40 地雷
突然やって来たフィリアがどのような用件で来たのかもわからないまま、シオンとランスの二人はフィリアが出ていった後もただ呆然と扉を眺めていた。
「えーっと、結局何だったの? っていうか部外者は立ち入り禁止じゃ……」
「あの人に常識は通じない。だがあの人もあれで優秀なトレジャーハンターだから何か招待を受けているのかもしれない。さすがにここに許可なく進入することはないだろうし、そんなメリットもないはずだ」
「でも格好いい人だよね。ちょっと憧れちゃうなぁ」
シオンの感想にランスは驚愕の表情を浮かべ、がっしりとシオンの両肩を掴んだ。
やはりランスにいつもの笑顔はなく、その額からは汗が噴出している。
「落ち着け、シオン」
「いや、ランス。まず君が落ち着くべきだと思う」
ランスの言葉にシオンがそう返したのは至極当然のことだろう。
しかしランスはそんなシオンの言葉を気に留める様子などなく、ぐっと拳をにぎしりめる。
「いいか? あの人は素手でドラゴン種を拳で殴り倒すような何でトレジャーハンターをやっているのか疑問なほどの攻撃力を誇る変態だ。ちなみに腰にあった鞭は似合うからという理由の飾りだ」
そう力説しつつもランスは怯えるように自身を抱きしめぶるりと震える。先ほどの様子からしても相当姉であるフィリアを苦手としているようだ。
しかしドラゴン種と呼ばれるそれらは一番弱いとされる地竜であっても倒そうと思うならば騎士や魔術師などが兵団で挑むような相手なのだ。それを一人、素手で倒すなど夢物語といわれてもおかしくない。
そもそもそんな戦力があったのならば国の均衡すら脅かされる。
「それは大げさすぎるんじゃない? ドラゴン種って地竜ですら剣が弾かれるほどの硬さのはずだし。まぁ見たことはないけど」
「地竜なんてあの人は無傷で沈めるんだよ。もう次元が違うというか人間であることすら怪し……」
一気にまくし立てるランスの言葉は、バタンと扉が開かれる音で中断された。
声にならない悲鳴を上げて、ランスはシオンに抱きつく。ぎゅうぎゅうと抱きつかれたシオンは苦しいのだが、ランスはシオンの肩に顔を押し付けるようにしてぶるぶると震えていて突き放すのも気が引けるほどの怯えっぷりだ。
「……何してるんだ、ランス」
少々怒気を含んだような声色で、扉を開いた張本人であるクリスがべりっと音がしそうな勢いでランスをシオンから引き剥がした。
「クリスも戻ってたんだ。ユージンも一緒なの?」
「いや、俺一人だ。ユージンは明日戻る。それよりコイツはどうしたんだ?」
ランスの襟首を掴んだまま、クリスはシオンに尋ねる。視線は胡散臭そうにランスにむけられたままだ。それでもランスは自分の襟首を掴んでいるクリスの腕にすがりつくようにして震えている。
「あの人は……?」
「あの人とはフィリア殿のことか? フィリア殿ならば先ほど学園長に会われて……もう帰られたはずだが。なるほど、それでその怯えようか」
「どういうこと?」
一人で納得したクリスはランスを宥めるようにその背中をぽんぽんと叩き、シオンを振り返った。
「何と説明するべきか……シオン、フィリア殿について何か知っていることはあるか?」
「鞭は飾りでドラゴンを殴り倒すとか? さすがにそれは大げさだろうけど、美人で格好いい人だよね」
シオンの言葉にクリスは天を仰ぎ、「あー……」と声を漏らした。
そして苦笑いを浮かべながら再び視線をシオンへと戻す。
「なんというか、事実、だな」
「えー……そんな人がいたら国同士の均衡とかに影響ありそうなものだけど、そんな話聞いたこともないし」
「それはそうだろう。国同士でも暗黙の了解だからな『触れるな、関わるな』と」
「なにそれ」
シオンがジト目でクリスを見れば、クリスは大きく息を吐いてバートン家についての説明を始めたのだった。
アヴァロンが他国と結んでいる条約の中には、『バートン家にはいかなる理由があろうとも自ら関わりを持ってはならない』という一文が含まれているらしい。
「本人を目の前にして言うのもなんだが、なんというか地雷のような一家なんだ」
「は?」
「国同士のいざこざには全く関わりを持たないと断言しているんだが、その力を欲して自国に出向くように要請する阿呆はどの国にでもいてな。そういった輩がどうなったかは俺にもわからん」
クリスは眉間を押さえながらも言葉を続ける。
「それ以外の用件で伝達にいった者までも黙秘権を行使する始末、『どんな理由であれ近づいたら痛手を受ける』それがバートン家に対する国家の認識だ」
遠い目をして淡々と告げるクリス。その要請しにいった人がどうなったのかとランスに視線を向ければ、ランスもやはり遠い目をして窓の外を眺めていた。
「ランス?」
「俺が知っているのは……実力行使に出ようとした相手をあの人がフルボッコにしているところまでだ」
シオンの言葉にランスは再びぶるぶると震えつつも、しっかりと答えた。
「まぁそんな感じで出向いた者は帰ってこないか、帰ってきた者も全てにおいて黙秘するかどちらかなんだ。ちなみに現地の役人もバートン家については一切のノーコメントだそうだ」
「えー……」
「それ以外は他の国民と同じでちゃんと税も納めている。ならば必要以上に接触しないほうがいいということになってな。そういえば家にいない事も多い一家だが、留守中に進入したという賊もやはり行方不明らしいな」
「色々申し訳ない」
クリスは真面目な顔で冗談を言っているような様子ではなく、そしてその言葉にランスは目を伏せてはいるがやはり否定する様子はない。信じがたいことだが、それらは全て事実であると二人の態度が物語っていた。
「自分たちが国の政に関わると均衡が崩れるとか言っちゃってるけど、ぶっちゃけ面倒臭いだけなんだ」
「どちらにせよそのおかげで国家間の均衡が保たれているのは事実だからな」
一家族によって国家間の均衡が崩れると言われてもシオンに実感などあるわけもなく、それが親友とも言える友人の一家であるのだから信じられないのは尚更だ。
しかしシオンが考えていたトレジャーハンターの一家のイメージとはかけ離れているのは間違いないようだった。
そして今更だが、ランスを引き離した後も肩が触れそうなほど近くに留まったままのクリスに圧迫感を感じるので窓際の壁にもたれかかる様にして二人から少し距離を置いたのだった。




