55 魔王
本当にこの世界には美形が多いとシオンは思う。
目の前の美少女は儚げな雰囲気を纏ってはいるがその瞳はしっかりとシオンを見据えていた。
「あの……?」
少女はただじっとシオンを見つめるだけ。
その沈黙に耐えかねてシオンは少女に声をかけた。
「はじめまして。私はミカゲ、貴方と同じ闇の属性を持つ者です」
「は、じめまして……俺はシオンです」
シオンの言葉を遮るように、ミカゲと名乗った少女は口を開いた。
シオンが慌てて名乗ればミカゲはにっこりと微笑みを浮かべて、しかしその笑顔をすぐに消し去り目を伏せ言葉を続ける。
「私はいつか現れるかもしれない同じ属性をもつ者の為に本に残されたミカゲの記憶。この本を記すまでのミカゲの記憶を持つ存在」
ミカゲはそこまで淡々と告げると、再びシオンを見据える。
その射抜かれるような視線にシオンは思わずたじろいだ。
「決して人に闇の属性を持っていることを知られてはいけない。教えるのは本当に信用できる相手や裏切られてもいいと思う相手だけにして」
「え?でももう学園中に知られてるし、そこから学園の外に知られているかもしれない。もちろん国王だって知っているし」
「……何でそんな状態になってるの」
しどろもどろになりつつ答えるシオンをミカゲは信じられないといわんばりに眉根を寄せた。いわゆるジト目という表情だ。
「隠すっていっても属性判別の水晶ですぐに何の属性を持ってるかはわかるし。それにあの本は王宮で保管されていたから隠してる状態じゃ存在すらわからなかったと思う」
「属性判別の水晶? そんなものは当時なかったけれど……誰かが作ったのね。それより本が王宮にあったっていうのは?」
「勇者様が当時の国王に預けたって」
シオンは友人たちの会話を思い返す。
学園に入り、水晶で闇属性であると知られてしまったからこそこの本を手に取る事ができたのだ。
だからこの本を手に取るためには属性を知られるのは必要だったのだと思う。それに現時点で闇属性を他の人間に知られたからといって、何か不都合が起きたわけでもないので危機感など皆無だった。
「あんのバカ男っ!」
しばらく俯いて口元に手を当て何かを考えていたような様子だったミカゲだったが、突然明後日の方向を振り返り絶叫した。
シオンが先ほどまでミカゲに感じていた儚げな雰囲気などすっかり消え去り、明後日の方向を見つめたまま拳をぷるぷると震わせているその様子に逞しささえ感じていた。
「シオン」
「はい」
ミカゲは再びシオンに向き直る。腰に手をあて少し落ち着きを取り戻すかのようにゴホンと咳払いしてからシオンに向かって指を突きつけた。
「貴方に闇の魔法の知識を伝える事はできるけれど、この時代で闇属性の及ぼす影響は私の時代とは状況が異なりすぎていてはっきりとはわからない。はっきり言って魔法を教える以外には私は役に立ちそうにない」
「魔法を教えてくれるだけでも十分だと……」
シオンの言葉にミカゲは首を左右に振って少しだけ悲しげな表情となる。
「闇の属性の魔法は光以上に危険なの。世界の均衡を簡単に壊してしまう、そんな力を秘めている。私が本を遺したのは……新たな魔王を生み出さない為なのよ」
「魔王?」
「話すと長くなってしまうからざっくりと要約するけれど、勇者の旅の目的は突如現れた空間の揺らぎの中心にいるであろう魔王を倒すことだった。そして実際にその中心にいたのが私。自分でも知らないうちに魔王として仕立て上げられていたの」
突拍子も無い話にぽかんとした表情を浮かべるシオンにミカゲは自嘲気味に微笑む。
「政に利用されたの。アヴァロンを手に入れようとするキャメロットにね。キャメロットという国はもう無いはずだけれど、同じ事が起きないとは限らない。けれど……やはり情報が足りなさすぎるわね」
「うぅ、なんだかピンとこなさすぎてわけがわからない」
「今はそういうことがあったということだけ知ってくれればいいわ。私のことが正しくは伝えられてない事だけは確信できたし、それにちゃんと今の情報を手に入れる手段が私にはある」
シオンは頭がパンク寸前といった状態で頭を抱える。
ミカゲはにやり、といった笑みを浮かべてそんなシオンの額にこつんと自身の額を当てた。
ほんの僅かに感じられる程度の魔力がシオンに流れ込み、そしてミカゲへと戻っていく。
「あら。都合のいいことに私が表舞台に立っても問題ない立場があるじゃない。しばらくその立場を利用して情報を集めてみようかしら」
「え?」
ミカゲはそう言うと、歌うように言葉を紡ぐ。
しゅるしゅると闇が生まれ、ミカゲを包み込みぎゅっと凝縮して消える。
闇が消えた後、ミカゲの立っていた場所にはイェシオンが立っていた。
「……へ?」
「どうかしら?」
「えっと、そっくりだけど……それは闇の魔法?」
シオンの言葉にミカゲは満足げに頷く。そしてとんでもない事を提案したのだった。
シオンはがばりと飛び起きると慌てて辺りをキョロキョロと見回し、そして枕の下から例の本を取り出した。
机の上で本を広げてみてもやはり本のページは真っ白なままで、先ほどのことは生々しい夢に過ぎなかったのかと息をついて本を閉じる。
「どうかしたの?」
「ちょっと嫌な夢を見ちゃって……っつ!」
背後から尋ねる声にシオンは何気なく答えかけ、気づいた。ここは寮の自室でシオンしかいないはずで、友人たちも理由もなく勝手に入ってくるようなことはしない。
シオンが慌てて振り返るとそこに立っていたのはやはりイェシオンだった。正しくはイェシオンの姿をした、本に宿っていたはずのミカゲの記憶。
「夢じゃなかった……?」
「ええ。貴方の妹としてまずは今の時代の情報を集める。貴方の記憶を読ませてもらったけれどかなり引き篭もっていたみたいだし、何より自分の目で確認しておきたいこともあるから」
「それじゃあまさかあの事も?」
「もちろん。それじゃあ私は準備があるから、また数日後に」
シオンの引き攣った笑顔にまるでお手本だといわんばかりににっこりと笑顔を向けると、ミカゲはスカートをひらりとなびかせながらバルコニーから飛び立つ。そして次の瞬間にはミカゲの姿は掻き消えていた。
シオンはその様子をあんぐりと口を開けて見送るしかできなかった。
あまりにもめまぐるしい展開に頭が理解する事を拒絶したかのように、魔王云々は他人事のように感じていた。それよりも夢の最後にミカゲが提案した言葉のほうがシオンの頭の中をぐるぐると回り続けていた。
「貴方は現在の魔法のあり方を知るには最適の場所にいるみたいだし、出来るだけ近くにいたほうがいいのは間違いないわ。だから私も貴方の妹として学園に入学するわ」
まるでイタズラを思いついた子供のように、イキイキとした様子でミカゲは笑みをこぼしたのだった。




