58 懸念(リオル視点)
突然現れたその人物はすべてが胡散臭かった。
早朝突然の実家からの呼び出しに慌てて戻ると、応接室で父と母が対応している相手はこの場にいるはずのない人物。今は王立魔術学園で俺の弟として学園生活を送っているはずの妹だった。
しかし外見こそ妹と瓜二つだがどこか違和感がある。
「ただいま戻りました」
「あぁリオル、突然呼び戻してすまないね」
「いえ、その必要があったことはその客人を見ればわかります」
「まぁまぁ……」
言葉だけの挨拶をして空いている椅子へと座り、俺と父と母はその客人と向き合う。
客人は俺を見てにっこりと笑顔を浮かべた。
「おかえりなさい、兄様」
イェシオンと同じ顔、同じ声で俺を兄と呼ぶ。確かにその話し方はシオンが散々練習してイェシオンとして過ごした時とそっくりだったが、やはり何かが違った。
「驚くほどそっくりだけれど俺はあなたの兄ではない。あなたは誰ですか?」
普段シオンには決して向ける事のない視線をその少女に向ける。しかし少女は俺の視線など気にもならい様子で、くすりと口角を持ち上げて笑みを浮かべた。
「今日は報告に来ただけです。王の許可を得て私はイェシオンとして魔術学院に入学する事が決まっています。別にシオンに危害を加えるつもりはありませんから安心してください。もちろんこの事はシオンも了承済みです」
「何……?」
そう告げる少女の表情はイェシオンとは全く違うもので、自身の本当の名前も告げるつもりはないようだ。
声をあげたのは父。王の許可というところがひっかかったのだろう。
「では伝える事は伝えたので私はこれで失礼します。兄様また学園でお会いしましょう」
待て、と少女を引きとめようとしたが言葉が声として発せられる事はなかった。声を出そうとしてもひゅーひゅーと空気が漏れるだけで声が出ず、首から下は指一本すら動かす事が出来ない。
俺も父すらも気づかない間に少女が何か魔法を使ったのだろう。その瞬間には恐らく自分には到底力の及ばない相手なのだと直感したが、だからといって本人が言うようにシオンに害を及ぼさないとは限らない。
しかし身動きすら取れない俺は、ぐっと歯をかみ締めて少女を睨む事しかできなかった。
俺の視線に気づいた少女は肩をすくめて右手を地面にかざし言葉を紡ぐ。
「トランジション」
それは聞いた事の無い呪文だった。次の瞬間には少女を中心にその足元からぶわっと黒い何かと共に強い風が吹き上げ少女姿を隠す。
風が治まった時にはすでに少女の姿はその場になかった。
「あら……?」
母の声に振り返ると、母が何かを拾い上げていた。それは先ほど風と共に舞い上がった黒い何か。
「綺麗な黒い羽ね。……まぁ」
大きさは十センチにも満たないであろう。母はその羽を拾い上げて眺めていたのだが、すっと溶けるように目の前で羽は消えてしまった。本物の羽ではなく魔力で生み出された羽ということだろう。
「ゼルジオのところに行ってくる。夜は戻らないかもしれない」
「はい、いってらっしゃい。無理はしないでね」
「ああ。リオルは学園でシオンの様子を気にかけておいてくれ」
「はい」
「ではいってくる」
父は外套を羽織ると足早にその場を後にした。
父の立場であれば城内の出入りは自由にできるのでセルジオ王に会う事も可能だ。しかし俺はそういった立場にはないし、逆に父にはできない事ができる。
俺が学園に入学できない事を気にしていたシオンを驚かせようと黙って騎士クラスの秋入学を果たし、今は学園の生徒の一員となっている。つまりシオンの近くである学園内に俺は自由に入る事ができるということ。ただクラスが違うので寮や教室など一部を除いてではあるのだが。
ならば俺がするべきことは、早く学園へ戻る事とシオンに了承済みだというその話の内容を聞く事だろう。
「では俺も学園に戻りますね」
「二人とも学園の寮に入ってしまったから寂しいわ。また近いうちに帰ってきてね?」
「もちろんですよ、母さん」
「いってらっしゃい、リオル」
玄関で母に見送られ、俺は急いで学園へと戻った。
本当ならば学園でもう少し騎士としての実力をつけてからシオンに会いに行こうと思っていたのだが、そうもいっていられない状況となってしまった。
しかし俺が学園に入った理由はシオンを驚かせるためだけではなく、シオンの負い目を少しでも減らすため。つまりそれはシオンの平穏のためだ。
敵か味方か、目的もわからないあの少女がシオンに近づいている今、どちらが俺にとって優先すべき事かなど明白だった。
俺が学園に戻ったのはすでに昼を過ぎた頃だった。
ちょうどエミリオを見かけたのでシオンの居場所を聞く。エミリオは父と城に行ったときなどに何度か話したことがあり、学園に入学してからは親しい友人の一人となっていた。
先日も王宮の夜会にシオンがイェシオンとして出席すると知り、一緒に夜会に俺のパートナーとして参加してもらったのだ。
あの時はドレスが苦手なシオンに念の為男性用の服を持っていった。後日父が袋に入ったしわしわのドレスを見てまた嘆いていたらしい。
場所を尋ねただけだったのだがエミリオは親切にその場へと案内してくれ、俺はシオンと中庭の一角で再会した。
期待通りシオンはとても驚いていた。
驚きながらも俺の体調を心配するシオンに今はもう平気なのだと告げ、入学時に俺が目を覚まさなかった理由を説明した。
本当は説明する気はなかったのだが、とにかく早くシオンに納得してもらいあの話をしたかったからだ。
やはりシオンは責任を感じたようで少し心苦しかったが、今はシオンに話を聞くほうが先だと思い直しイェシオンについての話を始めた。
当初はシオンにだけ話をするつもりだったが、ランスというシオンの友人の言葉からイェシオンが入学するという事は正確にではないがすでに噂として広まっていると確信した。それにすでに王の許可を取っているという手回しからもそれは真実となるだろう。
だがやはりシオンにだけにしか話せない内容もある。
個人的に要注意人物だと思っているユージンが遮音の結界を張ると申し出てくれたが、あれは術者が望めば聞こえてしまうし、俺も似たような事が出来るので遠慮しておいた。
俺の作り出した土の壁の中で、確認も込めてシオンに色々と尋ねた。
あの少女の名前はミカゲという過去に勇者と共にあった人物なのだという。
確かにそのとおりなのだがその情報は一般には公開されていない。俺も子供頃、好奇心によって偶然知ってしまった情報だ。
王宮で保管されていたという本から出てきたという点からしても恐らく本当のことなのだろう。
しかし問題はミカゲの目的を尋ねた時のシオンの様子だった。
ミカゲの目的を聞いたはずであるにもかかわらずあまりと覚えていないというのだ。いくらシオンが焦ってミスをすることが多いとはいえそれはさすがに不自然すぎる。シオンはそこまで記憶力が悪いわけではない。
ミカゲが何か魔法を使ったためだと思って間違いないだろう。
もしかしたら本当はその部分だけ無かったかのように忘れてしまう魔法だったのかもしれない。シオンは魔法が影響しづらい体質であるし、同じ闇の属性で耐性があったのかもしれない。高い魔力耐性も闇の属性を持つ故かもしれないが。
とにかく中途半端に効果を発揮してシオンが重要な事をきちんと覚えていないおばかさんな状態にしてしまったのだろうと結論づけた。
シオンがかろうじて覚えていた単語の『利用』『魔王』『キャメ』その三つが意味する事。
魔王といえば勇者に滅ぼされたとされる存在。キャメは恐らくキャメロットという魔王に壊滅寸前まで追い込まれたアヴァロンに吸収される形で合併した国の事だろう。
ミカゲの名前と同様に魔王とキャメロットについても何か隠された事実があることは間違いない。そしてミカゲも何かを隠している。
俺はシオンたちに別れを告げ外出許可を取ると、父がいる城へと向かった。
ミカゲについて父なら俺よりずっと何かを知っているかもしれないし、キャメロットについて調べるのならばやはり城のほうが都合がよい。
城へ到着した俺は、ここぞとばかりに父の名を持ち出し取次ぎを求めた。




