60 了知(クリス視点)
俺はイェシオンを好きだと断言できる。
だからイェシオンの双子の兄であるシオンが他の友人より気にかけている自分になにも疑問を感じてはいなかった。
最初こそ俺に遠慮している様子のシオンだったが、すぐにそんな様子もなくなり今ではいい友人関係を築けていると思っている。
外見の似ているシオンにイェシオンを重ね、シオンが笑うとイェシオンも仲良くなればこんな笑顔を俺に向けてくれるんだろうか、などとバカバカしいことを考えたりしたこともある。
イェシオンが気になるからこそずっとシオンを目で追っているのだと、そう信じて疑わなかった。
シオンの隣にいる俺以外の男にどす黒い感情が沸き起こるのも、シオンとイェシオンを重ねて見てしまっているからなのだと。
あれから何年も経ったというのに、未だきちんと周りが見えていないどころか自分の心すら理解できていなかったのだ。
――気づいてしまえば、簡単なその事実に。
ある日見た幸せな夢。その夢の中で愛しい人を抱きしめたところでその夢は終わりを迎えた。
けれど目が覚めた時、夢での中の出来事であったはずなのに腕にはイェシオンを抱きしめたその感触が残っている。
確かに俺は寝ぼけてシオンに抱きついたと言うのだからその感触が残っていたのだろう。
――けれど、何かが引っかかる。
自分の手のひらを眺める。
シオンは合った時から線が細く小柄だとは思っていた。けれどこの学園に入学しているのだし、エミリオという存在もいたので特に疑う事もなかった。
しかし偶然抱きしめたことで気がついた。
シオンがいくら成長期前だからといっても、納得がいかない程の俺たちとの違い。
明らかにシオンの体つきは俺たちとは違っていた。 骨格が違うとでもいうのだろうか、根本的に何かが違っているのだ。
気がついてみれば、何故今までそれに気づかなかったのかが不思議なほどだ。
シオンの闇属性という未だ不明な点が多い魔法の力でうまく誤魔化されているのかもしれない。
俺も気にするまでは何も疑問に思わずシオンを男だと思っていたし、他に疑うような声を聞いた事もないので間違ってはいないだろう。
だが疑問を抱いた今はその効力が失われたのか、もしくは俺の魔力がその効果を打ち消しているのか。それともその両方なのか。
どの答えが正解なのかはわからないが、結果として俺はその事実に気づき確信した。
――シオンは女だ。
つまりイェシオンとは兄妹ではなく姉妹。イェシオンのドレスがすんなりと着られたのだってシオンが女なら不思議でもなんでもない。
そして浮かぶ疑問。
あの時の少女は本当にイェシオンだったのだろうか。
もしかしたら……その思いが頭の中を延々と廻り、消えることなくくすぶる。
ある時期から気にかかっていたユージンのシオンへの態度。
人前では普段通りだが、シオンと二人きりや人の目が無いときなど明らかにユージンの態度が違っていた。
まるで恋人に向けるような、そんな笑顔を浮かべているのを何度も見かけたのだ。
……俺がシオンを無意識の内に目で追っていたからこそ気づいたのだと今ならわかる。
恐らくユージンは俺より先にシオンが女だと言う事に気づいていたのだろう。そしてシオンに好意を抱いているのは間違いない。
シオンが女だと気づいてから数日、極力それまでと同じ態度を取るようにと意識して過ごしていた。
そんな折、突如その知らせがもたらされた――イェシオンが学園に入学してくるのだと。
期待と不安が織り交じる中迎えたイェシオンが学園にやってくる当日。
教室にいる生徒すべての視線を受けながら、マルツェッラで合った時と同じ笑顔で彼女が壇上で挨拶をしている。
――イェシオンと再会できて嬉しいはずなのに、マルツェッラの時のような感動も感情も沸いてこない。
俺は自分の感情に戸惑いつつも、シオンの隣に座る彼女を見つめていた。
頬を紅潮させたヴィオラが楽しそうにイェシオンと会話している様子を少し冷めた眼で見ている自分。
授業が終了してユージンがシオンを連れて教室を後にするのを苛立ちを押さえて見送る自分。
イェシオンは好きだと断言できるし、感謝している。
マルツェッラで出会った彼女を思うと暖かいものが胸に込み上げてくる。それなのに今本人が目の前にいるというのにその感情は全く沸いてこない。
けれどシオンの隣で過ごしている時には暖かいものを感じ、その隣にユージンが立っていると胸に何かがずしりと重く圧し掛かるような感覚に襲われるのだ。
自分がこれほど節操のない人間だったとは知らなかった。今、目の前のイェシオンに対する感情は冷めているのだが思い出すイェシオンの姿は愛おしく思う。
まさか同時に二人の人間に好意を抱くなどという情けない事実に心の中で頭を抱えていると、ふいに肩を叩かれて現実に引き戻された。
「クリス、聞いてたか?」
「……悪い、考え事をしていた」
「イェシオンが来た歓迎会をしようって話をしてたんだよ。
俺かシオンの部屋で簡単なパーティーをしようって」
「……気を遣わせてしまってごめんなさい」
「そんなことないわ、イェシオン。
私たちがイェシオンを歓迎しているから勝手に開催するだけだもの」
「ありがとう、ヴィオラ」
少女たちが微笑んでパーティーの計画を語り合う姿を微笑ましく思い、その会話を聞き役に徹して眺める。
しばらく二人を――イェシオンを見ていて気づく。
確かにあの時と同じ顔、同じ声、同じ口調。けれど何かが決定的に違う。
今日イェシオンを見たときから感じていた違和感の答えがそれなのだろう。
――このイェシオンはマルツェッラで出会ったあのイェシオンではない。
俺が愛しいと思ったあのイェシオンではない。
……ならばあのイェシオンは誰だったのか。
それはとてもとても簡単な問題だった――




