36 帰郷
とうとうシオンがイェシオンとして過ごす最後の日となった。
思えばそれはシオンにとって辛く苦しい日々だった。
苦手なスカートであるワンピースを着て重いカツラを付け化粧までしたり。
やたらキラキラした笑顔を振りまくクリスに至近距離まで近づかれたり。
酷い筋肉痛になったりユージンが臣だと発覚(自白?)したり。
最後には騎士団長と手合わせしてつい魔力の塊をぶつけて昏倒させてしまった。
最後の騎士団長の手合わせはとても楽しかったのでよい思い出となっている。昏倒させてしまったことを除いてだが。
シオンは鏡に映る自分を見つめこれまでのことを思い返していた。
今日は王都まで戻る予定の三人が出立前に挨拶に寄るだけのはずだ。当たり障りの無い挨拶をして終わり。それが終わればこのスカートと少々忘れかけていた重責から解放される。
そう思うとほっとする反面、何故か寂しく感じている自分もいてシオンは戸惑った。
(寂しいって……どうせみんなとは学園に戻ったらまた一緒に過ごすことになるのに。我ながら意味わかんないな)
確かにキラキラ笑顔な三人は格好良かったし、目の保養にはもってこいだろう。
しかしシオンにとってはその笑顔より普段一緒に笑っている時の笑顔のほうがずっと良い。シオンは首を左右に振り、もやもやとしたその思いを振り払う。
鏡に向かって笑顔を作れば、そこにはとても女性らしいやわらかい笑みを浮かべたイェシオンの姿があった。
ほどなくして窓の外から馬の嘶きが聞こえ、ティカが来客を告げにやってくる。
居間で待っていた三人はシオンをほっとした様な表情で迎えた。
イェシオンが熱をだしたというのはシオンとして行動したいが為の嘘であったのにクリスとランスに本当に心配をかけてしまっていたことを再実感し、シオンに罪悪感が生まれる。
その隣で同じようにほっとした表情を浮かべているユージンは、イェシオンとシオンが同一人物だと知っていての態度なのだから白々しく恨めしい。
「イェシオン嬢、体調はいかがですか?」
「ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません。おかげさまで、すっかりよくなりました」
「よかった。風邪を引いたと聞いた日の夜、クリスはこの世の終わりのような顔をしてたんですよ。自分のせいだって」
ランスの言葉に驚いてクリスを見れば、シオンの視線に気付いたクリスはバツの悪そうな顔をした。
「私が浮かれて馬鹿な行動をしていたかのが悪いのです。もうしわけありません、イェシオン嬢」
「いえ、殿下のせいではありません。私も楽しくてはしゃぎ過ぎてしまってそれで……」
「楽しかった……?」
「はい、とても」
「そうですか」
シオンは罪悪感からかつい本音がでてしまったことに心の中で驚きながら、その言葉で表情を一変させたクリスが可笑しくて笑顔でクリスの言葉を肯定した。
色々あったが実際自分は楽しんでいたのだろうとシオンは思う。
むずがゆくもあったが女性として扱われていることを新鮮に感じていた。大変だったことに間違いないが、決して嫌ではなかった。
三人をみれば、三人とも笑顔で。
シオンはぎゅっと握手をしてお礼と別れの言葉を告げた。
遠ざかっていく友人たちの背中を見送りながら、シオンはたまにならイェシオンになってもいいかなと思っている自分がいることに気付く。
イェシオンとして三人に会うのは心臓に悪い。それなのに何故そう思うのか自問してみたがわからなかった。
「お疲れ様でした、イェシオン様。さぁ、屋敷の中に戻りましょう」
「そう、だね。はぁ……ありがとう、ティカ」
ふーっと息を吐いて屋敷の中に戻ろうとして、ティカが付いてこないことに気付いたシオンが振り返れば、瞳を潤ませ頬を紅潮させ歓喜に震えるティカの姿。
シオンは見なかったことにしてリオルの元へと急いだのだった。
居間に戻るとリオルがシオンを待ち構えていた。
「お疲れ様、イェシオン。やはり兄としてはお前には妹でいて欲しいけれど……こればかりはしかたがないね。学園にいる間はシオンには弟でいてもらわなければいけないし」
「兄様……」
「でもたまには妹に戻ってくれないかな?」
「……稀になら」
「わかった、約束だからね」
その言葉にシオンが苦笑すると、リオルはシオンに早く着替えてくるようにと促す。
「ほら、俺たちも早く戻らないと。王子たちにシオンはもう帰ったと言ってあるんだから。誰か尋ねてきても母上がごまかしてくれるだろうけど早く帰ったほうがいいことに変わりは無いからね」
「うん、そうだね」
リオルの言葉に今度ははっきりと返事をしてイェシオンの部屋へと戻ったシオンは、イェシオンの姿からシオンの姿へと戻る。
あっという間に妹から弟の姿となったシオンにリオルは苦笑しつつもフォートン卿の屋敷を後にした。
ティカはフォートン卿が戻るまでの数日間屋敷に留まる為一緒には戻らず、シオンとリオルの二人で馬車で揺られながら王都への帰路についている。
慌しく屋敷を出た二人を乗せた馬車はやはり慌しく道を急いでいた。
「シオン、家で妹として過ごす約束の事なんだけど……」
「稀に、だからね」
「うん、でも用意してたドレスほとんど持って帰ってきちゃったんだ。ほら」
リオルが指す先にはパンパンに膨れたカバンが三つほど詰まれている。
実際シオンが着たものは数点でしかなく、用意されていたが着ることの無かった服がほとんどだ。リオルはそれらをカバンに詰め込んで持ってきていたらしい。
「せっかくだから一通り着て欲しいなーって」
「無理」
「そんな即答しなくても……」
がっくりと肩を落とすリオルと目を合わせないように、シオンは次々と流れていく景色を眺める。
しかし延々と隣で溜息をつき続けるリオルに最終的に折れる形となり、実家に帰った時には一度はイェシオンの格好をすると約束させられ、シオンは出来る限り実家に帰らないようにしようと心に誓ったのだった。




