56 画策
ミカゲが現れてから三日後、学園内はある話題でもちきりだった。
魔術師クラスに特別編入として入学してくる生徒がいるらしい、と。
ヴィオラが来てからは昼食をすんなりと済ませられるようになり、時間に余裕ができたシオンたちは中庭でのんびりと次の授業までの時間を過ごすことが日課になりつつあった。
その日もエミリオを除く五人は中庭で思い思いの時間を過ごしていた。シオンは芝生に座りヴィオラと談笑していたのだが、突然背後から現れた人物によって影がかかった。
誰だろうと顔を上げたシオンは影の主を見てぴたりとその動きを止め、かろうじて言葉を発した。
「兄さん……どうしてここに?」
シオンを見下ろすように立っていたのは実家にいるはずの兄、リオル。予想もしていなかった来訪者にシオンは酷く狼狽した。
その様子に気づいたクリスやユージンたちもどうしたのかとシオンのもとへと集まる。
「制服……兄さんも学園に入学したの?」
「ああ。お前を驚かせようと思ってもう少し隠していたかったんだけど、そうも言っていられない状況になったからね」
「もしかして噂の魔術師クラスへの特別編入生っていうのはシオンの兄さんの事か?でもその制服は……」
溜息をつきながらリオルがシオンの前に腰を下ろすと、続いてランスがシオンの隣のヴィオラとは反対側に腰を下ろし、クリスとユージンはシオンたちのすぐ後ろの木に背を預けてシオンたちに視線を向ける。
すぐに噂の主がリオルのことではないかと思いついたランスだったが、そのリオルの着ている制服をみて首を傾げた。
「リオル様は秋入学で騎士クラスに入られたんですよ」
その声にシオンが顔をあげると、リオルの背からエミリオが覗き込んでいた。
リオルが着ている制服はシオンたちとはデザインの違う、エミリオが着ているものと同じ騎士クラスのものだ。
「兄さん体が弱いのに騎士クラスだなんて大丈夫なの?入学式の当日だって……」
「そのことなんだけれどね」
リオルはくしゃりと前髪を握るように額に手を当てると、はーっと大きく溜息をつく。
そして空いた手でぴんとシオンの額を弾いた。
「痛っ」
「体が弱かったのは幼い頃の話だよ。入学式の前日にお前は俺にゆっくり休んでくれと言ったのを覚えているかい?」
「なんとなく」
「自覚はないだろうけれど、その時に俺に魔力も流し込んでいったんだ。ゆっくりと休めるように」
シオンは自分の背中を冷たいものが伝うのを感じた。あの時はまだ知らなかったが、今では自分の魔力を流し込まれるとどうなるかを知っている。
その言葉の意味を理解した友人たちの視線がシオンに集まり、よくわかっていないヴィオラだけが首を傾げた。
思わず視線を彷徨わせるシオンの肩にランスが手をかけ間違いないといわんばかりに首を左右に振り、シオンはがっくりとうな垂れた。
「あの日兄さんが目を覚まさなかったのは俺のせいなんだね」
「まぁおかげでゆっくりと休めたけれどね。ただその魔力が消えるまで目が覚めなかっただけで今の俺はいたって健康体なんだよ。けれど問題というのはその事じゃなくて別の事」
それまで苦笑いを浮かべながら話していたリオルが表情を引き締め、それにつられるようにシオンも表情を引き締めて姿勢を正す。
ヴィオラとランスもリオルに向き直り、木にもたれたクリスとユージンは相変わらず視線だけをリオルに向けている。
リオルは自分を見つめている視線の主を見回してからゆっくりと口を開いた。
「イェシオンがこの学園に転入してくることになったんだ」
その展開はまさにミカゲが予告していた通りの事で、リオルの言葉はシオンが頭の片隅で予想していたものだ。
そんなシオンとは逆に明らかに動揺したのはクリスとユージンで、二人とも目を見開いてリオルを凝視していた。
「先日突然連絡も無く家に帰ってたんだけど、特別転入の為の王の許可もすでにとりつけていた」
「準備いいねー……」
「その事でちょっと確認したい事があるんだ。少しいいかな?」
リオルはシオンが頷いたのを確認してから周りの友人たちに視線を投げかける。
その視線の意味をいち早く理解したのはユージンだった。
「聞かれたくない話、ですね。なら俺が遮音の結界を張りますよ」
「ありがとう、でも大丈夫。俺も似たような事はできるからね」
「わかりました。では俺たちはあちらで待ってます」
「うん、ありがとう」
ユージンの申し出を断ったリオルは地面に向かって手をかざす。するとぼこぼこと土が浮き上がり、あっという間にシオンとリオルは土のドームに覆われた。
少しだけ離れた場所へと移動した友人たちからは感嘆の声が漏れる。
「さっすがファーカシス家の長男だな。無詠唱でこんな事できる人間なんてそうそういないぞ」
「ああ。シオンの兄上の属性は土ということだろうが、すごいな」
「噂には聞いていましたが……本当に魔術の名門の一家なのですね」
両腕を頭の後ろに組んでランスが感心すれば、クリスは興味深そうに手を顎に当てて何かを考えていた。ヴィオラもファーカシス家の名前は知っていたらしく、土のドームを見つめたまま呟く。
「リオル様は素晴らしい魔術師ですが、騎士としてもすばらしいんです。僕も純粋に剣でだけの勝負なら勝てるでしょうが、魔術を使われたら勝てる気はしません。戦場で戦えば確実に負……ユージン様?」
まるで自分のことのように嬉しそうに言うエミリオだったが、自分たちから少し離れた場所で土のドームを見つめているユージンの様子がおかしい事に気づく。
じっと土のドームを睨むように凝視していたユージンはエミリオの自分を呼ぶ声で我に返り、前髪をかきあげ自分を心配そうに見つめているエミリオたちの元に戻った。
「……そうだな。あれはかなり高度な魔法で作られている。ただ固められた土ではなく細かい塊が振動してノイズをだしている。その壁が層になっていて音を遮断すると同時に聞こえるはずのノイズも打ち消しているようだな」
ユージンは再び土のドームを一瞥し、その言葉にランスはがっくりと肩を落として大きな溜息をついた。
「恐ろしいほど高度な魔法だな。それを無詠唱で、しかも騎士クラスの新入生が、か。魔術クラスとしての立場がないなぁ」
「そう言うな、ランス。魔法の特性はそれぞれだから向き不向きもある。それにそれを言うならユージンだって似たようなものだ。魔術クラスにいるが実際は騎士クラスでもトップクラスの実力。それでいて魔力も高く、今だって魔法使っていたんだろう?」
「……ああ」
クリスは落ち込むランスを宥めながら、ユージンに視線を投げかけた。
咎めるような視線を受けてユージンは肩をすくめる。
「どうなっているのか興味があってな。ちなみに二人の会話は聞こえなかった」
「そうか」
そう答えながらも信じてはいないクリスの視線に、こういうことには鋭いなとユージンは苦笑を浮かべた。




