38 魔石
「うっ、イェシカ……シオンが自分の事を『俺』と……」
「あら、格好良いじゃないですか。これなら学園生活も大丈夫そうですわね」
「娘が……娘でっ……!」
両手で顔を覆いさめざめと泣く父をばっさりと切り捨てる母。
その二人を気にかけることなく、兄弟はは夕食をとっていた。
「シオン、残りの休暇はどう過ごすんだい?」
「残りといってもあと二日しかないし。明日中には寮に戻ろうかと思ってる」
「そうか。渡したいものがあるから後で俺の部屋に来てくれるかい?」
「うん、わかった」
食後のお茶を飲み、リオルが席を立つ。シオンは数ヶ月ぶりの家族での食事を楽しみながら、相変わらず食べ続けていた。
リオルが席を離れてから半刻後。
「ごちそうさまでしたっ」
食事を終えたシオンはその足でリオルの自室へと向かう。
(渡したいものって何だろ?)
考えてみたところでわかるわけもなく、シオンはさっさと考えることを放棄してリオルの部屋の扉をノックした。
リオルの返事がありシオンが部屋の中へと入ると、机に向かっていたリオルが振り返り立ち上がる。
窓から差し込む月の光を背に受けて立つリオルは友人たちとはまた違ったタイプの美形だ。
ユージンは寡黙な騎士タイプ。ただ臣であったころはキラキラ王子様タイプだったのでかなりイメージが変わっている。
ランスは爽やかな人気者タイプで好かれやすいのもこのタイプだろう。
クリスは犬っぽい。普段は完璧な王子様なのだろうが、シオンにとってはイェシオンの時の印象が強烈すぎてそんなイメージになってしまった。
リオルは優しいお兄さんタイプ。兄だからという理由だけでなく、そばにいて安心感を与えてくれるような存在なのだ。
それはシオンが今まで彼らと付き合って感じた感想なので本当は違うのかもしれない。
好きな相手の前だと豹変する人も世の中にはいるというし、クリスもそのタイプかもしれない。
「シオン、どうしたんだ?ぼんやりして」
「え?ううん、なんでもない。それより渡したいものって何?」
「ああ、これだ」
シオンがぼんやりとした様子でそんなことを考えていたのでリオルが怪訝そうに尋ねた。
まさか四人をタイプ別けしていたともいえないので平然を装い誤魔化す。
リオルは気を取り直して机の引き出しから小さな箱を取り出した。そして徐にその箱を開いて中から小さな石のつけられたネックレスを取り出した。
「この石は……」
「一応魔力石だよ。俺の自作で悪いんだけどね」
シンプルな細工の台座に埋め込まれた小さな黄色い石。魔力を帯びたそれはリオルの魔力でできていて土の属性をもつ。
一般的に魔力石はお守りとして自分と相性の良い属性を持つのが定番となっている。
本来の使用目的は魔法補助なのだがそれは持つ者が魔術師であればの話であり、その場合は質の良い魔力石が必要となる。しかしそれを作る過程で失敗した物やそこまで技術のない者が作った物がお守りとして多く出回っている。
リオルが自作したという魔力石は小さいがかなりの魔力が込められていて、間違いなく質の良い前者だった。
「うわぁ、兄様ありがとう!大切にするね」
「うん、いざというときは魔力を少し込めて相手に投げつければ倒せるはずだから」
「大切に……」
「危ないときは迷わず使うんだよ?」
「……うん」
どうやらこの魔力石はお守りでも魔法補助の媒体でもなく使い捨ての武器であるらしい。リオルの属性は土なので爆発するようなことはないだろうが、物騒極まりない代物であることに間違いはないだろう。
その物騒な代物はにこにこと笑顔を絶やさないリオルによってシオンの首へとかけられた。
「それじゃあ俺は明日は用事があって見送れないけど、体に気をつけてがんばるんだよ」
「兄様も、体調には気をつけて」
「はは、シオンは心配性だな。体が弱かったのは過去の事だよ。今はもう至って健康だから」
「え?でも……」
入学式の当日に倒れていたから自分がこうして学園に入ったのにと、シオンは喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んだ。
そもそもその原因は、シオンにある。
一向に魔法の鍛錬をしないシオンにアロルドが泣きついて正直鬱陶しかったので、嫌々魔力の塊を具現化したのだがやはり制御することができずに見事に魔力の固まりを池に落としてしまった。
盛大な水しぶきを上げて沈んだ魔力の塊はしばらく池の中にもやもやと黒い霧を吐き出し続けて、その時の水しぶきをアロルドとリオルが盛大に浴びてしまったのだ。
そしてリオルが寝込んでしまい、一大決心をしたシオンが学園に入学した。
友人もできて、心置きなく魔法の鍛錬もできて入学してよかったと思っている。
しかし逆にリオルは入学できる年齢ギリギリであり、来年には入学資格を失ってしまうのだ。
自分のせいでリオルが魔術学園に入学できなかったといっても過言ではない。
それを思うとシオンの心はずきりと棘が刺さったかのように痛んだ。
「ねぇシオン。俺は学園に入学しなくても十分立派な魔術師だと思うんだけど」
「それはそうだけど……」
すっかり下を向いてしまったシオンだが、リオルはその胸中が容易に想像できてしまい苦笑しつつ言葉を続ける。
「そもそも俺は学園に興味はないからね。知識と技術だけなら父上に十分詰め込まれているから。足りないものは実践だけど、それは学園に通うより父上の隣にいたほうがずっと身につくんだよ」
「でも……」
「俺には学園卒なんて看板は必要ないよ。そんなものに頼らなくても魔術師としてやっていけるのに学園に通うという時間のほうが俺にとっては枷だったんだ。だからシオンには感謝しているんだよ」
そう言われるとそれ以上シオンに返せる言葉はなかった。
それでも兄が通うほうがよかったといえば、学園に通ったという前提がなければリオルは魔術師としてやっていけないと言っている様なものなのだ。
実際リオルが言う事は自信過剰というわけでなくすべて事実であり、実践すら普通の魔術師よりずっと場数を踏んでいる。
「わかった。兄様、お守りありがとう」
「うん、それじゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
シオンはペンダントの魔力石を握り締め、リオルにお礼を言って部屋を出た。
リオルはシオンの足音が遠ざかるのを確認し、引き出しの奥から厚みのある封筒を取り出す。そして封筒から書類を取り出しバサリと広げるとその内容を確認した。
「ふふ、楽しみだな」
月明かりの下、そう呟きリオルはくすくすと微笑んだ。




