない。


「俺には言えない?」

「いや、そう言うわけじゃないよ。彼女は……二百年前に勇者と一緒に旅をしていた闇の属性の魔術師で……ミカゲという人の記憶」

「ミカゲ……?」


 シオンはユージンを直視することができずに視線を逸らしたまま答え、ユージンはその言葉に眉をひそめた。

 その答えに満足したのか、捕らえるように壁についていたユージンの手が離れシオンは開放され大きく息をつく。視線を上げればユージンが教室の方向を睨むように見つめている。


「ユージン?」

「あぁ、授業に遅れる前に教室に戻るか」

「うん」


 教室へと戻るまでの間、ユージンはやはり無言のままだった。

 そして授業が始まる前に「少し調べたい事がある」と教室を出て行き、結局その日ユージンは夜になっても帰ってこなかったようだ。



 ミカゲの寮部屋はシオンたちの予想と違わずヴィオラと同室。学園は教師も含めほぼ男しかいないのだから当然といえば当然だろう。

 全く気にならないといえば嘘になるが、双子の兄という立場とはいえさすがにヴィオラの部屋に入るわけにもいかず、シオンは二人が部屋へ入っていくのを見送ことしかできなかった。




 その日はとても静かな夜だった。

 空には大きな満月が浮かび淡い光で地上を照らす。

 聞こえるのは風の音だけ。虫の声すら聞こえない恐ろしく静かな夜。


 学園の寮の屋根の上には一人ひっそりと空を見上げ佇む人物がいた。

 それは最初にシオンが出会ったときと同じ、本来の姿のミカゲ。

 その頬を一筋光るものが流れ落ちたことを、ミカゲの魔力によって深い眠りに落ちている学園の人間はもとより本人すらも気づいてはいなかった。

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