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39 脅威

 シオンが寮に戻った時には同じように戻ってきていた生徒も見かけたが、クリスとユージンの姿はなくランスだけが部屋に閉じこもっていた。

 シオンが呼びかけても何かをブツブツと呟くような声が聞こえるだけで、返事すらなく出てくる様子もない。


「ランスー! おーいっ、いるのはわかってるんだー!」


 とりあえずシオンはドンドンと扉を叩き、大きな声で呼びかけてみた。

 部屋の中で何かが動く気配がして扉に少しだけ隙間が生まれる。

 反射的にシオンは足先を扉の隙間に差し込んで扉をこじ開けようと試みるが、ランスに力でかなうはずもなく扉はビクともしなかった。


「……シオンか?」

「うん」


 扉の隙間から外を覗くランスは背中を丸めビクビクとした様子で、髪も心なしかしな垂れ、疲れたような表情だった。

 それは普段の爽やかさはどこかに置き忘れたかというほどに異なった印象を受ける。

 そのあまりの変貌ぶりをさすがにシオンも不振に思うと同時に心配になった。


 ランスは扉から顔だけだしてキョロキョロと辺りを見回すと、シオンの腕を掴んで部屋へと引きずり込み、すぐさまバタンと扉を閉める。

 突然引っ張られたためにシオンはバランスを崩して倒れこんだところをランスに抱きとめられ事なきを得た。


「いきなり何するんだよ」

「あー……悪い」


 ランスの腕から開放され部屋を見渡せば、窓のカーテンは締め切られ電気も消されたままで昼間なのに部屋の中は薄暗かった。

 そしてそれ以上にシオンが気になったのは、二人部屋であるはずのランスの部屋にランス以外の生徒が同室している様子が全くないことだ。


「ねぇランス。ランスのルームメイトって……」

「あぁ、俺は一人でこの部屋を使っているんだ。原則二人部屋だが魔術師クラスの一年の生徒は十人だからな」

「あー、俺が一人で部屋を使っているからか」


 シオンの言葉にランスが頷く。

 本来入学する予定であったリオルの体調を考えての処置であったが、それによってランスもシオンと同じように部屋を一人で使っていたらしい。

 シオンは今まで一番の友人のはずのランスのルームメイトすら知らなかった、気にもしていなかった自分が酷く薄情な人間に思えた。


「あれだけ色々あったのにシオンがそこまで気にするなんて無理だろ? そもそも色々大雑把なシオンに気にされたら、俺に気があるのかと疑われるぞ」

「何か酷い言われようだな」

「そうか? 事実だと思うけどなぁ。まぁそんな女々しいこと気にするなってことだよ」


 そんなシオンの様子にすぐに気付く、空気は読めないが心遣いはできるランス。

 わしゃわしゃとシオンの髪をかき回しながら笑うランスは、いつしかいつもの明るい表情に戻っていた。

 それに気付いたシオンは嬉しくなってあえてランスの手を止めずにいたのだが、その手が止まった時にはすっかり髪はボサボサになっていた。


「ところでランス、何かあった?」


 空気は読めてもどう行動すればいいのかわからないシオンは、髪を整えつつ直球でランスに質問を投げかける。

 とたんにランスの表情が曇り、シオンは失言だと気づけど時すでに遅し。ランスは再び背中を丸めて壁に寄りかかりブツブツと何かを呟いていた。

 断片的に聞こえてくる単語を拾い、シオンは一つの答えを導き出す。


「えーっと、ランスはお姉さんが大好きなんだ?」

「何でそうなる?」


 ぴしっと指を立てて真面目な顔で問いかけたシオンに、ランスはぎぎぎっと首だけ動かしてシオンを振り返った。


「姉貴のことを好きか嫌いかで答えるなら、答えは『怖い』だ」

「好きか嫌いかで答えてないじゃないか」


 すっかり座ったままの目つきで真剣な様子で答えるランスだが、どうやら相当混乱しているらしい。

 ランスは思わずつっこんだシオンの両肩を掴み、がくがくと揺さぶる。


「シオン、お前はあの人に会ったことがないからそんな悠長なことを言ってられるんだ! あれは鬼っ……」

「久しぶりね、ランス。ところで何が鬼なのかしら? この愚弟」


 勢い良く開かれた扉を振り返れば、そこにはランスと同じ赤を湛えた髪を腰までなびかせた女性が腕を組みながら優雅に立っていた。


「っ!」


 ランスが息を呑み、ぴたりとその動きが止まる。

 揺さぶりから開放されてたシオンはくらくらとする頭を押さえながらその女性に向き直った。


「ランスのお姉さん? 綺麗な方ですね」

「うふふありがとう。ランスの姉のフィリアよ、ファシール君。噂通り可愛らしい子で嬉しいわ」

「可愛らしい、ですか。俺は貴方のように格好良くなりたいです」


 シオンの言葉にフィリアは笑顔を浮かべたがすぐに表情を引き締める。

 そしてカツカツとヒールを鳴らし二人の元へと歩み寄ると、ぐいとランスの顎を掴み持ち上げた。

 強制的に上を向くような格好となったランスは落ち着かなく視線を彷徨わせる。

 その様子は身長はランスのほうが高いのだがまるでフィリアのほうが背が高いと錯覚してしまうものだった。


 シオンは本能的に悟った。

 フィリアは逆らってはいけない部類の人間なのだと。


「聞いたわよ、貴方ジオ様に手も足も出なかったんですって?」

「それは……」

「情けないっ! あんな解かりやすい性格の人に手も足も出ないだなんてっ」


 心底呆れたという様子でフィリアは溜息をついていたのだが、ジオはこの国の騎士団長であり間違いなくこの国でトップクラスの実力者だ。その息子であり、騎士としての鍛錬を長年積んできたユージンでさえ容易くあしらわれていたほど。

 くら優秀とはいえそう易々と勝てるような存在ではない。シオンの様な特殊な例外を除いては。


「ファシール君は一撃で仕留めたというのに」

「どうしてそれを?」

「ちょっと調べたのよ。どんな些細な情報であっても大切な戦力ですもの。それに面白そうだったから」


 シオンが疑問を口にすれば、フィリアは当然といった様子で解かり易い建前と本音をさらりと告げる。

 そしてまじまじとシオンを見つめ、満足そうに笑顔を浮かべた。


「何か困ったことがあったら私に連絡なさいな。私は可愛い子の味方だから」

「ありがとうございます」

「それじゃあ用事があるから行くわね。またね、ファシール君」

「はい」


 言いたい事だけ言うと、フィリアはさっさと部屋を後にした。

 何故ここにフィリアが、女性がいるのかが疑問であったがシオンにはそのことに気付く余裕はなくただ呆然とするばかり。

 フィリアは嵐のようにやって来て、あっという間に過ぎ去ったのだった。

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