54 文献
ランスの登場によってそれまでの息苦しいともいえる状態から脱し、シオンは受け取った本を眺める。
裏返してみても、本来あるべきものは見つからなかった。
「ユージンこの本は? 本のタイトルがみあたらないんだけど」
「それは闇の属性を持つという人物が書き記したと言われている本だ」
記録にすらほぼ残っていないような闇属性の人間の残した本、それが本当ならばそうとう貴重なものであることは間違いない。
現にユージンの言葉に、クリスが驚きの声を上げる。
「ちょっと待て。それは城の研究者が保管していたはずだろう」
「ちゃんと許可は取ってある。そもそもすでに調べつくされているし、読むことが出来る人間がいないだろう。……すべて白紙だからな」
その言葉にシオンはパラパラと本のページを捲ってみたが、一見しただけとはいえ確かにすべてのページは何も書かれていない綺麗な白紙のようだった。本のタイトルも本文も何もないとなればこの本自体に何か秘密があってもおかしくはないのだが。
「面白そうだな。ちょっと俺にも見せて」
「うん、どうぞ」
トレジャーハンターとしての血が騒ぐのか、嬉々とした声でランスがシオンから本を受け取り興味深そうに眺める。
部屋の中心でランスを囲むようにして、三人はランスじっと見つめていた。
「んー、この本の装丁ってかなり昔、勇者がいた時代に流行ってた装丁だな。本自体は全く傷んでいないが新しいものでもない、なにか魔力が作用して綺麗な状態を保っているってとこか」
「へぇ」
一見しただけでそう感想を述べるランスにシオンは素直に感心し、クリスとユージンは何ともいえない表情で顔を見合わせた。
ランスはすっと目を細めると、右手の指先にぽっと魔力の炎を出現させる。そしてその炎をゆっくりと本へと近づけた。
「っ! ランス何するんだ!?」
クリスの慌てた制止の声などお構いなしに、ランスは生み出した魔力の炎で本の角に近づけゆらゆらと揺れる炎で本を炙る。しかし本は燃え上がる事も黒い煙を上げることもなく、綺麗な状態のまま何の変化も見せる事はなかった。
「ふぅん……やっぱり普通の本じゃないか。仕組みはわからないが魔力を打ち消すこともなく、ただ本来の状態のまま在り続けている。確か最後に闇属性の人間がいたとされてるのは……」
「二百年前、勇者の協力者の中にいたという話だが名前すら記録には残っていない。いたらしいという事、そしてその本は勇者が当時の国王に預けたという話だ」
「城の研究者の間でも本当にこの本が闇の属性を持つものが残した本なのかどうか自体を疑う意見もある」
ランスは炎を消しパラパラと本のページを捲る。その呟きに答えたのはユージンであり、クリスは安堵の表情でユージンの言葉を補足した。
「魔力を流し込んでみてもそこに本がないかのように魔力が流れ落ちるだけで何の情報も掴めない。厄介な代物だな、これは」
「だが本が損傷を受けるという心配がほぼ皆無であるからこそ、王子の名前を出すだけで持ち出すことができたんだ。本に何かあっても責任はすべてクリスに」
「おい」
ぱたんと本を閉じ、それ以上はわからないとランスは本をシオンへと返した。
ユージンがさらりと言った言葉にクリスはユージンの肩に手をかけてぐっと力をいれていたがユージンに気にする様子は見られない。
「闇属性のシオンにならなにかわかるかもしれないな」
「残念ながら現時点では白紙の本にしかみえないけど」
「とりあえず貸し出し期間は三日間。その間本ははシオンに預ける」
先ほどの話やクリスの様子からも本はかなり重要なものだということはシオンも理解している。シオンはそんな重要なものを三日間も自分が管理するのかと思うと、本の秘密も気にはなったがそれ以上に気が重くなった。
「本に何かあったらクリスに迷惑が……」
ちらりと伺うように視線を向ければ、シオンを見ていたクリスと視線がぶつかる。
クリスは一瞬目を見開いたかと思うと、すぐに伏し目がちにシオンから視線を逸らした。しかしすぐに視線をシオンへと戻し、安心させるかのように口を開いた。
「大丈夫だ。本に危害を加える事のほうが難しいだろうし、無くすような物でもないだろう」
「……わかった」
クリスの言葉にシオンはぐっと本を抱きしめて頷く。
自分が本の謎を解明できるとは思っていないが、闇属性について少しでも何かわかるかもしれない。そう少しだけ期待を込めて。
「さてと。用件も終わったし部屋に戻るぞ、クリス」
「……あぁ」
「シオンも昨晩寝ていないんだろう? 昼食の時間には呼びに来るから、それまで休んでいたほうがいい」
「戻ってから少しは寝たけれど……そうだね、もう少し寝ておこうかな」
色々あって疲れたし、とシオンは欠伸をかみ殺す。
そんなシオンの頭にランスはぽんと手を置いてにっと笑う。
「じゃあまた後でな」
「ん、おやすみ」
ランスはひらひらと手を振りシオンの部屋を後にする。
クリスは未だにシオンをじっと見つめたままで、そんなクリスをユージンは襟首をつかんで文字通り引きずり部屋へと戻っていった。
友人たちが去ってすっかりと静かになった部屋で、シオンは腰に手を当て満足げに頷いた。
「本の内容を勉強する時の定番といえばこれだよね」
定番といってもそれは前世での話でありこの世界では定番でもなんでもないのだが、物は試しにとシオンはいそいそと枕の下に先ほど預かった本を置いたのだ。
そしてごろりとベッドに横になる。すると恐ろしいほどにあっさりとシオンは眠りに落ちていた。
その時うっすらと本が光を帯びていたのだが、本が枕の下だった為にシオンがその事に気づく事はなかった。
シオンは自分の置かれた状況が全くわからない状態だった。
見回してみても視界に移るのは白のみ。
途方に暮れて溜息をついた時、突然吹きぬけた風によって目の前を覆っていた白が取り払われて視界がクリアになる。
クリアになったシオンの目の前には、見覚えのない一人の少女が立っていた。
真っ白な肌に流れるような銀髪。そして何より印象的なのは黒とも紫とも見える瞳。
自分とは似ているところはないのに何か近いものを感じる少女。何故だかわからないが、シオンはこの少女が二百年前にいたという闇の属性を持った人間なのだと理解していた。




